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47.豆味噌とたまり醤油(1)

 働かざる者食うべからず。

 とかいう問題じゃない。クロが居なくなった今、働き手は私だけだ。

 大豆を育てるのも、水をやるのも、間引きして収穫するのも全部私。

 そのうえ、食い扶持は増えた。肉にもならない牛肉が、無尽蔵に食事をしやがる。


 十年かけた大豆の貯蓄で食いつないでいるけど、消費が思った以上に早い。これまでのペースで大豆を育てていれば、またしても彼女には牛肉になってもらうことになる。

 なので働いていただきます。


「ええ、いやだわ。体の形がくずれちゃう」

 いいから働け。


 農業における牛の仕事は、単純明快な力仕事だ。剛力で土を耕し、荷物を運んでもらうくらいしかすることがない。助かるといえば助かるけど、種蒔き水やりは結局私一人でやることになる。

 人間が一人しかいないので、こればっかりはどうにもならない。どう考えても、生産力が頭打ちになってしまう。

 まあでも、牛一人を養える程度の食料自給率は、なんとしてでも獲得しなければならない。


 春。未開の平野に大豆をばら撒き、安全地帯を作成する。

 それから牛のために青銅製の鋤を作り、体に取り付けて、安地内をくまなく歩いてきてもらう。

「これで本当に食べ物が手に入るの?」

 牛肉は疑わしげながらも、鋤で畑を耕してくれる。言葉が通じるのは、こういうとき便利だ。むしろこういうとき以外は便利ではない。

 私は牛の背後をついて回り、石を拾いつつ大豆を植える。植えるのはスピード大豆だ。成長速度が速いので、早い段階で牛に齧らせることができる。大豆になるのは夏の半ばごろ、枝豆状態なら初夏位には収穫できる。枝豆時点で刈り取れば、二毛作も可能なのだ。

 そのぶん味は悪いけど、まあ牛だし。わからんやろ(侮辱)。

 畑は中央を横切るように、用水路を作っている。遠くまで水やりに行くのがかなりきついのだ。用水路の先はため池につながっており、台風対策にもなっている。

 畑の広さは、小学校の校庭くらいはある。もはや立派な農家だ。ここ一面を牛専用の農地にするんだから、さすがに食料は大丈夫だよね。ね?


 仕事後は、ちらっとクロの様子を見に行く。

 住居に隣接した、ぐるりと縄で囲まれた空地。その中央には、黒々と捻じれた不気味な大樹が、空を覆わんばかりに枝を広げている。

 あいつ、まーだ木でいやがる。戻る気なさそう。

 木の周りには、動物たちは近寄らない。奇妙な静謐がある。風が吹いても揺れもしないから、まったくの無音だ。

 だけど、地面にはぽつぽつと、なにやら草が生えている。

 あれらの正体は大豆だ。どんな生物もミンチにする暗黒の木だが、大豆だけは不思議とセーフらしい。クロは大豆を襲うことはなく、意外にのびのびと大豆が育っているのだ。

 もっとも、触手圏内に入ったら私がミンチになるので、収穫は諦めている。


 で、私がなんのために様子を見に来たかというと。

「……やっぱり食べてない」

 縄のギリギリから差し出した皿を見て、私は肩を落とす。定期的に大豆製品を置いているが、クロは食べる気がないらしい。やっぱり元に戻さないと食事判定にはならないのだ。

 しかし、戻し方がさっぱりわからんなあ。仲のいいふりをしても信じてもらえなかったし、どうすればいいんだろうか。

 信じられん、と言っていたあたり、信じられるようなことをすればいいのか? それってどういう行動だろう?

 その場限りの仲では駄目、ということなら、何年も平和に暮らしているアピールをすればいいのだろうか?

 次からは、牛もここへ連れて来るかなあ。


 などと思いつつ、私はクロに供えた味噌を回収する。


 味噌。うん、味噌です。

 作った。


 正確には、作られていた。

 クロの癇癪から命からがら逃げだし、牛を封印した後。

 一人で洪水跡を片付けていた時に、私は味噌を見つけてしまったのだ。


 それは、洪水の起こる前に作っていた煮豆だった。まあこの世界だし、煮豆は毎日のように作っている。塩入れて煮るだけだし。

 食べきれずに翌日に持ち越そうと残っていたものが、洪水で流されてしまい、二年間放置されていた。崩壊した家の柱の下で、豆の形を残したまま腐っているのを見たときは、背筋がぞくりとしたものだ。絶対にヤバいに決まっている。

 豆の形は保っているが、輪郭が若干崩れていて、表面はほんのりかびていて、どう見ても食べてはいけない色をしていた。が、においに若干の既視感があったのだ。

 知らない人間だったら、百割は腐っていると判定するであろう独特の香り。白みそ派にはいささかきつい。けど、間違いなく味噌だった。

 かびを取って恐る恐る口にしても、まぎれもなく味噌だった。このときの私の衝撃たるや。筆舌に尽くしがたい。

 でも筆舌する。

 私の今までのあれこれはなんだったんだ! ふざけるな!!


 考えてみれば、発酵食品はいつだって偶然の産物だ。

 たまたま腐ったものが、たまたま食べられるものだったというだけ。

 でも、この世界では偶然があまり発生しない。なぜかといえば、人間が少ないからだ。

 千人、万人が煮豆を作る世界では、うっかり数年かけて腐らせる人間もいるだろう。が、一人しかいなければ、そのうっかりはほぼ発生しない。食べ物は無駄にしない主義だしね。

 要するに、試行回数が極端に少ないのだ。

 どうも寿命がないらしいから、縦幅では試行回数を増やせるけど、横幅は絶望的。そもそも、思考するのが私だけなので、アイディアの幅も広がらない。今回みたいに偶然に洪水でも起こらなければ、煮豆を放置しようなんて永遠に思わなかっただろう。

 もっとも、ここから味噌までも長いのだけど。それはまた別の話ということで。


 今後の製鉄あたりでも、行き詰ったらきついんだろうなあ。三人寄れば文殊の知恵というけど、クロとニワ子は足して〇.五くらいでしょう。掛け算したらマイナスの可能性まであるで。

 そのうえ今は、三人すら揃わないと来たもんだ。


 もっと労働力欲しい……欲しくない?


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