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100話

「……なんだ、気でもやったのか。まぁ確かに私の外見は酷いものだが、すぐ直せる」


 ロイの鼓膜をリリィの声が打つ。戻ってきた視界では、潰れたリリィの腕が、破れた皮膚が、黒の霧に包まれてまるで時間が巻き戻るかのように再生されていくところが映っていた。


「随分と器用なこった……。生憎様、俺はお前にあんまり興味がないんだ。あぁ、勿論お前をここでシバかなきゃいけないのはマジなんだが――」


 隣に立つエリシアをロイは一瞥する。不安そうな顔してるんじゃねーと心中で溜息を零すと、そのまま右手に持った剣の柄を強く握り締める。

 気持ちが揺れるのもわかる、訳のわからない事に巻き込まれて再度の生を受け、お次は自身をすべて認めてくれる、肯定してくれる存在が現れたのだ。


「状況は違えど、リリィの言葉は……あの日、先生の伸ばしてくれたみたいなもんだよな。誰だって、あんなレベルの化物からお前は正しくて世界が間違ってるとか言われたらそう思うだろうがよ」


 感情のぶれが表れたかのように、エリシアの肩がぴくっと揺れる。

 

「俺達はそれ以前に――間違ってても、正しくても本来もともと自由なんだよ。だけど感情がある人間様が自由っていうのは殆どの場合、自分の思い描いた道理の世界を指すもんだ」

 

 眉を潜めたリリィ・クルーシャが不快そうな声を零した。

 漆黒の霧は身体の周りを漂い、主の命令を待っている竜の首にも思えた。


「詭弁にもなっていない。愉快に遊べるなら私はお前たちを勧誘するし手のひらで優しく転がすが――不快なら殺すだけだぞ」


「うるせー。悪意だなんて語っておきながら、誰かの身体を借りねーと何もできない雑魚が。見せてやるよ、これでも流れ着く前の世界じゃ――敗戦処理の英雄様だぜ?」


 挑発するかのように大胆不敵に笑うロイに対し、リリィ・クルーシャは不愉快そうに瞳を細めた。青筋を立てて指先を天に立てる、それはまるで交渉決裂の合図。大見得切ったからには踏ん張らないとな、と剣を構えなおしたロイは、隣のエリシアに言葉をかける。


「ってことで、自由なんてもんは後から考えようぜ。お前も嫌だろうが、あんなに小生意気なクソロリが上司になるだなんてよ」


「――ロイ、お前はどうして、そう立ち回れる」


「生きる為に、決まってるだろうが!」


 エリシアを置き去りにしてロイは駆け出した。紫電とともに強化された足は大地を蹴り飛ばし、稲妻のようにリリィ・クルーシャとの距離を一気に詰める。常人であれば視認さえ難しいであろうそれを、しっかりと見据え、夜天の魔王は苛立ちを隠そうともせず唾を吐き捨てる。


「つまらん、実につまらん。お前、つまらないんだよ――」


 途端に漆黒の霧がリリィ・クルーシャの周りへと収束し、底なしの闇へと変貌する。決して触れてはいけないだろうそれを、ロイは一瞬の迷いさえ抱かず掲げた剣で切り裂かんと大上段から振り下ろした。ぼぎゅんという奇怪な音と共に、紫電が爆ぜる剣と、漆黒の霧がぶつかりせめぎ合う。


「お前、さっきから不死身ですアピが激しいんだけどよ――じゃあなんでわざわざ、ご丁寧に、こんな霧で防御なんてしてんだ?」


「――何?」


 ばちんという軽快な音と共にロイの姿が掻き消えた。――瞬雷と呼ばれている雷属性の上位に位置する魔術だった。無論、ロイは魔術が得意ではない。だが不退転の決意で莫大な強化を得た結果、力ずくでそれを実行したのだった。


 一瞬で背後を取ったロイは一撃で決着を付ける為、リリィ・クルーシャの心臓に狙いを定め剣を突き出す。夜天の魔王とはいっても見た目は華奢な身体だ、少なくとも傷一つは与えられるかと思ったが切先が触れた途端に白い肌が漆黒に染まり――あろうことか、甲高い音と共に切先を跳ね返してしまう。


「……ズルしてんじゃねえぞ、クソガキ」


「はっ……つまらんと言ったが訂正してやる。少なくとも、お前はそこで転がってる犬よりはマシだな」


 リリィ・クルーシャの視線の先に居たのは蹲り、動こうともしない男――ノアと、四肢を捥がれたヴェルハイム。何してんだ馬鹿、と内心で毒を吐いてロイは呆れたように言葉を零した。


「おー犬って大きく出たもんだね。なんだ、いい大人二人従えてご主人様気分かよ」


「ふん、ご主人気分じゃない。主だよ、死に掛けの命を延命させたいい主だと思わないか?」


「ぬかせ、飼い殺しっていうんだよ。お前、ペットなんか間違っても飼わない方がいいぜ、勝手に延命して勝手に殺すだなんて、人様の風上にもおけねぇクズだからな」


 漆黒の本流と強化されたロイの剣がぶつかり爆ぜ合う。ひと時でも気を抜けば漆黒の霧が自分の身体を削ぎ落としに来る事をロイは本能で理解していた。焦る気持ちを抑え、無理やりの魔術行使でびりびりと痛む魔術神経に耐え、ただひたすらに目の前の脅威を排除せんと剣を振るう。


