20話
一仕事終えたロイは遊楽の五階に存在する奥の間にて胡坐を書いていた。和を基調としたこの一室は、特別な客しか入ることできない部屋である。窓の外には星空が広がる石が敷かれた小さいながらも立派な庭があり、趣があった。暫くすると入り口となる襖が開き、店主でもあるレンと、ロイをここまで呼んできたハルが一礼しながら入室する。
レンは手に持っていた盆から茶碗を手に持つと、ロイの目の前のちゃぶ台へと置いた。鮮やかな茶葉の香りが沸き立つそれを、ロイは一口含む。
「今回は悪かったね、手間かけさせちまって。でも、まさかアンタがここまでしてくれるとは思わなかったけどさ」
「最後のは余計だわ。ま、ハルに頼まれちまったからな、やるしかねーだろ」
「……でも、あれくらい強けりゃ蒼穹も追放だなんてしないだろ。なんでそんな追放だなんてされたのさ」
世の中には頭の固い連中がわんさかいるんだわ、と顰めた顔で言うロイ。
ハルは興味深そうに頷きながら、レンとロイの話を聞いていた。
「でも、それにしてもだ。あたしもAランク止まりだったけど冒険者だったんだぞ? さっきの雷魔術だけでも色々加味すれば、本業でもないくせにAランク並みだった。いくら頭の固い連中でも、あれを見れば――」
どうにも納得しなさそうなレンに対し、ロイは諦めたかのように溜息を落とすと、蒼穹の制服を脱ぎ捨てた。そして、その下に着ていたシャツの右腕部分をまくり上げ、レンに見えるよう僅かに上半身を乗り出す。均等に筋肉がついた右腕、そこには雷が走ったかのような赤いミミズ腫れがいくつも浮かんでいた。
「……反動かい、これ」
「その通り。本当に俺は魔術を使うことは苦手なんだよ、応用は出来るけど。……雷はまだいい、他のを使おうとしたらもっと酷いぜ。ちょっと魔術が出来る奴に言わせたら、これは精霊に愛されていないらしいな。漂ってる精霊の要素、ってやつの反感を買うからこんな風に反動が出るらしい」
「余計な詮索しちまったね、忘れてくれ。……で、まぁ本題なんだが、あんた確か何でも屋だなんて奇特な店を始めただろう。依頼料についてなんだが」
奇特な、という言葉にロイは眉を顰めたが、実際奇特なので仕方がない。
「あー、それはいいや。お前からじゃなくて、ハルからの依頼だし、もう貰ってるよ」
どういうことだ、とレンはハルを見る。ハルはこういうことです、と言わんばかりにロイへとすり寄りその背中へと抱き着いた。それを見たレンはにやりと笑うと、ロイへと悪人顔で語りかける。
「ほう? ほうほう? 遂にあんたもハルを貰う気になったか、ええ?」
「バカ言え、胸が足りん胸が」
確かにハルの胸は小さい、控えめサイズといったところだ。だが、わざわざ本人の前でいう辺りロイの気遣いの無さが窺い知れる。抗議のようにハルがロイの背中を叩くが、どこ吹く風でロイは茶を飲んでいた。
「ま、男女が一夜同じ屋根の下なんだ、あたしゃ期待してるよ――それじゃ、お邪魔虫は出ていくとするかね」
レンが出て行ったのを見ると、ハルはロイの背中へもたれかかりながら口を開いた。
店主でもあるレンと客人であるロイの邪魔をしてはいけない、そう考えていたのだ。
「……ロイさん、今日はありがとうございました。お陰様でお店に被害が出なくて済みましたよ」
「いいんだよ、俺の締めが足りなかったからだしな。こっちこそしょーもないことで迷惑かけちまった」
ロイとハルの出会いは大したものでもない。この世界ではよくある話だった、家が潰れてどこ行く当ても無くなったしまったハルの初めての客がロイであり、たまたま絡まれていたハルをロイが救い上げただけの話。当時からラグナは嫌な貴族であり、それにロイがムカッ腹を立てた結果だけ。
決して少なくはない金額を支払い、遊楽から救い上げはしたがハル自身も拾ってくれた遊楽には恩があり、男性客のもてなしをせずとも、雑用で働いているというわけであった。ごく一部であるが奴隷なんて仕組みが蔓延っているこの街の仕組みが悪い、とロイは考えているが。
「ほら、夜の相手なんかいいから飯作ってくれよ。腹減ってんだ……あと風呂くれ風呂」
ハルが背にもたれかかっているのにも関わらず、そういう夜の雰囲気を一切見せず、ロイは畳の上に転がっていく。普段のロイであれば据え膳食らわぬば男の恥とばかりに飛びつくのだが、ハルにだけは別であった。どちらかというと妹みたいな思いが強く、ただの一度も手を出そうと考えたことはない。
「へへ……相変わらずですね。わかりました〜、作ってくるので暫くお待ち下さい! あ、先にお風呂入ります?」
無論、この部屋は特別客のための部屋である。備え付けの大きな風呂もあった。先風呂と言わんばかりにロイが左手をあげてゆらゆら揺らすと、適当ですねぇとニコニコしながら呟いてハルは風呂を沸かしに部屋を出て行った。
そうして、一人になったロイ。途端にミミズ腫れが出来た右腕を抑え、僅かに声を漏らした。
「っクソかよ、マジ……あー、魔術なんて使うんじゃなかったわ」
反動は決して軽いものではない。本人の力量に見合った程度を少し超えたくらいであれば、今のロイのようにひどい痛みを味わうこともないのだが。ただでさえ魔力の扱いが下手な上に、戦場では不退転の決意が発動した、何倍もステータスか加算された状態で技術もなくぶっ放しているだけなのだ。その所為で平常な状態でも、慣れた状態の感覚で魔術を撃ってしまい痛烈な反動を受けている。
右腕から這い上がる痛みにこらえながら、ロイはハルお手製の晩御飯を待つのであった。




