48.鉄鉱石を探して(2)
さらに数年後の農閑期。
大豆収穫を終えた直後の秋半ば。私はついに鉄鉱石を見つけた。
場所は山の奥深く。岩肌がむき出しの谷底にあった。岩肌の一部に、赤錆の染みついた岩が突き出していて、微かに金属臭がする。少し掘ってみても、赤みのある岩が続いていた。
すぐ傍には、急な流れの川がある。見上げると、うっそうと茂る森の木々が目に入った。
すでに太陽は、西に大きく傾いている。あまり長居はできない。拠点からこの場所までは、かなりの遠い。いくつか目ぼしい岩を回収したら、すぐに戻るべきだろう。
一度谷から上がって、川沿いを歩いて、二股に別れた支流の右側を辿れば戻れるはず。
いや、右だったっけ? 来るときは逆向きだから、左じゃない?
だいたい、谷を上がった後の川ってどこ? この川だったら、普通に谷を上がる必要はないでしょ? 来るときは別の川を通っていて、途中で谷を見つけて下った結果ここについたんだから、元々の川は別物じゃない?
じゃあその川どこよ。
…………ここ、どこよ。
うん、まあね。
いつかやらかすかな、って思ってた。
地図も磁石も持たずに、ガンガン進んで来たからね。
大豆タイルの道も、何度も往復する場所にしか設置していない。それ以外の場所は、大豆をばらまきながら強引に突破した。
すなわち、大豆を辿れば元の場所に戻れる。と言いたいところだが、その大豆が信用ならないんだな、これが。
なぜなら、ばらまき過ぎたからだ。目印をつけすぎて、どれが目印だかわからない、みたいな状況だ。迷子になりつつ大豆を蒔いたから、無意味にぐるぐる回っていたり、前に歩いたルートと混線になっていたり、ろくでもないことになっている。
それでも、川沿いを歩けばそのうちに海にはたどり着くだろう。海まで着けば、今度は海岸線を歩く。海の近くに拠点を作ったから、それで戻ることができるはずだ。
戻れなかったよ。
ふ
ふ…………
ふえええええ!!!
やべええええええ!!!
ここどこおおおおお!!!!
川がいったん途切れるでしょ?
すぐに別の川があるから、それが途切れた川と繋がってると思うでしょ?
繋がってないんだなあ!
川を下れば海に行けると思うじゃん?
行けなかったよ! 沼になって止まったよ!
私の現在地は、山奥の森の中。の、ぽっかり空き地になった場所。空はすっかり暗くなっていて、太陽はぽっくり消えてしまった。月明りだけの夜、私は身動きが取れずにいた。
ここどこ!!!!
激憤しながらとにかく大豆をばら撒き、草を刈って木を切り倒す。
とにかく日が暮れてしまった今、一夜を明かせる安全圏を作らねば。
旅の荷物の中に、水と食料はある。大豆もある。武器として青銅の斧は腰に引っ掛けている。あとは縄とか、布とか。防寒用にマントみたいな大きな布も持っている。
…………。
なんだ、余裕じゃん!
切り倒した木と布で簡易テントを作り、枯れ枝を集めて火を起こす。周囲に柵を立てて鳴子を設置し、野生動物も警戒。
最近はずっと家があったから、こういうのはなんだか久しぶりだ。
空の星は、海よりも少し近く見える。山の空気は冷たくて、海よりも早い冬の到来を予感させた。
そんな大自然の中、私は干し肉に味噌をつけて噛みつつ、一人反省会をするのである。
やっちまった。
やっちまった。
やっちまったとしかもう頭に浮かばない。
拠点には牛が残っている。大豆収穫後だから、食料には事欠かないはずだ。大豆も大豆の枯れ葉もある。
でも、再び飼い始めた蚕ちゃんはどうだろう。大豆の葉を食べる子を優先して、世代交代を進めた蚕。今は終齢幼虫で、そろそろ蛹になって羽化する時期だ。帰ったときには、全滅しているんじゃないだろうか。
だいたい、私は帰れるのか? 冬になる前にはとにかく山を降りなきゃだけど、どっからどう降りるって言うんですか(憤怒)。
鉄鉱石のあった川も、もうどう行けばいいかわからない。収穫は、荷物の中で転がる鉄鉱石のかけらが三つ四つあるだけだ。
大豆はまだまだ数はあるけど、動き回ればそのぶん消費量も増える。大豆を蒔きながら移動するからね。
ただし、じっとしていれば一冬くらいは越せそうだ。翌年、大豆を植えて育てれば、余裕も出てくるかもしれない。
どうする。
どうする…………?
と、と、と……とりあえず……。
まずは真っ先に現実逃避。
寝よう。おやすみ。