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47.豆味噌とたまり醤油(2)

 人類もいないのに労働力ねえ……。

 ガバガバ人類判定でも、クロを入れても二人。こんなの繁栄しようがないでしょう。増殖のしようがない。

 …………。

 ………………。

 ……………………ひらめ。


 いやひらめかないわ。

 それはない。本当にそれだけはない。

 人類繁栄のために我が身を犠牲にするくらいなら、人類滅ぼす方を選ぶ。


 ……やめやめ。この話止め!

 はい別の話!


 ということで、横に置いておいた別の話をする。

 牛が眠る十年の間に、私が災害復興と並行していそしんでいた、味噌作りの話だ。



 煮豆を放置したら味噌になる、ということはわかった。

 しかし再現するのが、これまたなかなか難しい。

 普通に腐らせると、当たり前に腐るのだ(弱日本語)。

 洪水と同じ条件でも、駄目なときは駄目。ぬめっていたりカビが生えたり、食べてみたら酸っぱかったり。

 しかし、こういうときはやはり数の暴力で攻める。なにせ十年間の生活は、恐ろしいほど安定していたのだ。

 収穫大豆に対し、消費大豆の少ないこと。薪の消費も少ないし、物が壊れたり修復したりの手間もない。喧嘩の仲裁に手を煩わされることも、誰かにうっかり殺されることもない。余計な仕事がないぶん時間ができて、いろいろ試してみることができた。

 …………。

 こう考えると、まっとうな生産力があるのって私だけなんだな、って……。


 なんにせよ、大量の煮豆をいろんな条件で放置。暗所だったり、乾いた場所だったり、湿った場所だったり。

 腐ったりかびたり、ヤバそうだな、と思っても、とにかく二年は待つようにした。


 結果。

 ほとんどは腐ったけど、いくつかは上手くいった。が、あまり法則性は見いだせなかった。

 比較的成功しやすいのは、温度変化が少なく、あまり湿っぽくない暗所に置いたもの。塩は多い方がよい。それでも、同条件で上手くいくものと、そうでないものがある。


 この違いはなんだろう?

 発酵ということは、菌が繁殖しているはず。発酵も腐敗も同じことが起こっていて、ついている菌が違うだけ。

 となると、どの菌が優性になったかが、味噌と産廃の境目となるわけだ。


 現在の味噌は放置で作っている。特に菌を植え付けたりはしていない。

 となると、今まで作られた味噌たちの菌は空気中から付着したことになる。

 味噌を作るのは麹菌だ。酒造りにも使う例のあれ。名前は知っているけど、接触したことはない。高校の授業かなにかで、ちらっと聞いたくらいかなあ。まあ一般女子大生に求められる知識でもないし、仕方ないね。

 その麹菌。今までの結果を踏まえると、たぶん空気中に普通に存在していると思うんだよね。

 でも空気には、麹菌以外の一般菌類もたくさんいて、それらが煮豆に一斉に付着しているはず。ここで菌同士の覇権争いが発生し、麹菌が勝った場合だけ味噌になる、と。こんな感じだろうか。


 比較的成功しやすい場所というのは、つまり、麹菌にとって心地よい環境のはずなのだ。

 他の菌が繁殖しにくく、麹菌だけ繁殖しやすい環境を整えれば、もう少し成功率があげられるかもしれない。

 だとしたら、一番は塩かな? 塩は腐敗防止に使われるくらいだから、あまり多くの菌には好まれないはずだ。ただし、麹菌まで離れていくような濃さはだめ。適度な濃さを見つけるしかない。

 それから、麹菌が優勢になったら、それ以降は他の菌を寄せ付けたくない。どれが酵母菌かわからない段階でやるのは危険だけど、発酵がはじまったら密閉するといいかもしれない。完全に密閉すると菌の呼吸ができなくなるので、蓋をして重しをするくらいがちょうどいいだろう。

 年間を通して発酵させるということは、意外と暑さ寒さには強いのだと思う。それか、冬は活動停止しているのかな? 夏場を乗り切るあたり、けっこう暖かい環境でもよさそう。まあでも、これは他の菌も割と同じ性質だから、あまり過信しないほうが良い気がする。


