14話
「救出活動についてですが、私たち調査メンバーが定刻から二十四時間を過ぎても帰らなかった場合、開始をお願いします。問題ありませんよね、リーシャさん?」
「特にはないわね。今日出るんでしょ、いつ頃戻る予定なの?」
「一週後です。ああ、一週間もロイ様のお顔を拝見できないとなるとこのアイリス、とてもとても寂しいですが……重要な調査なので身を粉にして奮闘しようと思いますわ……」
こうしてみると仲良さげに見えるんだがな、どうしていつも喧嘩ばかりしているのだろうか。やはり犬猿なんだろうかね、と自分の知識をフレイへと教授――もとい、内心ではひたすら悪態を吐きながらしょうもないマウントをフレイ相手に取り終えたところで、ロイは肩をこきこきと鳴らしながらリーシャとアイリスを眺めていた。
「(……アイリスが犬で、リーシャが猿か。もっとも、ゴリラみたいな狂犬と魔術っていう暴力を投げつけてくるクソ生意気な猿だが)」
そんな事を考えた瞬間にリーシャがロイを赤い瞳で見抜く。まさか心まで読めるのか、と内心で冷や汗を流したロイは、その考えを否定した。心を読破する術は存在さえ確認されていないのだ、それなのにも関わらず、国からは一切の研究を禁止されている。いくら魔術師ギルドの統括だからといって、流石に習得しているわけはないだろう――何せ国直々のお触れなのだ。そんなことがバレたら幾らリーシャと言えども、何かしらの重いペナルティを負わされるのは間違いない。
「……用事は済んだみたいだから行くわよ、不動産ギルドって意外と混むのよ。早いうちに行って、いいところ見つけたら内見まで済ませましょう」
「そうだな……善は急げと言うし、そうすっか。んじゃなーアイリス。調査頑張ってくれよ」
手のひらをひらひらと振りながらギルドハウスを出る。ロイの姿が見えなくなるまで、アイリスは見送るように手を振り続けていた。そんなアイリスの隣で内見とか不動産という言葉を聴いていたフレイは、リーシャ様が同棲……? 嘘だ……と酷く憔悴した声で、嘆きの声を上げていたが。
……
「そういえばあんた、どんな店舗にするのかは決めてるの? 借りる家の雰囲気ってやつよ」
「パチ屋が近い、遊楽が近い、酒場が近――ッブぅっ!?」
リーシャが指を軽く鳴らすと同時に、ロイの身体が地面へと押し潰される。不意に重力魔術の直撃を貰ったのだ。全身を地面へ強く打ちながらも、んぎぎと呻き声を上げながらロイは立ち上がると、眉間に皺を寄せながらリーシャへと詰め寄っていった。
「おいコラ!? いきなり重力魔術とは良い度胸だな!?」
「……へぇ」
少し驚いた顔でリーシャはロイを眺める。一瞬の沈黙の後、呆れたように肩を落としながら疲れたような声を上げた。
「あんたがね、何も考えてないから活を入れてあげたのよ。クズなのは知ってるからギャンブルしようとも遊楽で女を買おうとも文句は言わないけど、これから借りるところは商売をするところってことを覚えておいて。住む家を借りるんじゃないのよ!」
「……お、おう。ド正論が胸に突き刺さるわ……わーってるよ、最低限の人通りと最低限の民度は確保するつもりよ。欲を出すなら、応接間当たりも欲しいがな、仕事の相談に乗る際に客を上げても恥かしくない程度の」
「わかってるじゃない、ならいいわ」
何かを考え込んだように唇へ人差し指を当てながら、リーシャはどんどん前へと進んでいく。リーシャがまだ蒼穹にいる時代から共に過ごしていた時間が長いロイにとって、それは見慣れた姿であった。いつも考え事をするときはいつもそうだったのだ。
邪魔しないでおこ、と口を閉じたロイはリーシャの背中を視界に納めながら付いて行く。ふと、蒼穹のギルドホームへ向かう前によったパン屋が見えたので、何の気も無くそちらをチラりと見る。優しげなお婆ちゃんと、鎧を着た青年が何やら嬉しそうに話し込んでいるのが見えた。
「……今日から向こうの山まで調査に行ってくるんだ。あのSランクのギルドも参加する、凄い名誉なお仕事なんだよ、婆ちゃん。帰ってきたら色々話したいから、聞いてくれよな!」
「そうかいそうかい。ちゃんと挨拶するんだよ、あと……ほら、これも持ってお行き――」
へぇ、親子か。仲が良くて羨ましいね、とロイは零して再度前を向き歩く。ロイに両親はいない、既に他界してしまっているのだ。だがロイ自身も生みの親の顔は覚えていない、仲睦まじい親子を見ると羨ましいと思ったりこそするが、妬むほどでもなかった。
