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52.躍進(1)

 おい千年過ぎたぞ!

 ふざけるな!


 私の記憶容量はすでにオーバーしているが、代わりに本が山ほど増えた。元の世界で覚えていること、この世界で新たに知ったこと、植物図鑑に動物図鑑、戦闘指南書。大量の書物の著者は、すべて私である。

 現在の文明レベルは、たぶん近世初期くらいまで行っているんじゃないだろうか。千年の間に、拠点も様変わりした。住居と倉庫、畑くらいしかなかった海拠点に建物が増え、まるで町並みのようになっている。図書館、鍛冶場、仕立屋、食堂に研究所ラボ、いろいろあるが、しかしオーナーも利用者も私一人だ。つらい。

 窓にはガラスが嵌められ、窓枠には金属が使われる。草木で染めたカーテンがたなびき、寝所にはベッドをもうけた。

 町は上下水道も完備。ポンプ式の井戸で水汲みもらくらく。製紙技術の向上により、尻は紙で拭けるようになりました。

 ちなみにこの町、牛のバリアフリー施設でもある。牛のために道幅は広く、扉は出るときも入るときも、頭で押せば開く仕組みだ。幅は広く、階段はなく、代わりにストロークがそこかしこにある。

 牛との仲は相変わらず。協力したり喧嘩したり食べたりする間柄だ。どうも奴とはそりが合わん。合わんが、孤独は苦しいのである。寂しくて泣いちゃう(千歳)。


 服飾技術はかなり向上した。ミシンがないから未だに手縫いだけど、Tシャツくらいは難なく作れる。シャツにジーンズ。冬はここにパーカを羽織る。無地だけど染色できるようになったから、何着か作る楽しみもある。

 はさみの登場で、髪も年に一度は切るようになった。前髪が長いと鬱陶しいからね。

 おかげさまで、初期のボサボサでボロボロの怪人は、二十歳の人間に戻りましたとさ。

 もっとも、見せる相手がいないのでファッションセンスはお察しだ。着れりゃいいんだよ。楽ならいいんだよ! モードの最先端は私だ!!

 なお、服飾で活躍の蚕ちゃん。千年の間に飛べなくなった。今では桑も食べず、大豆の葉を率先して食べるように。生まれたばっかりですぐに大豆の葉を食べるから、バイオハザードの頻度もかなり減った。もうすっかりかわいこちゃんだ。私が手を近づけると、自分から寄ってくるようにまでなった。元の世界でも、こうやって品種改良が進んだんだね。


 品種改良と言えば、一番ヤバいのは大豆だ。

 あの動く大豆、既存大豆と掛け合わせたら、きれいに遺伝しやがった。それをさらに掛け合わせ、掛け合わせ、掛け合わせた結果。


「たいへんたいへん! 鳩の群れが大豆畑を襲っているわ!」

「了解! 今すぐ支援に向かう!」

 駆け込んできた牛の報告を聞くと、私はすぐさま猟銃を掴んだ。うん、作った。火薬さえ作れるようになれば、あとは難しいことはない。拳銃、猟銃、ダイナマイト。なんでもこの身一つで作り出せる。

 扱いにも慣れたもの。なにせこの世界は、大豆以外はすべて敵なのだ。撃つ機会には事欠かない。たまに暴発するのもご愛敬。片腕一つくらい吹っ飛んだって、明日には回復しているんだから無傷も同然というもの。

 遠くからは銃で狙い、近づけば斧でかち割る。私はコマンドーかな? 将来の就職先は安泰だ。

 そんなことを考えつつ、牛と共に大豆畑に直行。

 大豆畑は、町を取り囲むように作られている。その一角、夏の日差しを受け、青々と茂る大豆に、おびただしいほどの鳩が群がっていた。鳩の大群は空を灰色に染め、おぞましい羽音を響かせていた。遠目から見れば、それは羽虫のようでもあるが、まぎれもなく鳩なのだ。

 ここまで文明が進んでも、私たちは鳥に弱い。空からの侵略に対する対抗手段がないのだ。陸なら柵を立て、罠を巡らせばいいが、空は簡単に侵入されてしまう。そして、大豆による無害化も、すぐに飛び立つ鳥たちには影響が少ない。その上無害化したとしても、鳥なので豆を食べる。どっちにしたって害鳥なのだ。

