2話
Sランクギルド、蒼穹を追放されたロイは途方にくれていた。突然として追放を宣言したマスターやクソ生意気なフレイへの怒りが収まったら、職を失ってしまった事がロイへと精神的ダメージを与えたのだ。深い溜息を零すと、馴染みとなった玉転がしの店――俗に言うパチンコというギャンブルが遊べる店へと入り込んだ。いつものように騒音に包まれた空間で財布からお金を取り出そうとし――気付く。手持ちが些か心許ないと。
「……ちっ。あーあーシケてる財布だわ、金下ろしてくるか」
パチンコ店を出たロイは銀行ギルドの本拠地へと歩く。数分で辿り着くと木製のドアを潜り抜け、受付へと歩いていく。財布から取り出したのは黄金色に輝くカード。ロイは追放されてしまったとは言え、元Sランクギルドのメンバーである。それ相応の蓄えはあり、暫くを無職で過ごす余裕はあった。受付の可愛らしい女が、承りました、引き落としですねと一礼し、その金色のカードを水晶へとかざす。
そのカードは銀行ギルドで発行しているものだ。下から銅色、銀色、金色となっており、それぞれで信用の度合いが違うのである。金に近いほど金銭的面での信用があり、銀行ギルドと契約した店舗へ貸し出しされている水晶球さえあれば、そのカードを利用する事により、現金を持たずとも自身の銀行ギルドに預けた貯蓄分から支払う事が出来る。
魔導工学が発展した中央王国だからこそ実現できている技術だ。
「お客様の残高は――五万円と五千円になります。いかが致しますか?」
「あれ。桁三つくらい間違えてない? あれ?」
「いえ、こちらは正確な金額になりますね。お客様の先月のお支払いとして、二百万ほど、先々月としまして五百――」
ロイの瞳は虚ろになり、冷や汗やら脂汗やら涙やらよく分からない汁を大量に流し初めた。自身の遊び呆けていたツケがこのタイミングで回ってきたのだ。Sランクギルドから払い出される報酬額は巨額だったので、ロイは自身の貯金の額を一切見ることなく、遊楽やらパチンコやらで贅を尽くしていたのである。その結果が五万円と五千円と言う銀行ギルドの残高であった。
「ぜ、全額引き出してください……」
……
「やべえ、これはやべえ……働かないとマジでやべーぞこれ……」
騒音に包まれた空間――パチンコ店。ロイは降ろしたばかりの金をギャンブルへと費やしていた。目の前でくるくると回っていく数字をぼーっと眺め、やべーやべーと言葉を零しているが、自身の行動が一番ヤバいということには気付いていなかった。故にSランクギルドを追放されたのだが、自身にその自覚が無い。正に救いようが無いというクズという言葉がお似合いであった。
「お……」
ロイの目の前の台が一際大きな音を鳴らし始めた。当たるチャンス――手持ちの金が増えるチャンスである。期待の篭った眼差しでそれを見つめるも、スカっと外れ終わる。それを見届けるとカー、と大きな溜息を再度零して、席を立った。
外に出るといつの間にか暗くなっており、同時に、財布の中も軽くなっていた。不幸な時は不幸が重なるもんだな、と冷たくなり始めた風に身震いしつつ、自身が泊まっていた宿へと帰還した。
宿の扉を開ければ暖かい空気がロイを包み込む。三月、春はすぐそこと言えども、夜の風はまだまだ冷たい。魔導工学が発展したおかげで殆どの宿には暖房が配置してあり、ロイは学者様はさすがよなー、と柄にも無い事を呟いて、受付の髭を生やしたオッサンの元へと向かう。
「松の間を借りてるロイだけど、帰ったから鍵貸してちょーだいな。……マジで最近は冷えるねえ、冬の女神様がお怒りなすってんのか?」
「ああ、ロイさんお帰り。そーだね、前年に比べると大分低いよ、今年は――それで今日もちょっと暖房の温度高めにしてるんだよね」
「どうりで暖けー訳だわ。っと、さんきゅー」
受付のオッサン――この宿のマスターから鍵を受け取ると、指先でくるくると持て遊びながら自身が借りている部屋がある方へと廊下を歩いていく。さっさと風呂に入って寝て今後のことは明日考えよう。そう、大きな欠伸をしたロイの背中に声が掛けられる。
「……でね、ロイさん。実は今月、三月分の借り賃の引き落とし出来なかったんだけど」
「ッッッ!!!」
ロイの頬を冷や汗が伝わる。油を差していない機械のように、ぎぎぎと重苦しく振り返るとそこにはにっこりと笑ったマスターがいた。あっ、これヤベーやつだ、とロイは宿無しになる覚悟を決めた。ここのマスターは超現金主義なのだ。例え長らく使っていた良客でもそこはきっちりとしているのだった――。
明日には退出しなくてはいけない事になってしまったロイは、自室に戻るとベッドに頭を埋めてうめき声を上げる。
「あークソ、なんてツイてねえ! こんな手持ちじゃマジで何も出来ないぞ……どうにかして金を稼がねば」
起き上がって財布を引っ張り出すと、そこから出てきたのは僅か二万円。五万五千円を降ろしたのにも関わらず、残りは二万円となっていた。ギャンブルで遊んでしまったからだ――ったくよー、と財布をそこらへんと投げ捨て、ざんばらの茶髪を掻き毟り、顎に手を添え明日からの事を考える。
「……ステータス、開けや」
ロイの言葉が部屋に響いた。それと同時にロイの眼前に光の粒子が溢れ出す。粒子が収まると自身の現在の能力値が記載された、ステータスカードが目の前に浮き上がっていた。それを右手で掴み取ると、そこに記載された自分の能力値を見て、頬を歪める。
---
ロイ・ローレライ
筋力C、耐久D、魔力E、幸運A
アビリティ
・不退転の決意SS
・常在戦場SS
---
「基礎ステ低すぎだし、いくら最強と言われてるSSクラスのアビリティ二つ持っててもねえ。こんな戦場でしか金にならねーようなスキルじゃなくてさ、もっと楽に金稼げるやつが良かったわマジ」
ステータスカードに記載されているのは自身のスペックをレベル化し記載した基礎ステータス値、そしてアビリティと呼ばれている個人が特有で持つユニークなスキル。これらはFからSまで存在する。Fが最低値となりSが最高値になるのだ。ではロイが持つSSランクとは何か。それはSさえも越えたランクであり唯一無二の効果量を誇るランク。
「SランクのアビリティでもSSランクには遠く及ばない……とはいってもねえ」
自身が保有しているスキルを公開するような間抜けな人間はいない、自身の生命線になるからだ。ロイもそれに習い、自身が持っているアビリティ――”不退転の決意”、そして”常在戦場”は誰にも教えていない。命を捨てにいくような敗北濃厚の戦場でもロイが生き延びて、そして勝利を持ち帰ってこれたのはこの二つのアビリティがあったからだった。
「だが楽に金に出来るアビリティではない――って、そうか、あれか!」
まるで天啓でも得たかのようにロイは瞳を輝かせ、ぐっと手を掲げる。仮にも俺はSランクギルドに在籍してたじゃねーか、と心の中で喝采を上げた。
「学校の教師でもやればいいじゃん、慢性的に人不足だし教員!? 完璧だわマジで完璧、天才かよ!」
果たしてロイはクズと巷で呼ばれながらも教員として採用されるのだろうか――そこらへんの可能性を考えないまま、天啓だ天啓と喜び、服を脱ぎ捨てて風呂場へと向かうのであった。