1話
「――確かにお主は強いし欠けて欲しくない人材だったが、もう席を残すことは出来ない。出て行ってくれ」
唐突の追放宣言であった。予想外の出来事に、思わずロイは間抜けな顔を晒した。魔物やら人間やら、大から小まで、果ては同属同士での戦争が絶えないこの世界で最強を誇る三つのSランクギルド――そのうちの一つ、蒼穹からの追放宣言。驚天動地だった。割と戦力にもなって尽くしてきたつもりだったが、とロイは茶髪を掻き毟り、目の前に座る人物、ギルドマスターでもある白い髭を生やした齢六十は過ぎているだろう人物へと口を開く。
「待て待てマスター、俺は天下のロイさんだぞ。とりあえず置いておけば魔物相手でも人間相手でも勝てる人材だぞ!? それがどーして追放なんだよ、納得いかねーなオイ!」
「我らがギルド、蒼穹では規律を重んじる。Sランクの看板は重い、何せこの世界に数多とあるギルドでも三つしか存在しないのだからな。最高峰の戦闘能力、そして人間としての規律を求めるのだが……いかんせん、最近のお前は眼に余る」
「……え、そんなマスターの目につくことしてたっけ、俺。えーと、思い出せねぇ」
「馬鹿者! 翌朝は隣国との戦争があるというのにお前は女と遊んで遅刻してくるわ、戦場まで女を侍らせてくるわ、挙句の果て二日酔いで王城での打ち合わせに参加して大臣の目の前でゲロを吐くわ、近頃下町での渾名を知っておるのか!?」
ロイは眉を顰める。マスターが言っていた事は全て事実であったからだ。だが結局、全ての戦争に勝ってきた。常勝無敗であったのだ。多少の不都合や規律の無視など、ロイ自身が齎してきた勝利と利益の前には些細なことだと思っていた――。
「で、そんな俺の渾名はなんなんだよ、ギルド一のプレイボーイか? いやー照れちゃうね、さすがの俺も。綺麗な花には俺っていう水をやんなきゃ枯れちま――」
「クズじゃクズ! このままではSランクギルド、蒼穹の看板も地に落ちると大臣も嘆いておったわ! 今後はソロで活動して反省せい、お主の腐りきった性根が切り落とされて真人間になってくるまで、このギルドの門すらも潜るでない!!」
血走った眼でマスターは叫ぶ。大きな声で激昂され、流石のロイも思わず顔を顰めた。柔らかいソファーから腰を上げると、仕方ありませんねぇ、と大きな溜息を零してギルドマスターの部屋を退出する為、出口へのドアへと向かう。
「あ、忘れてたよマスター」
手前で止まると、ロイは懐から僅かに青みが掛かった白銀のカード――Sランクギルド、蒼穹のメンバーにのみ配布されているギルドカードを取り出すと、それを無邪気な子供の様に、マスターへとクルクルと回転させ投げ放った。マスターそれに一瞥もせず、苦も無さそうにピシッと指先で掴んで受け取る。
「大事なモン返し忘れるところだったぜ。……あんたの言うこともまぁ分からなくもねーが、今後俺を頼るなよ、絶対だぞ!?」
「頼らんわい馬鹿者! 去れ去れ!」
ロイは憤慨した表情でドアを開け、一礼をすることもなく叩きつけるように閉めて部屋の外へと出る。そこには一人の青年が部屋の横の壁に背を預けていた。ギルド公式の白の正装に身を包み、黒い髪を揺らしながら怒り心頭といった様子で出てきたロイへと声を掛ける。
「……さすがクズのロイさん。人格破綻者としては右に出るものはいませんね」
「あ? 何だお前。ここ最近民衆から勇者呼ばわりされて調子に乗ってんの? シバくよ?」
その青年の名前はフレイ。このギルドの中では若い人材で、まだ年齢は十七。ロイは十九なので、二つほど年下になる。だがフレイ本人は年など気にした様子もなく、皮肉気な笑みを浮かべ、ロイを見下すような態度で返答するのであった。
「はっはっは、口だけは大したものですよね。誰も戦ってる姿を見たこともなく、ただ戦場から逃げ帰ってきただけで、最強などと自称している――クズにこのギルドは相応しくない、僕は常々そう思っていました」
「よく喋る口だな、お前はガキか――あ、ガキだったな、すまねえすまねえ。なんせ俺が行くとこ全部命捨てるような負け戦ばっかりでよ、俺が戦ってるところを見た奴は全員戦争の犠牲者になっちまってんだ。それに逃げ帰って来てなんかねーよ、凱旋って言え」
眉をぴくぴくさせながら目の前のフレイを殴り飛ばしたい衝動を抑え、言葉を返す。だがその瞳は湧き上がる怒りで血走っているし、ここがギルド本部の中でなければ既に目の前の青年へ殴りかかっていただろう。
「全身血塗れ、息も絶え絶え。うける、それで凱旋って言うんですね――ま、もうこのギルドに関わらないで下さいよ、クズの無職さん」
そういい残すと爽快に笑い声を上げ、フレイは広い廊下を歩いて去っていく。追いかけて胸倉を掴んで背負い投げでも御見舞いしたい気分のロイであったが、ここはSランクギルド――粗相を働けば実力者が挙って飛び出てくるだろう。全員シバく自信がロイにはあったがそこまですると国王が出てきそうな問題に発展しそうなので、その後姿に対して中指を立て叫び声を上げる。
「だーれが関わってやるかこんなクソギルド!! こっちから願い下げだわ、手前のその蛆の沸いた性格もな!!」
渾名としてクズを拝命したロイは、Sランクギルドを追放され無職となった。この出来事がSランクギルド、蒼穹にとって大きな分岐点となるのは、まだ先の話である。