12話
シャワーを借りた後、ロイはリーシャと共に家を後にする。ロイは蒼穹の制服に身を包み、リーシャは黒のワンピースに身を包み、並んで住宅や土地を管理、販売している不動産ギルドへと向かっていた。まだほのかに濡れているリーシャの銀の髪からは香るいい匂いに、ロイはなんとなく居心地が悪くなり、辺りをキョロキョロと見回していた。
まだ午前中の早い時間だ。街中は活気で満ち溢れ、賑やかな雰囲気で満たされている。出店では野菜や果実が販売されていたり、早くも出ている屋台からは、こんがりと焼けた肉のたれ焼きや、新鮮な野菜をたっぷりと挟んだサンドイッチなどが売られていた。
「……こんな時間に出るのも久しぶりかもな。昼過ぎてから起きて、ギルドに顔だして依頼こなす生活だったし」
「呆れた、せめて午前中には起きなさいよね。でもあたしもこの景色は久しぶりに見るかも、本部に向かう時間ってもっと早いから、あまり人通りも少ないのよね」
「へー、統括様も大変だねえ。でもトースト一枚じゃ物足りないな、なんか買い食いしていこうぜ」
「そうね……いいんじゃない? 蒼穹にいた頃はよくこの通りで買って、ギルドハウスで食べてたりしてたの思い出したわ。懐かしい店があるのよ、そこに行きましょ」
腹をさするロイを先導するかの様に、リーシャは前をどんどん歩いていく。辿り着いたのは一件の店であった。こじんまりとした外見にかかった看板には、美味しいパンあります、と書かれている。ロイがくんくんと鼻を嗅がせると、焼きたてのパンのいい香りが食欲を刺激した。
木製のドアを開けると、木目調のこじんまりとしたデザインの内装が見える。ちりん、と扉につけられた鈴がなると、カウンターの奥にいたお婆ちゃんが振り返った。リーシャと目があうと、にこにこといい笑顔で、リーシャを手招きする。
「久しぶりだねぇ、リーちゃん。今日はどうしたんだい、男なんて連れて、コレかい?」
「こんな男がコレなんて勘弁よ。久しぶりね、ルイス婆ちゃん」
旧知の仲なのだろう、昔から通っていたというし。ロイは邪魔をするのも悪かったので、これと言われたことには不満を覚えつつも、店内を物色することにする。肉が挟まれたパンや、お菓子の様に甘いパンなど、様々な品がそこに並んでいた。どれにすっかなーとポケットの小銭をチャラチャラ鳴らしながら歩いていると、こちらを見ている先客に気づき……ロイはそっぽを向く。
そっぽを向かせたのは本能のなせる技だろうか。だらだらと流れてくる汗を感じながら、ロイはリーシャに店の外で待ってるわー、と声をかけて逃げようとしたところで、ガッと背後から肩を掴まれる。そこに立っていたのはアイリスだった。筋力上限突破だなんてアビリティを有している、Sランクギルド蒼穹でも最前線を駆ける物理ヒーラー。ロイ曰く、ゴリラヒーラー。
「ロイ様ロイ様、あなたのアイリスですが……私の眼には、今しがた、ロイ様とあの小娘が一緒に入ってきた気がするのですが?」
「……おはようアイリス、今日もいい天気で気分がいーー」
「そんな誤魔化しはなしですよ、ロイ様?」
めりっと強く握られた肩から伝わる痛みに変な声を出しつつ、ロイは救いを求める様にリーシャを見ると、リーシャはにやにやとこちらを眺めて何も口出しや救いの手などを差し伸べてくれそうにはなかった。
もちろんその笑みは、あいつがなんて答えるのかなーって期待した笑みだ。
ロイはといえば、なんでゴリラが朝っぱらからパン買ってるんだよ、とアイリスが聞いたら筋力上限突破のアビリティを生かし、ゴリゴリとすり減らされそうなことを考えている。どう答えるのがベストか、そう悩んでいたがやましい事など何もなかったので、素直に、率直に答えることにした。
「ゲロ吐いたあいつを介護してたんだよ!」
「ーーふっざけんなクズ!」
笑みが一瞬にして消え失せたリーシャが、ロイの頭を平手で背後から引っ叩く。ぶっと変な音を口から漏らしながらロイは前のめりで体勢を崩した。どうにか立て直すと、振り返って怒りの表情でロイはリーシャへと言葉を返す。
「なんで俺が叩かれたんだよ!? ゲロ吐いたのは事実だろマジ!」
「言い方ってもんがあるのよ、足りない頭捻ってもう少し考えたらどうなの!?」
