17話
マークスマンが代行してくれた書類は完璧なものだった。ロイとリーシャは内容を確認して商業ギルドにそれを提出するだけで開業の手続きが完了してしまう。多少待たされはしたが、あまりにもあっさりとしたものだったので、商業ギルドを出た瞬間にロイは少しボケーとしてしまった。
「……まさか、不動産ギルドの統括でありながら商業系も明るいだなんてね。あたしも目を通したけど、不足ない完璧な内容だったわ」
「お前が褒めるだなんて、本当にすげーんだな。でもなんだかなー、あっさり進みすぎて実感が湧いてこないわな、これ」
「肩書き上、あんたはもう社長さんよ。何弱気なこと言ってんのよ、稼いでさっさと借金返しなさいな」
昼前、まだ飯時でもない時間に全て終わると考えていなかった二人は、なんの当てもなく街を彷徨い歩く。しばらく大通りを歩いていると、二人は何やら人が集まった箇所が目についた。何事かと覗いてみると、そこでは大道芸をやっている二人組の男がいたのだ。
「へぇ、あんまりみないね、こういうの。ちっと見ていこうぜ」
「構わないわよ。……最近、ここらで流行ってるらしいわね、こういうの」
リーシャは部下から報告を受けているため、概要だけ聞いて、一過性のものだろうと判断しわざわざ監視用の鳥などを使って見ることもしていなかった。ま、こういうのもいいだろうと背伸びして人垣の向こうを見渡す。
片方の男は鉄製の棒を手でくるくると回し、その先端から様々な色の火花を出して大衆を沸かせていた。もう一人はサポート役なのだろう、大声で何やら歌ったり、解説をしたりしている。共に三十代半ば、白髪交じりの黒髪だった。
「ふーん……」
「……奇妙ね」
だが、大衆の反応と二人の反応は真逆だった。ロイは怪訝な目でその大道芸らしきものを見つめ、リーシャに至っては自身の魔術で生み出した青い鳥をすぐさま呼び寄せている。どうして二人はそれを見て異質な反応を取ったのか、それは男たちがしている芸の内容にあった。
この国、中央王国では魔術が盛んだ。逆に言えば機械技術などは東の大国と比べて劣っている。学ぶ機関はあるにはあるが、数は少ない。そこに通う者たちは技術を手に入れたくて通っているはずだ。
「……おいリーシャ。あれ、火薬の化学反応利用して虹色を出してるだけだろ。そんな知識、学校とか通ってなきゃわかんねーと思うけど、そんなクソ真面目な連中がこんな大道芸なんてするもんか?」
「人の心境まではわからないわよ。それに偶然、火薬で遊んでて色の変化を見出だした手品師ってこともあるかもしれないじゃない。……ってことは言えるけど、怪しいわね。顔は覚えたし学校に統括権限で照会はかけるつもりだけど」
二人が懸念しているのは東の大国からの密偵であった。だが、それにしてはやり方が稚拙すぎる。こんな目立つことをしなくても、息を潜めて動向をうかがっていればいいだけの筈なのだから。
「ていうか、なんであんたがそんな科学、機械工学の部分知ってるのよ?」
「そんな明るい方じゃないが、仮にも東国と争った立場だぞ。それくらい調べるし覚えもする。……さてはお前、俺を不勉強なやつだと思っただろ。残念でしたーハズレ! 俺は手を抜くためなら苦労を厭わないタイプなの!」
「その反応、いちいちめんどくさいやつね。……まぁいいわ、あれには監視の目を張り付かせておくから、今は泳がせましょう。ただの変な学生であればよし、逆にスパイなら、仕留めるだけ」
「正誤なんて今の段階じゃわかんねーしな……」
めんどくせーもん見つけちまった気分だ、とロイは小言を呟きながらその場を後にした。リーシャは監視用の鳥に、その二人の動向を追うように命令を下し、ロイの背中へとついていく。その去る二人の背中を大道芸をしていた二人が、一瞬盗み見たことにロイとリーシャは気づかなかった。
……
時を同じくして蒼穹ギルドハウス内部。今回の調査として遠征に向かうメンバーがそこには集結していた。ギルドとしてもその多忙さ故に多くの人員は避けないため、少数精鋭で向かう形をとっている。前衛役としてギルドマスターのハウエル、そしてフレイ。ヒーラーとしてアイリス。他、後方支援としてAランクの魔術系アビリティ持ちなど。
他のギルドからもヘルプとして臨時の人員を雇っていた。リーシャがよく通っていたパン屋のお婆ちゃん、その息子もそこに入っている。Bランクのギルドから集められたと言っても、Sランクギルドの人員が集まっている以上、彼らの役目は荷物運び、又は戦闘中のバックアップのみ。決して花形になれることはないが、それでも彼らはふてくされず、輝いた瞳でアイリスやフレイ、マスターでもあるハウエルを見ていた。
Sランクギルドの看板は、重いのだ。羨望の眼差しも受けるし、期待を一身に受けることもある。その点、ロイもしっかりしてくれれば統括大臣に目をつけられずに済むんじゃが、とハウエルは嘆息したが、いないものはいないで仕方がない。
「……マスター、皆様に炎の魔石も配り終えました、防寒対策はばっちりかと。他、手荷物も全て積み込み済みですわ」
「アイリスは手際が良くて助かるの。……よし、期限は一週間。恐らく往復で一日ずつ使うじゃろうから調査に使えるのは五日のみ。各員、命を大事に目的を完遂するのじゃぞ!」
フレイも、アイリスも、臨時として雇われた人員も、その言葉に深く頷いた。大きな戦斧を背にしたハウエルが先頭に立ち、ギルドハウスを出て目的地である山脈へと向かっていく。総勢で二十名ほどか、すれ違う人々に応援の言葉をかけられながら、彼らは中央王国を出て行った。
そして彼らは否が応でも実感することになる。どんな劣勢も不退転の決意とともに支え続けたロイの存在の重みを。そして、極限まで狭められた苦痛の選択の痛みを。
……
ロイはといえば大道芸人と遭遇した後、リーシャと別れて家具の買い出しに来ていた。もちろん、リーシャの金である。決して少ない金額を手渡されたロイ、流石に躊躇いの気持ちが芽生えたが、リーシャの「開業祝いよ、好きに使えば。さすがに女遊びに使うのは勘弁してほしいけど」という言葉であっさりと陥落し、金を受け取るのに至った。
特に家具などにこだわりがないロイは、適当に目について気に入ったものを選んでいき、配達を依頼して店を出る。一個だけ持ち帰ったもの、それは文字を書くための墨と大きな木の板。
「店といえば看板よな。俺が直々に書いてやりましょうかね、目を引くようなでっかいやつ!」
確かにロイが抱え込んだ木の板は大きかった。大きさにして成人男性ひとり分ほどもある。先ほど買ってもらったばかりの新しい自宅につくと、応接間になる場所で看板を横にし、墨を溶いて筆を握る。書く文字はすでにロイの中で決まっていた、もうこれしかないだろうというものが。
深く考えずロイは筆を走らせた。木の板に書かれた文字はーー何でも屋。
「……ちっと汚いか? だけど社長たる俺が書いたんだし、いいか。クーッ、看板できるとようやく実感が湧いてきたわ!」
こうして、ついにこの王国に初めての何でも屋が誕生した。