 なので、対処法は二つ。

 私が鳩を撃ち落とすか――――大豆が自分で自分の身を守るかだ。


 私が銃弾を撃つと、鳩が一斉に飛び立った。おかげで、靄のように霞んでいた大豆畑の姿が見える。

 しつこい鳩が数羽、まだ大豆畑に残っているようだ。大豆を突こうと狙う鳩に対し、大豆が応戦している。さやを左右に震わせて、掴みかかろうという鳥たちを振り払っていた。

 攻防を続ける大豆と鳩の方角へ、私は銃口を向ける。狙いを定めて引き金を引けば、ついに残る鳩も飛び去った。

 うむ、一件落着。とは言い難いか。大豆畑に被害が出ている。

 被害状況を確認するために、大豆畑へ足を踏み入れれば、さやが一斉に左右に揺れる。たいした威力はないが、地味に鬱陶しい。まあ、生み出したのは私なのだけど。

 鳥の襲撃地点にたどり着き、撃ち落とした鳩を収集し、荒らされた大豆を確認すると、私は大豆畑を見回した。

 一面の大豆畑は、風が吹くたびさやが左右に揺れる。

 これが品種改良の結果である。ちょっとした刺激があるたびに振動するのだ。

 なお、さやから出した大豆にも有効である。さっき鳥たちに襲われ、さやから地面に落ちた緑の枝豆が、足元でぴくぴく震えている。

 極めたらそのうち歩き出すんじゃなかろうか。でも千年かけてこの程度だしなあ。どこかで劇的な変化がなければ、千年たっても万年たっても変わらなさそう。

 いや、しかし待て。そもそも不動の大豆が動き出した。この劇的な変化のきっかけはなんだ。

 私が聖域クロから回収した異常大豆だ。

 クロ周辺は相変わらず、奇怪な大豆の楽園となっている。年を追うごとに異常性が増している気がするが、あれはいったいなんなのだろう。

 というか、どう考えてもあの場所が原因だろう。


 動かぬ大豆が動くとき。そこでなにが起こっているか。

 不思議な力とか、神通力なんて面白くないことは言わない。理にかなってないし、科学の時代を知る人間に、神様なんてナンセンス。たとえ実在の神であるクロの存在があったとして、あいつが私になにをしたよ。

 条件付きの不老不死と、強メンタルしか与えていない。その他はみんな自然任せだ。

 自然。そう、自然。クロは神と言いつつ、この世の物理法則をそのまま借り受けている。あるいはこの自然法則もクロが作ったのかもしれないけど、塗り変える気がないなら同じこと。この奇妙な大豆の存在も、科学的に解明できるのだ。

 などと、千年ぶりに大学生らしいことを考えた結果、取り出したるはこれである。

 どどーん、蛍光板。

 解説はさて置き、まずは鳥を処理してから、日暮れを待ってクロの元へ。



 ランタン片手に到着。月明りの下、私はろうそくの燃えるランタンを掲げた。

 なお、電気はいまだ実用化ならず。電気を発生させるまではできるんだけどなー。レモンに電極刺して電気を作る実験とか、小中学校の自由研究で死ぬほど見たからね――って、五百年くらい前に残した本に書いてあった。ちなみに今は親の顔も思い出せません、てへぺろ。

 でも、たまーに記憶がフラッシュバックする。不意に元の世界のことが鮮明に思い出されたときは、なにを置いても紙に書き残すようにした。それを千年。なんだかんだで、元の世界の知識はかなり保持されていると思う。

 しかし、元々私が知らなかったことはどうしようもない。電気の原理はわかっても、活用する手段がね……。電球ってどうやって作ればいいの?

 でもまあ、これは後々の課題として。


 さて、クロは今日も元気に大樹をしている。近付いたら問答無用で攻撃してくるのも相変わらずだ。

 夜間の闇の中では、その漆黒の体が夜闇に溶け込み、おぞましくも一種の神々しさを与えていた。周辺に生える異常な大豆たちは、まるでその従者。人ならざる領域であると錯覚させる。

 しかし、私は貴様らの謎を解き明かしに来たのだ。

 と決め台詞を言ったところで、蛍光板を用意。聖域にちょっと踏み込み、クロに板を向ける。

 ………………やっぱり。

 闇の中で、ぼんやりと光っている。


 蛍光板というのは、見えない波長を可視光に変換してくれるものである。ブラックライトを当てたら、ぼんやり光る物体あるでしょ? あんな感じ。あの光る物質が蛍光体で、板状にすれば蛍光板なのだ、単純だな!

 そしてこの蛍光板。石油の加工物を塗布して作っている。なんと大昔、レントゲンさんがX線の存在に気がついたのと同じ物質だ。

 なんでこんなことを知っているかは後で語るとして、つまり。

 蛍光板が光るってことはつまり、こいつはX線を発しているってことだ!

 とんだ危険物だよこの野郎!




(言い訳)

蛍光板のところ、調べたけどよくわかりませんでした(小声)。

ぼくは物理学が好きではありません。それだけは真実を伝えたかった。

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