びっくりした瞳でそのやり取りを見ていたアイリスだが、わずかに香ったロイの香りに眉を顰める。日頃から背中を追いかけ健気にもついてきた故に普段の香りを知っているアイリスは、些細な違いも見逃さない。
「……嘔吐した介護で、浴室まで借りるんですかロイ様? そして浴室を貸したんですね、この貧乳チビは」
プチっと何かが切れた音が聞こえた気がしたので、ロイはそろそろとーーリーシャとアイリスの間という立ち位置から逃げようとしたが、ぐっと制服の襟を掴んできたリーシャのせいで脱出は叶わなかった。なんでこんな時にこの相性悪い二人が出くわすんだよ、と神様を恨みながらも祈るのだった。平和に俺の範疇外で終わってくれと。
「変な単語が聞こえたわね、クソゴリラが人間様の言葉を喋るとか生意気なんだけど?」
「洗濯板が喋るのも不思議だと私は思うんですけど……どう思います、ロイ様?」
どうやら神様はロイの味方ではない様で、俺に振るなゴリラと思い、錆びついた機械の様に二人を振り向いた。ここの言葉選びは大事だ、事と次第によっては今日は療養しないといけなくなる。方や魔術師として大成しているSSランク持ち。方や自分よりも筋力ステータスが上の物理ヒーラー。不退転の決意が発動しない以上、どう争ってもロイはこの二人には勝てないのだから。
「え、あー……小さくても大きくても、いいと思います」
即座にロイの脛にリーシャの蹴りが入られた。しゃがみ込んで脛を抑え、低いうめき声をあげるロイ。
「っなんで!? 俺事実言っただけじゃん!?」
「そ、れ、が、良くないのよ!」
スパンと綺麗な蹴りがロイの尻に入りパン屋の床へと倒れる。ひでえよ、なんで俺がこんな目に、と思いながらも立ち上がる。さっさとパン選んで逃げよう、とこの後に及んでも食い意地を見せ、こっそりと離脱し、互いに口撃を続けている二人を尻目にパンを載せるプレートを取りに行くのだった。
「あら、まな板は随分と暴力的なんですねえ。困り果てましたわ、私、これからどんな板でお洋服を洗えばいいのか……」
「蒼穹も落ちたものね。こんな筋力ばかりのゴリラを野放しにしておくだなんて、Sランクギルドの癖に珍獣の管理もできないのかしら?」
「……ちょうどいい板が目の前にありますわね。しばいて削って地平線の様に綺麗な板にするのも一興かもしれません」
「……単細胞なゴリラが、この国の魔術師ギルド統括様に勝てると思ってるのかしらね。本当、脳味噌まで筋肉で出来てるのか解剖したい気分になってくるわ」
ヒートップしていく二人を尻目に、ウィンナーが挟まれたパンと、チーズ、ベーコンがたっぷりと乗せられた焼きたてのパンを選び、ロイはカウンターへと持っていく。店主でもあるおばあちゃんと目があうと、ふふっと笑われた。変なもんでも顔についているのか、と頬や自身のおでこを撫でたが何も付いていない。思わず首をかしげると、目の前のお婆ちゃんがこっそりと、小さい声で喋りだす。
「あの子、リーちゃんが楽しげに話してるの久しぶりに見たよ。嬉しいねえ、ロイ君のおかげださ」
「そうかねえ、あいつはあれが地な気がするんだが」
「そうでもないよ。前にさ、ロイ君がリーちゃんを背負って連れ帰った時があったでしょ、あんなに笑う様になったのはその後からだからさ……うちにもロイ君の悪評は届いてるけど、やっぱりいい人だね」
「へーへー、おべっかするならサービスしてくれや」
苦笑いをしてロイは大げさに手を広げた。別に自分がやった、リーシャを救ったということはそんないい評価になることでもないだろうと考えているからだ。同じギルドの仲間を見殺しにする理由もないし、いくら敵が強大なものであっても、見捨てるなんて選択肢がロイに無かったが故。戦場で命が失われていく、そして残されたものの痛みをロイは知っている。逆に待つだけの人の辛さも知っているし、果てやーー戦場で孤独になる辛さも、痛みも覚えている。
故にロイは見捨てることが出来ない。手を伸ばすものには救いを、それがロイの形成された在り方だからだ。人を見捨てることになるか、救えるチャンスを逃してしまうかがボーダーライン、それに近づけば近づくほど、ロイは無意識上で不退転の決意を掲げる。救わなくてはいけないと、脅迫めいた思いさえ抱いて。
「……本当、大したことじゃねーからそんな褒めないでくれよ、婆ちゃん」
