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5.死

 気がついた。


 意識を取り戻したことに気がついた。だけど、それだけだ。

 体は動かない。存在しているかもわからない。目も開かない。呼吸すらもしているか怪しい。

 思考だけは自在だった。暗闇の中、ただ空中に浮いているように、思考だけがある。


 いったい、私はどうなった?

 どうして一切の感覚がない?


 思い当たる節は――――――ある。あります。私がやりました。


 たぶん、今の私は、肉体が完全に失われているのだ。

 手足どころか、目も鼻も口も、もしかしたら脳も。すべてが崩壊してしまった。

 それでも私は、死ぬことを許されていない。この奇妙な世界、この奇妙な回復能力が、死からすらも私をよみがえらせようとしている。


 死の原因は、なんというか……おそらく、一酸化炭素中毒でしょうね……。

 一応出入り口はあるとはいえ、空気の滞留する洞穴の中。しかも最奥。循環不十分なまま、生木を燃やしたらそれはね。よくなかったね。きちんと排気を考えるべきだったね……。

 あまりの間抜けさに泣きそう。でも泣くための器官もない。現在、体の一切が動かないのは、たぶん回復中だからなんだろうなあ。

 今までの経験から、私の体は物理的損傷でなければ回復しないと仮定している。

 その仮定で言うのならば、回復がはじまるのは脳機能が停止した後。肉体が腐敗し、崩れ始めてからだ。

 現在の私は、どの段階だろうか。ぴくりとも動かないから、まだ回復は始まっていないだろう。それ以前に、腐敗する前なのか、後なのかすらもわからない。

 春先の、割と温かい時期だった。洞穴の奥は多少温度が下がるけど、ずっと腐敗しないなんてありえない。せいぜい一週間くらいで、回復判定に入るくらいまで傷んでくれていると良いけど。

 問題は、その回復にかかる期間だ。最近はずっと、傷の回復が遅れていた。完全に回復しない、ということはなかったから、今回も復帰できると根拠なく信じているけど、なにせ死ぬのは初めてだ。全身を再生するには、どれくらい時間がかかるだろうか。

 あまり時間がかかると、外の大豆畑が心配になる。

 それに、残った大豆も。なにかの拍子で転がって行ってしまったり、腐ったり芽が出てしまったら、この洞穴すら安全とは言えなくなる。

 大豆が喪われたとき、この無限回復能力は呪いに変わる。襲われ、殺されては生き返り、殺されては生き返り。永遠に苦しみ続けるのだ。

 ――というか、ここまできて冷静な自分怖いな?

 死んでいるから眠ることもないし、動かせる体もないし、考える以外何もできないし。

 せいぜい今のうちに、原始時代の暮らしについて思い出しておくか…………。


 〇


 コケ――――――――ッ!!!!


 真っ先に耳に入ってきたのは、そんな鳴き声だった。

 私は、まるで長らく使われていなかったような、錆びついたように固い瞳をこじ開ける。


 目に映るのは、岩でできた固い天井。肌に触れるのは、ごつごつした岩肌。ひんやりとした空気だが、記憶しているものよりも温度が高い。

 視界を動かす。眼球がぎこちなく動き、岩の天井から、岩に囲まれた外の世界を映し出す。

 空は青く、木々は色濃く、枝葉の隙間から、もくもくとした雲が見えた。

 それから、見覚えのない白い生物も。


 いや、それに見覚えがないと言うのは嘘だ。元の世界では散々見たことがある。

 白くてふっくらとした体。頭の赤いとさかに、黄色いくちばし。二本の足は爬虫類のようにも見える。

 そして、羽ばたきをする一対の羽。それは羽を広げて飛び上がると、やまかましいほどの声を上げながら何かを蹴りあげた。

 ――――野犬だ。

 その頑丈そうな足に瞳を蹴られ、野犬は鳴きながら逃げていく。

 そして、その生き物は、一仕事終えたかのように洞穴の中に戻ってきた。



 そう、ここは私が死んでいた洞穴だ。

 どうやら私は、ようやく動けるようになったらしい。まだ全身に違和感があるけど、目も見えるし耳も聞こえる。起き上がるのだけは、ちょっときついかもしれない。


 そんな私に目を向けながら、その生き物――――どう見ても鶏が、悠々と歩いてくる。そして、近くにあった大豆を一つ、当然の権利のようにパクリと口にし、飲み込んだ。


「コラ―――――!!」

 起き上がった。きついとか嘘だわ。

 私は反射的に身を起こすと、鶏に向けて怒鳴りつけた。人の大豆になにしとんの!?

 鶏は動じない。なんてふてぶてしい顔をしていやがる。思えば、一か所に集めていた大豆が、見るからに減っている。これってあの鶏が食したってことだよね? ね?

 許すまじ。


 焼き鳥にしてやろうと、私は鶏に手を伸ばす。が、ダメ……! できたての体と俊敏な鶏、勝てるはずの勝負ではない。

 それでも執念で、何度も鶏を捕まえようとするが、敵は簡単に身をかわす。こちらが息切れしてへたりこんでいると、鶏は少し離れた場所に座り、余裕の顔で羽繕いをはじめやがった。

 この野郎……!

 いや待て。あのトサカ雌鶏だ。この女!

 待て待て、もうちょっと待て。


 寝起き、もとい死に起きの冴えない頭で、現状の違和感を考える。

 この鶏はいったいなに。なんで野犬と対峙していた?

 おまけにこの鶏、大豆を食べやがった。他の生き物が、断固として毛嫌いするはずの、大豆を。

 それだけ強力な力を持った鶏という可能性は、なきにしもあらず。植物だって、その大きさによって、大豆への抵抗力が異なっていたのだ。一粒程度の大豆なら問題ないと言うことも考えられる。

 でも、それなら好き好んで大豆なんて食べるだろうか?

 それよりも、今ここに寝そべっている私の方が、よほど美味しそうではないだろうか。植物すらも齧りに来るこの私。まったく無視して羽繕いするとは、いい度胸すぎる。


「……鶏」


 私が呼びかけると、鶏が羽繕いを止めてこちらを見た。

 もしかして、もしかして……。

 期待を込めて、私は呼びかける。


「私と同じなの? 同じように、いきなりこんな世界に来て、大豆以外に襲われるようになったの……?」

「コッコッココケーコッコッココケーコッコッコ」

「なに言ってるかわかんねえ」


 やっぱり鳥とのコミュニケーションとか無理だわ。

 焼き鳥にしよ。


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