「私との時は、手を抜いていたのか――」


 呆けたようにそれを見つめるのはエリシアだ。弱った心は簡単には立ち上がれないし、前を向けない。例え愛刀が手のうちにあっても、それを振るう気力が沸いて来ない。何が剣聖だと、僅かに震えだした右手を自分の左手で抑えようとして――不意打ちのように、自分の左手以外が添えられた。


 白い手だった。――隣にはいつの間にか、マリアが哀れむような瞳でエリシアを見ていた。


「……アレはきっとああいうものでしょうね。私にその本懐までは掴めませんが、あの力が強くなっていく度、ロイ様の身体が端から崩れていくのがわかる」


「どういう、ことだ」


 金色に瞳を光らせ、マリアは紫電を纏い縦横無尽に剣を振るうロイを見据えた。


「貴女に通じるかはさておき。あれは一時の力と引き換えに大きなリスクを背負っている。見たところ、要領を超えた力で壊れたものを、その力そのもので、壊れたままの形で直している、でしょうか? 当人ではないのでそのリスクは分かりませんが、魔術神経を壊れた形のまま修復させたら――使い物にならなくなっていく。私にはそこまでしか見えません――アレが魔力だけで動いているとは思えないし、神経だけに影響があるかさえわからないですが」


「どういうことだ……理屈はわかる、でもなんであいつが、そこまでする必要がある!? ただ逃げ出せばいいだけだ、そんな傷を背負うかもしれないのに、死ぬかもしれないのに、なんでわざわざ――」


「――きっと譲れないものでしょうね。ロイ様のそれはわかりませんが、私はどこまで堕ちても祈りを捧げることは譲れないし、捨てる気もありません。魔女と罵られても私の心自体は、迷える誰かを導く事に執着をしているのですから」


 先ほどまでの態度と違うマリアに困惑しつつも、エリシアは次々と出てくる言葉を止めきれず、呼吸すら忘れたかのように疑問を投げつけていく。


「じゃあなんで先刻はロイを殺そうとした? それに、なんでお前は――アレと手を組むような真似をしていた!?」


「……私が求めるのは祈りと、そして魔術への知見。背景はありますよ、あの漆黒の魔力で動いているこの身体を、その漆黒から切り離さなくてはいけなかったので。ロイ様のあれさえあれば身体の維持の問題を解決して、かつ、深淵に触れられるとも思い少々はしたなく歓喜しましたが――」


 ロイを見据えているマリアの瞳に、エリシアは苦痛を帯びた色を見た。


「アレは違う。私が求めているものじゃなかった」


「では、お前はどうす――」


 エリシアの言葉を待たずにマリアはエリシアへと振り向いた。先ほどまでの狂気など嘘だったかのように、金色の光を燈らせたまっすぐな瞳でだ。得体の知れない何かに押されるように、そして心中を見透かすかのような輝きに、エリシアは次の言葉を告げなくなってしまう。


「私よりも、貴女ですよ」


「っ……」


 ノア達から聞いた話では、エリシアは抗うために剣を取って死んだ。

 父親と、母親と、その他大勢の為に剣を取ったのだ。


「何、簡単な話です。思い出すだけですから――貴女が剣を取った理由を」


 そこで、エリシアははっとしたように――右手に握られた刀へと視線を配る。


「もしもここで貴女が剣を、あのリリィに捧げ共にするというのであればきっとご両親は悲しむでしょうね。そして心底憂鬱な顔でぽつりと呟くかもしれません。どうしてあの剣を取った時の気持ちを思い出してくれなかった、と」


 刀の柄を握り締めたエリシアの腕が震える。込められた力で指先がぷるぷると振動する。

 そうだった、あまりにも単純だったことだ。エリシア・ダナンはかつて剣を人のために取った。それが根源だった、振るう理由だった。自らが作り出した、長い幻想という孤独の中で自らの欲に潰され忘れてしまっていた。

 顔を上げたエリシアの青い瞳を見てマリアは一回頷く。


「答えは出ましたか」


「ああ、初めから持っていた。忘れていただけだ――」


 陽光の髪を翻してロイの元へ駆けるエリシアを見て、マリアはそっと胸を撫で下ろす。そして今度は――蹲ったまま動かないノアと、死体にしか見えないヴェルハイムを視界にいれて大きく溜息を零すのであった。


「我ながら見事な手のひら返しといいますか。……まぁ、いいでしょう。あのリリィを下すには戦力は多い方がいいですし、完全にあの黒の魔力を断った今、私はほとんど戦力になりませんし」


 聖女は激戦を繰り広げているロイ達を大きく迂回し、ノアの下へと歩み寄っていくのであった。

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