49.紙とペン (2)
雪がしんしん。
心しんみり。
みんな元気かなあ。家族、友達、リンクシェルにフレンドに古戦場に天文台のみんな……。
………………。
……。
はい感傷終わり。
たまにこういうこと考えておかないと、思考がどんどん人外になるからね。
あっというまに千年くらい経って、うっかり元の世界に帰る目的も忘れかねん。
私は帰って、学生ニート生活を楽しみながら、昼夜逆転したネトゲ廃人生活に戻りたいんだ!
もとよりインドア派な私。今の徹底アウトドア生活は性に合わん!
決意を新たにしたところで、松脂を回収。
その最中に猪が出たので、ついでに屠って回収。
やったー! 今日は牡丹鍋だ!
味噌で味付けた牡丹鍋を突きつつ、インク作業をする。
って言っても、鉄鉱石を砕いて松脂と混ぜるだけ。器は、冬になる前に慌てて作った粗悪な素焼き土器だ。いくつか作っておいてよかった。先見の明に乾杯。
さてインク、ちゃんとしたものを作るなら、たぶんこれに追加でなんぞや入れるのだろうけど、別に私としては文字が書ければいいのでオッケー。
松脂を温めて、砕いた鉄鉱石の錆を入れ、仮住まいの壁に試し書き。
うん、まあまあ書ける。でもすぐに冷めて固くなるな。書きつけた後のインクが固まるのはいいんだけど、書いている最中に固まられると困る。
特に、冬というのもあって、速乾性が高い。私の毛筆がバッキバキだ。もう一回火に当てて溶かさないといけないなあ。もぐもぐ。美味い。
味噌はいいね。味を包み込んでくれる。猪肉にも合うし、そこらへんで刈ってきた雑草さえ美味しく感じさせてくれる。
ただ一つ難点を言うのなら、味付けが味噌オンリーってところだ。酒とかみりんとかグルタミン酸ソーダとか、味に深みがほしくなる。あと、味噌が赤みそなのも、白みそ派閥の人間としてはいただけない。ついでに野菜は雑草じゃなくて、ちゃんとした野菜がいいね。ネギとか白菜とか、野生で転がってないものか。
あと、鍋にはやっぱり〆がほしい。うどん良し、雑炊良し、ラーメン良し。卵も鶏がいるから――――いないや。ニワ子、早く帰ってこーい!
などと私が鍋にうつつを抜かしていると、不意に焦げ臭さが漂い始めた。
なんだこの臭い。いや、なんだもなにもないや。鍋のすぐ横から黒い煙が上がっている。
原因は、温めていたインクだった。火の横に置いたまま放置していたから、すっかり焦げて煤になっている。すっごい黒い。そしてえぐるように喉と目に来る。やばいやばい!
慌ててインクの器を遠ざけるが、もうこれ使い物にならんな。赤い色も一切消えて、黒一色になりやがる。器の内側もすっかり焦げ付いている。冷めたころに指で触ると、指先まで真っ黒になった。
うわあ、ここまで黒いのはじめて見たわ。いつもきれいに燃焼させているからなあ。焦がすとこんなことになるのか。
もうこれは捨てるしかない。この寒い中、また松脂を取って来ないといけないのか……。
いや待て。
待てよ。
黒。煤。指につくくらいの流動性があって、この色。
焦げた器の中に、ごく少量の水を投入。作っておいた毛筆を一本取って、ちょいちょい混ぜてみる。
うん、黒い。水を入れても黒さはあんまり変わっていない。周囲を見回して、ちょうどいいのがなかったので、しかたなく自分の袖に筆を滑らせる。
袖は筆の水を吸い、生成りの色に黒い筋を描く。色はしっかりとしていて、こすると多少滲むけど、色が落ちる様子もない。
これ、アリだ。
墨だ。
ということは、ラストは紙作りか。
例によって、当然のように紙の作り方は知らない。
でも原料的に、植物繊維を固めてうんぬんかんぬんするんだろう。あとうっすら覚えているのが、紙漉きという単語と、網の張った四角い枠だ。この枠の中に紙の素を入れて、成型している絵を、誰かの自由研究で見たことがある。
私のもてる知識から推測するに、紙の素とはつまり、液状の繊維ではないだろうか。なんらかの力で液体になるまで溶けていて、それを網の上に乗せて固めるのだ。
網っていうのはつまり、水気を切るためにあるんじゃないか? さもなければ、普通に鉄板の上に伸ばすとかそういう形式でいいはずだし。
ならば、繊維は水に溶けて液体化している状態か。うーん、刻むか、煮て柔らかくするのかな?
まあ、それっぽい感じでやってみよう。どうせ冬場はすることなくて暇だしね。
紙の材料は、松脂回収も兼ねて松の木と葉を使用する。
とにかく刻んで、煮て、柔らかくなったらまた刻んで、煮てを繰り返し。液状化なんて全然しない。ミキサー欲しい。人力でやる作業じゃねえ。
これ、もっと紙作りにベストマッチな植物があるんだろうな。いきなり木は難易度が高かった。次に作るときは、もっと柔らかそうな雑草にしよう……。
それでも人力で、どうにか水になじむくらいには溶かし込む。その最中に、木枠も作っておいた。網はないので、布で代用。まあ水を通すし、なんとかなるの精神だ。
作った紙の素を木枠の上に伸ばし、広げる。うーん、なんか分厚い。水が足りないのか?
まあその辺の改良は次にして、四角く広げたら次は乾燥だ。
火の傍に置いて三日間。そっと布から外すと、四角い紙の出来上がりだ。
うん、まあ、紙は紙だ。厚さ一センチくらいあっても、厚紙と思えばセーフ。表面が凸凹していて、曲げてみると真ん中からもっさり折れた。
この感じ……紙粘土だな? 紙って名前に付くくらいだし、紙の一種と認定しよう。
そしてこの紙、色はかなり黄ばんでいる。松の木の色が滲んだんだろうか。漂白するべきかとも思ったけど、墨の黒に反発しないので、ひとまずはこのままで良しとする。
じゃ、さっそく書初めしましょうか。最初なので、私の座右の銘でも。
我が座右の銘、『他力本願』。最近あんまり実現できていない気がするけど、心は常に他力本願。誰かに何とかしてもらいたい。
その心意気を刻みなおすつもりで、自分の髪で作った毛筆を取る。
気持ちを引き締め、一文字目、た。
た…………?
た。
『他』ってどうやって書くんだ。