15話
不動産ギルド、それは主に土地、そして建物を取り扱うギルドである。土地の販売から建物の販売までなんでもこなすのだ。王族から使わなくなった土地の販売や新たな土地の購入などを任されることも多く、金の流通はとても激しいものとなる。
また、不動産ギルドはこの国には一つしかない。だが独占状態と言っても、価格が跳ね上がることは無かった。それを危惧した王族が予め一定以上の販売金額の場合、王族の承認を得なければならないという制約を課しているからだ。
ロイとリーシャは石造りの大きな建物へと足を踏み入れる。まだ朝早い時間だというのにも関わらず、そこは様々な人でごった返していた。パリッとした制服に身を包むギルドの人間もいれば、作業着を着て髭を生やしたおっさんまでいる。
「……ロイ、こっちよ。待つのも手間だし権力を使いましょう。あ、すいません。ちょっと店舗の売買でお伺いしたいことがあるのですが」
リーシャは手早く職員を捕まえる。職員は初めこそ怪訝な顔で振り向いたが、長い銀の髪に黒のワンピースを見た途端、手のひらを返すようにかしこまり、リーシャの問いかけにハイハイと深く頷いていた。
「予約取れたわよ。さっさと行きましょ」
「さ、さずが魔術師ギルド統括様……お前に相談して正解だったわ、マジ」
職員の後を二人並んでついていくと、豪華な応接間へと通された。調度品はすべて一流、そして足元にはふかふかの赤い絨毯まで敷かれている。滅多な客は通されない、いい身分の客が通される部屋だろうとロイには容易に想像がついた。
ソファーに座ってしばらく待つと、今しがたロイとリーシャが入ってきた扉が再度開き、小太りの男がせわしない様子で応接間へと入ってくる。この人物が、今回ロイとリーシャへ物件を紹介する人物であった。小太りではあるが、丁寧に整えられた髪に皺一つない制服が清潔感を出している。埃で汚れた制服を着ているロイとは大違いであった。
「お待たせしてしまい申し訳ありません。私、不動産ギルドの統括を務めておりますマークスマン・テイリウスと申します。……以前もリーシャ様にはお世話になりました、今回も良い物件をご紹介できればと思います」
低い物腰で挨拶をするマークスマン。以前、リーシャの執務室で見たオッさんとは大違いだね、と関した声を出しながら、ロイも釣られて頭を下げる。リーシャのみならず、マークスマンはロイへも深く頭を下げ、握手を求めてきた。
「お噂は聞いておりますよ、ロイ様。色々と後大変でしょうが、我々共々、お力になることが出来たらと思いますので、ぜひとも良い関係を築ければ」
「ーーご丁寧にありがとうございます、マークスマン殿。こちらこそ、急な訪問になって申し訳ありません」
突然としてロイの口から出てきた丁寧な言葉遣いに、リーシャは驚愕に目を開いてロイを見た。あんたそんな言葉知ってたの、と言いたげな表情だ。横目でそれを見たロイは内心でバカにしすぎだろうが、と毒づきつつ、二、三、マークスマンと挨拶を交わす。
礼には礼を。ロイの心構えでもあった。特にこのような金が絡むような場や、今後の信頼に関わる場は特に。無論、一度礼を欠かして痛い目を見てその考えに辿り着いた訳であるが。
「……私、回りくどいお話は苦手なものでして、早速本題など入ってもよろしいでしょうか? 舌を回すのが余り得意ではないもので、せっかちなんて言わないでいただけると嬉しいですが」
「ええ、勿論構わないわ。……今回、このロイが店を開くことにしたのよ。それで店舗が欲しいの、工場とか飲食店じゃないから、普通の事務所的なものね。大きさはそんなに要らないわ、応接間があればいい程度」
「かしこまりました。ふむ……失礼ですが、ご予算の方をお伺いしても?」
「一千万。多少は見てもいいわよ」