「ふふ、そうかねえ? リーちゃんのこと、大切にしてあげなねぇ、それにほら、最近よく来るあの金色の髪の女の子も」
「お、おう。どっちも考慮しとくわ……で、パン二つでいくらよ?」
「お代はいいよ、初めて誰かと来てくれたリーちゃんへのお祝いさね……ほら、三人じゃまだ足りないだろう、好きなのを持ってお行き」
わりーな、と言ってロイはどれも美味そうなパンを物色する。普通の食パンやら、肉が挟まれたパンをプレートに乗せると再度、カウンターの前へと運んでいく。それと一緒に、懐から一枚の、名刺の様なカードを取り出すとお婆ちゃんへと手渡した。
「なんだい、これは?」
「困ったことがあったら、どんな些細なことでもいいさ、どうにも出来ないって思ったらそれを冒険者ギルドまで持ってきな。変な連中が出てきてなんか言うとは思うが、ロイに言われたって言えば必ず俺に繋がる。そん時は任せろよ、なんでもやってやらー」
お婆ちゃんは渡された薄い青色のカードを不思議そうに見つめていた。そこに書き込まれているSランクという文字を見つけると、さすがにこれは貰えないね、と言ってカウンターへと戻してしまう。
「こりゃ蒼穹に依頼するときのカードじゃないかい、こんなの貰っても使えないよ」
「依頼料とかの問題だろ、Sランクは高いしな。じゃあ……これでどうだい」
ロイはカウンターに置かれていたペンを掴むとそのカードに追加で何かを書き込んでいく。書き終えると、ロイはペンを元々の位置へと戻し、再度お婆ちゃんへと手渡した。そこに記載された文字は「依頼料はロイ・ローレライがすべて負担する、この者からの依頼は最優先でロイへ回すこと」だった。
冒険者ギルドでは他のギルドでは採用していない特異な方式を採用している。ギルドに対する依頼の優先依頼権だった、各ギルドに所属しているメンバーにはギルドに応じた依頼用のカードが配布され、それをリピーターとなって欲しい依頼人に配布したり、販売などをしたりしているのだ。特に優秀な冒険者や、ランクの高いギルドのものは高値で売買される傾向にある。
このカードを利用した場合、依頼の主担当としてカードに記載された人物、いわゆる配布した本人が主担当となる。今の様な場合はロイが率先して依頼を消化することになるのだ。だがSランクギルド、蒼穹が要求する依頼料は一般家庭には高すぎる値段。それこそ依頼の難易度によってピンキリにはなるが、中流家庭の三か月分ほどの生活費が求められてしまう。
それを負担するとロイは記載した。通常では有りえないことだった。Sランクギルドの依頼カードは本当に高額だからだ。ましてや、それにメンバー本人の「依頼料を負担する」だなんて文言は通常、描かれることは絶対ない。ただ働きすると同義であるが故に。
「……ま、俺は蒼穹クビになってっからちょっと反応は遅れるだろうが、必ず届くよ」
「いいのかい、こんな大層なもの貰って。そうそう、使うこともないと思うけどねえ」
「俺も大層美味そうなパンもらってるからいいのよ、おあいこさ」
快活にロイは笑みを浮かべると、ありがとうねぇ、と大事そうにカードを懐へしまったお婆ちゃんを見て、さらに笑みを深めるのだった。紙袋にまとめて入れられたパンを受け取ると、また来るわ〜と言い残してパン屋を後にする。ちりんと扉を閉めると音がなって、朝の爽やかな空気がロイを出迎えた。
「人の優しさに触れた後は気分がいいねえ、さ、事務所を探しますか!」
ぐーっと伸びをして不動産ギルドに向かおうとした、が。再度ちりんという音がし、ガッと両肩が背後から掴まれた。思わずビクッと体が震え、振り返りたくねーなと心の中で独り言を呟き、何事もなかったかの様に前へと進もうとするが、掴んできた力は強く、それを断念する。
「……ロイ様、逃げるだなんて男らしくありませんわ。そんな小動物の様なロイ様もアイリスはこと愛しておりますが」
「何逃げようとしてんのよ、話はまだ終わってないわよ。クソゴリラにさっさと物申しなさい」
大丈夫かなー俺の何でも屋の計画ここで潰えないかなーと、暗鬱たる思いで、振り返りたくもない背後を振り返るのであった。ロイにとっては大層憂鬱な、何でも屋を開業するための物件探しの一日の始まりである。




