21話
中央王国、遊楽街の入り口。
浮かれた客とは別質の空気を纏う、異質な黒の二人組が佇んでいた。
「……ねぇ、もういいんじゃないの。行きましょうよ。どうぜ上の勘違いでしょ、あんな鼻の下伸ばしたクズが修羅悪鬼の訳ないじゃない」
「待ってくれ姉さん。魔術師という人間は、得てして隠れるのが上手いという。もう少し様子を見よう、それにここで騒いでも仕方がないだろう、下っ端の連中も入り込んでるんだからさ」
噛みつかんとばかりの強烈な笑みを浮かべるのは、宵闇に溶けるかのような黒い髪に、黒革のロングコートを着た少女。今にでもクズな男、ロイが入り浸っている遊楽ーー桜へ走り込んでいきそうだ。腰にぶらさげた黒鞘の刀が、ネオンの明かりに照らされて怪しく光る。
だがそれを静止したのは、少女よりも頭一つ身長が高い黒髪の男。切れ目の赤い瞳を輝かせながら、ただ静かにその屋敷のような外観の遊楽を見ていた。服装は同じく黒一色。
「……目標は然と見定めるべき。どこまでも、深くな。現実を見る瞳が腐れば、虚構を掴むことになるぞ。その先にあるのはただの破滅だ」
「チッ、めんどいわね、あんた。ぶっ壊すわよ?」
「勘弁してくれよ、姉さん。貴方は俺よりも出力が高い、冷静に考えて見ればわかるだろう、機構が違う」
「理屈っぽいわね、だからお前は嫌いだ。……どうせ明日も変わらない、あれはどこから見ても何が起きても雑魚よ。仕事は手短に済ませるべきじゃないのかよ」
「どうせ俺たちは眠らない。時間はあるんだ、待っておこう、姉さんーー」
人の気配を一切漂わせていない二人は、ただその場で夜が明けるのを待つ。
ロイという目標を見定めるがために。
……
朝日で目を覚ましたロイは大きく背筋を伸ばし、己の腹の上に乗っかるように寝ていたハルをどかすと、布団の上へと抱きかかえて寝かせる。昨夜、ロイはハルに風呂から飯まで準備をしてもらい、グダグダと過ごしつつ、酒を飲んでハルと昔話を交わしてそのまま眠り込んだのだった。
「んああ……よく寝た。やっぱり最高にだらだらするのが一番だよ、人間の理かも?」
慣れた手つきで自身のステータスカードを出すと、それを確認する。
そこに記載された数字は何も変わっていない。差し迫る危機も無いようだった。
「……あ、ロイさん、起きたんですか。ふわあ、早起きですねぇ」
「お前、仮にも務めてみる身なのに客人より遅く起きていいのかよ……」
「ロイさんですからね、結局手も出してもらえませんでしたし……二度寝することを、お許し……すぅ」
くたんと寝込んだハル。起こすようなことはせず苦笑いでそれを見た後にロイは備え付けの風呂場へと向かった。また今日も仕事をしなくてはいけないのだ。鬱な気分を爽快にシャワーで洗い流そうと思ったのだ。
鼻歌交じりに熱いお湯を浴びたロイは、備え付けの浴衣を着込むとそのまま大部屋へと戻る。濡れた髪をタオルで拭きながら上がると、二度寝したばかりのハルは既に目を覚ましていて、テキパキと朝食の準備を進めていた。
「あれ、以外と起きるの早いな。もっと寝てると思ったんだけどよ」
「いやー、さすがにお仕事しなきゃと思いまして。今日の朝食はお魚さんですよー塩焼きなのです」
ご機嫌そうにちゃぶ台へお皿を乗せていく。こんがりと焼けた魚がいい香りを上げ、ロイの食欲をこれでもかと煽ってきた。朝日浴びて、飯でも食うかと窓辺によって勢いよく窓を開け放つ。
「いやー高いところから見る景色はいいもんだね、偉くなった気分ーー……あ?」
ロイの視界になんだかいびつなものが入った気がした。朝の通りの抜けていく人間の中、やけに気配が薄い、というよりほとんど無い人間がいた気がしたのだ。黒いコートを着た二人組だ。視線で追いかけていくと、すっとその二人組は人ごみの中に消えていき、見えなくなっていく。曲がり角を曲がってしまった。もう確認する術は無い。
「……亡霊かよ?」
ゾッとするもんを見た気がしたロイはブルブルと身を震わせると美味しい香りが立つちゃぶ台の前へと座り込む。ちょっと覚めたような表情のロイを見たハルは、不思議そうに首をかしげる。
「どうしたんですか、お化けでも見たんですかー?」
「お化けならいいんだがな……はー、トラブルの香りがする」
こっそりとハルの見えない位置に自身のステータスカードを出して覗き込んだロイは、変動が無いことを見るとほっと一安心した。不退転の意思は発動していない、どうやら直近に大きな騒動は無いらしい。だがロイの直感は告げていた。あの黒い二人組はお化けじゃ無い限り、明確に障害になる、そんな気がしたのだ。
一口、箸でつまんで食べた焼き魚は程よい塩味で、それを味わったロイはというと、まぁ後でいいかと単純にも後回しにし、舌鼓を打つのであった。