見てもいいーー鋭いマークスマンは直ぐに察した。多少オーバーしても構わないし、利益を乗せてもいいが、半端な物件を見せてくるなよという意図があることを。日頃から物静かな魔術師ギルドの統括様のお気に入りはロイ様でしたか、とどこか微笑ましい想像をしつつ、記憶の中に締まっている物件のリストから即座に希望に合うものを引き出して行った。
不動産ギルドの統括という肩書きは伊達ではない。ほぼ全ての物件、地価、それらがマークスマンの頭には入っているのだ。
「……ではその条件ですと、四軒ほど直ぐにご紹介できる物件があります。早速、内見致しましょうか」
頷いたリーシャを見ると、マークスマンは直ぐに応接間を出て行き、馬車を呼びに行った。一方で何を話すこともなく、マークスマンと挨拶を交わしただけでトントンと話を進められたロイは、ぽつりと独り言を零す。
「なんか、俺……ヒモみたいじゃね?」
今更気づいたのかこの男は。
……
案内された馬車に乗り込むと、数十分ほどで目的の物件へと着いたようで馬車が停まった。これから見る物件に期待をしているロイは一番に降りると、マークスマンがどうぞ、と指した物件を一瞥する。穏やかな木目調が特徴の和風の物件であった。形態は平屋であり、庭まで備えられているではないか。
単純に、すげーいい物件だな、とロイは思った。
「へえ……マークスマン統括、これ予算で足りるの? あたしの見立てだと、大分足が出てると思うんだけど」
「正直なことを申し上げますと、多少は出ますがそれはこちらでサービスしましょう。何せリーシャ様とロイ様が直々に物件を探されております故、欲張るよりも縁を作っておいたほうがお互いに良いかと思いまして」
さすが統括ね、素直で率直。リーシャは以前話した欲に塗れた貴族共とは格が違うと思いつつ、ロイへと小さく耳打ちする。
「多分ここが一番よ。この統括が最後にいいのを持ってくるだなんて考えられないし、どう見ても得」
「ああ、俺もそう思うわ。さすが不動産ギルドの統括様だね」
外見だけではどうかと思いますので、中へどうぞとマークスマンによって開けられた玄関を潜る二人。心地よい木材の香りが満ち溢れた空間だった。日の入りも悪くない。土足では入れないタイプだったので、二人揃って靴を脱ぎ、室内へと足を踏み入れた。
ーー応接間。ある程度の広さが確保された、心地よい空間。天井は高く、窓も大きい。一般的なタイプの押し窓ではなく、横へスライドして開けるタイプの窓であった。これならば来客対応用のテーブルなどを置いても、狭さは感じなさそうだ。
ーーキッチン。調理のしやすさを求められた作りで、広い流しがこの家をデザインした人間の心配りを感じさせる。日頃、料理をしないロイでさえ、このキッチンなら週に何回かはしてもいいか、と思わせる徹底した気遣いぶり。
ーー幾つかの小部屋。正確な数は五つほど。どこも十分に採光が良く、明るい部屋であった。綺麗に木材をカットしコーティングされた床の部屋もあれば、東の大国から伝わったという井草を編み込んだ畳の部屋まである。
一通り見終えたロイは感心していた。今まで宿暮らしで構わないとし、そうして日々を過ごしてきたが持ち家も悪くないと考える。当面はこの店舗に住むことにもなるだろうし、これだけいい条件が揃えば買わない手はないかーーと。何でも屋を開いて一千万という利益を生み出せなくても、最悪は冒険者として働けばリーシャへの返済も滞ることはない。
「……で、どうするロイ。その顔だと、決まってるようだけど」
「もちろん決まってるさ。ここにするよ、色々と助かったよリーシャ。お前がいなければここにも来れなかったし、まず店舗も買えなかったしな!」
「現金な男ね、全く。……統括さん、そういうことで買いよ、手続きして頂戴」
マークスマンは嬉しそうに笑みを浮かべると、深く頭を下げるのであった。こうしてロイが始める何でも屋、その一歩が踏み出されたのである。ウキウキ気分で家を見渡すロイを見ているリーシャ。その表情も、どことなく嬉しそうであった。