自分にはもうどうしようもない事だ――そう、上手く割り切っている。
不意に、閉じ込めたはずの記憶が蘇る。眉を潜めると、残酷なもんだな、と心の中で呟いて、記憶を振り払うかのように首を振った。ロイは子供の頃から一人で生きてきた訳ではない。子供が野に投げ出され生きていけるほど、世界は優しくないのだから。そんな行く当てもなく彷徨いかけていたロイを救ったのが――ロイがその生涯において師と敬う人物である。
「(……ちっ、こんな平和なときに思い出させないでくれよな、鬱になる)」
気分を変えよう――ロイは決意すると、小走りで先頭を歩くリーシャへと追いつき、勢いよくその小ぶりな尻に向かって、平手を放った。パァンと小気味いい音が響き渡る。
「――ひあっ!?」
「貴重なリーシャさんの悲鳴をゲッっぶほっ!?」
瞬時に何をされたか理解したリーシャ。前へと抜け出そうとしていたロイを見逃すわけも無く、ロイへ風の魔術を叩きつける。空から迫る空気の鉄槌に打たれたロイは、即座に地面へ洒落にならない音を出しながら打ちつけられ、動かなくなった。
赤面しつつも怒りに眉を震わせたリーシャは、ロイの息を確かめることもなく、そのまま追加でどんどんと空気の鉄槌を振り下ろしていく。砂埃が舞い、異様な音が響くそれを街行く人は異様な目で見ていたが――叩かれているのがロイだと知った途端に、踵を返し日常へと戻っていった。
「――あのクズ、今度は魔術師ギルドの統括様に手を出したってよ。斬首だな斬首!」
「昔はあんな子供じゃなかったんですが……ええ、非常に残念です……」
「おい待て、お前俺のガキの頃なんて知らッぶほぉぉぉ!?」
何かを言いかけていたがリーシャはそれを無視して更に追加の鉄槌。何発か打ち続けてようやく落ち着いたのだろう。リーシャは倒れたまま動かないロイへと歩み寄ると、砂埃で汚れた制服――丁度腰の辺りをグリっと勢いよく踏みつけた。ぐえ、と蛙が潰れたような声を上げるロイ。しかしリーシャはそれを聞いても力を弱めることはしない。
「……理由は聞かないわ、えぇ。最後に言い残したい言葉は?」
「風魔術をいきなりブチかまして来るのはズルいと思います……」
ぴくっと一瞬動きが止まったリーシャ。深い深い溜息を零すと、ロイへと手を貸し立ち上がらせる手伝いをする。なんとかロイが立ち上がると、まだ微かに高潮した顔を振るい、さっさと行くわよ、目立ったじゃないとだけ言い残し、ずかずかと歩を進めていってしまった。
「(痛い目にあったが、気分は晴れたな――)」
迷惑な事この上ない気の晴らし方をしたロイは、覚束ない足取りでその背中を追っていく。自分が犯した、一つの間違いに気付かないまま。最も、万全な状態であれど、ロイはその性格上、同じ過ちを犯すのだが。
先頭を歩むリーシャはとんでもないクズね、と怒りながらも、ちゃんとロイが付いて来ているか気にしつつ歩を進めていた。少し落ち着けば、事のついでに試した結果が脳内でぐるぐると回り始めている。不思議で仕方なかったのだ、魔術の行使を苦手とするロイが――なぜ重力魔術と風魔術の違いに気付いているのか、が。
「(……一回目の重力魔術。普段の癖からあたしは間違いなく――可能な限り風魔術に似せて打った。二回目の風魔術は重力魔術に似せて、打った。このあたしが”可能な限り”似せたのに、なんで気付いたのかしら)」
基本的な魔術体系――それは火、風、土、水の四種類。これらは比較的難易度も低い、基本となる四属性だ。それから派生するのが雷、氷、闇、光。派生属性となる四属性は習得難易度も高くなる。また別の体系としては、重力、無属性、月、古代などと様々なものがある。その中でも重力魔術や古代魔術などは派生属性などと比べると圧倒的に習得している人数は少ない。それこそ、日常で生活している限り殆ど会うことは無いだろう。
精霊に愛されたリーシャは殆ど全て――古代魔術や月魔術などといった特異なもの意外は扱うことが出来る。だがそんな彼女でさえ、押し潰すという特性を前面に出した重力魔術と風魔術の識別は難しい。術者が発動するところさえ直接見ていればリーシャは解析することが出来るが、背後で不意打ちのように放たれたものを見抜くことは出来ないだろう。
問題はそれをロイがやった、ということだ。リーシャにはそれが不思議でならなかった。加速していく思考の中、それをどう検証しようか――歪な笑みを浮かべていることにも気付かないまま、リーシャは想像を膨らませるのだった。