 上記を踏まえて、再度味噌チャレンジ。

 偶然にかなり左右されるので、失敗や成功は一度だけでは信用せず、二、三度続けて再現した場合のみ判断材料として使う。判断材料が増えたら、条件を修正してまたチャレンジ。


 そして十年後現在。


 自宅の土間に置かれた、味噌壺チェック。

 みっちり詰まった豆の表面に、うっすら緑のカビが生えている。カビのにおいはするが、腐敗臭はしない。うんうん、大丈夫そうだ。

 これまでの経験から、緑のカビが生えている場合はセーフ。他のカビの場合はアウト。でも緑カビでも駄目な時は駄目なので、あんまり過信をしてはいけない。

 まあでも、この感じなら大丈夫そうだ。蓋をして密閉し、元の場所に戻す。

 同様にして、他の壺もチェック。腐敗臭がするものと、緑以外のカビが生えているのはすべて排除。

 一年目の壺を確認し終えると、今度は別の場所に置いた二年目壺を確認。一年目の時点でかなり捨てているけど、二年目でも駄目なものは駄目だ。表面だけが発酵して、底の方は腐っているなんてものもかなりある。ひっくり返して確かめて、駄目ならやっぱり捨てる。

 うーん、効率悪いことしてるなあ。

 表面だけ発酵しているってことは、底の方は別の菌の住処になっているのだ。まんべんなく麹菌に繁栄してもらえないと、はじめは上手くいっても結局は捨てることになる。

 まんべんなく繁栄させるためには、やっぱ麹菌の正体を突き止めるのが一番だと思う。こうして密閉する前に、大豆にちゃんと麹菌を付着させておけば、底の方が腐ることもないはずなのだ。

 などと思いつつ、次の壺も確認。やっぱり駄目。こっちも駄目。成功率低すぎて心折れそう。私はいったい、どれだけの大豆を無駄にしてきたんだ……。

 半泣きで次。

 お?

 壺の中に、赤く変色した大豆が見える。本来の大豆よりも小さく縮み、表面がけばついている。腐敗臭もない。

 で、ぎゅっと詰め込まれた大豆の表面に、うっすらと水が滲んでいる。

 たまり醤油だ。


 これまた、あまり詳しくはないんだけど、醤油って味噌の生成過程でできるらしいんだよね。

 味噌の底にたまるから、たまり醤油。

 ひっくり返してみると、大豆交じりの液体が浮かんでくる。ややどろりとして濁ったこの液体、一見すると単なる腐敗液に見える。

 しかしこれがまた、美味いのだ。



「ただいまー……」

「おかえりなさい。ご飯の用意できてますよ」

「ご飯って、また大豆でしょう?」

 そりゃ、牛ならね。大豆以外に食べたいものがあれば、私も喜んで食べさせる心づもりでいる。毒草とか。

 実際、最近は大豆に紛れさせ、木の実や根っこでかさ増ししている。要するに、大豆と一緒に食べれば無毒化されるのだ。牛の一口の中に、大豆が一粒でも含まれていればセーフとなる。

 もちろん、牛は知る由もない。しょせん牛だし。


 しかし、人間である私は違う。

 味噌があり、醤油がある今、私の食生活は格段に豊かになった。

 まず汁物。潰した豆味噌を溶かせば、だいたい美味しい。普通の野草を刻んで入れただけで、立派な味噌汁になる。

 そして汁物以外。今まで、汁物以外の食料は、大豆製品しかなかった。普通に食べるとどんな食料も毒になるから、大豆と一緒に煮込む以外に道はなかったのだ。

 ところが、今ここには醤油がある。

 要するに、ここにあるウサギ肉。


 串に刺して、かまどの火でジュワ!

 油が落ちてパチパチパチッ。表面を念入りにカリカリッ。

 ここに醤油をとろーり。

 熱々のまま、まるごとガブリ。あちあち、ハフハフッ、ハフッ!

 うん、おいしい!


 というわけだ。

 豊かな食事は、心を豊かにする。醤油味に飽きても、今度は味噌で同じことができる。醤油に付け込んで、揚げ物にしても良いかもなあ。

 安定した日々に、豊かな食生活、孤独を紛らわす同居人。

 あとは米と酒さえあれば、他になにもいらない。



 ――――――いや待て。

 ニワ子忘れてた。


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