4.焼けた大豆
畑の方は頭上を厳重注意ということで、いったん置いておく。
なにかいいアイディアが浮かんだら、もうちょっと改良を加えよう。
現行、板の柵も出入りにクッソ邪魔だし、そのへんも含めて考えておきたい。
それにしても、この世界から狙われるのは私だけじゃないんだね。
大豆の芽も、周囲から妙に敵視されている気がする。天敵である大豆になる前にやっちまえってことなのかもしれないけど、そもそもなんで大豆がこんなに恐れられているんだろう?
いったい大豆がなにをしたって言うんだ。
なんて考えたって、答えが出るわけじゃない。
そんなことより、大豆畑が行き詰った今、私はもう一つの命題に挑まなければならない。
それはすなわち、火・水・食料。
食料は大豆に一任し、水は洞穴内を舐めれば最低限はどうにかなる。外の大豆の芽にも、もっと安定した水の供給をしたいと思うけど、ひとまずはたまに降る雨と、洞穴内からかき集めた水滴で対処できるので後回し。
こうなると、現在の優先事項第一位は、火だ。
そもそも、枯れ木や枯れ草を集めたのは、柵を作るためだけじゃない。
これはそのまま、焚火の材料にできるはずだ。
思い立ったが即行動。
夜に暖かく眠るためにも、火急すみやかに火を起こすべきだろう。
火の起こし方は、まあ知っている。小学生の時分、博物館に赴いて原始人の暮らしを学んだことがある。あれは社会科見学だったか。火起こし体験などもあって、小学生は熱狂したものだ。
あの時は、まいぎり式という方法で火を起こした。板と棒、それから紐を使う、たぶん火打石未満の環境では、一番楽な火起こしだ。
板の両端には紐を括り付け、中央には穴をあける。棒の上部には紐が収まるだけのくぼみを刻み、板の穴に通す。板と棒は水平に、紐は板の両端から棒の上部へピンと張った状態に。そのまま板を棒と水平に回転させれば、糸が棒に巻き付くことになる。
あとは、棒を発火物にセットして、板をひたすら押すだけだ。板が降りれば、巻き付いた糸とともに、棒が回転する。回転の勢いが強ければ、糸は逆向きに棒に絡まる。その状態で板を押せば、また棒が回転する。
棒の回転する摩擦で、発火物に熱が移り、火種ができる寸法だ。
そしてもちろん、板もなければ紐もない。植物の繊維はあるけど、まいぎり式に使えるほどの丈夫さなんてあるはずもない。
じゃあどうするかって?
ハハッ。
回転を自分でさせるんだよ。
木の棒を両手で挟んで、ひたすらにごろごろごろごろ、こすり合わせるように回転をさせ続ける。ちなみにこれは、きりもみ式という。私はかしこいから知っているんだ。
嫌だとかなんだとか、思う前にとにかく実行。
やってしまえばやり終える他に道はない。
摩擦を起こすように木には、親指より少し太いくらいの頑丈な枝を選択する。
発火させられる方は、安定感のありそうなずっしりとしたもの。を、半分に裂いて使用する。尖った石で叩いて叩いて、半分にするまでに相当苦労をしたけどそれは割愛。
同じく尖った石で、被発火側の枝にくぼみをつけ、回転用の木の先端をセットして――。
はい。よーいスタート!
こすこすこすこすこすこす。ひいひいひいひい。こすこすこすこす。
両手が摩擦熱で焦げるころ、やっと小さな火種ができた。
息も絶え絶えに、私は細く煙を上げる発火板を見やる。外はすっかり暗くなっていた。
だけど、ここで手を止める暇はない。火種にすかさず細い藻屑のような枯れ草をどっさり押し付ける。火種から枯れ草に熱が移ったあたりで息を吹きかけ、火を大きくする。
どうにか目に見える火ができたら、今度はさらに大きくする。枯れ葉、細い枝、太い枝の順に火にくべれば、念願の焚火の完成だ。
小学校の時の知識も、案外役に立つもんだ。
私は達成感と共に、夜の洞穴を照らす焚火の姿を見た。洞穴の最奥、普段私が暗闇の中に座す場所に、今は赤い火が灯る。ゆらゆら揺れつつ、寒い洞穴を舐めるように温める。生木が混ざっていたのか、若干煙が濃いのはご愛敬だ。
火の傍に膝を抱えて座っていると、なんだか妙に感動した。やっと私は、人類の大いなる第一歩。火を扱えるようになったのだ。長い人類史の中で、火ほど人と共にあった存在はない。これで、夜の闇も冬の冷たさも耐えしのげる。救済の光だ。
あ、そうだ。これで生大豆からも解放されるかもしれない。
洞穴内のもやしもなんだかんだで食べつくしてしまったため、ここ数日は生大豆と雑草という世にも悲惨な生活だった。空腹こそしのげるけど、食物繊維以外の栄養価に多大な疑問がある。体調にも結構顕著な影響が出ていて、腹痛や下痢はいつものこと。疲れやすいし、立ちくらみするし、よく熱も出ると満身創痍がこの上ない。
もちろん、大豆が生から加熱に変わったところで、その辺が解消されるわけじゃない。でも少しは食べやすくなるだろうし、そうなったら消化吸収の助けになるかもしれないし。
そんなこんなで、実践。燃える枝を手に取って、大豆を二つ三つ転がし、火を押し付ける。火加減なんてできないから、焦げる前にサッと退散! 手遅れ!
やっぱり直火は駄目だな!
でも、もったいないからそのまま口へ。
外は焦げ焦げ、中は生。中間層だけ、若干火が通っているっぽい。
もっと工夫が必要だなあ。昔の人は、どうやって火加減をしていたんだろう?
思い出せ、小学生の私。原始人の暮らし体験が、今こそ生きる、と……き…………。
…………………………。
そこで私の意識はいったん途切れた。
洞穴内には、煙が充満していた。