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45.高野豆腐・厚揚げ・油揚げ(2)

グロテスクな描写あり


 拷問生活一ヶ月。

 すごいことに、まだ死亡回数は一回だけだ。


 どうやら、一度死ぬと復活に時間がかかることに、牛が気づいてしまったらしい。

 死ぬほどいたぶられたのは最初だけで、その後は死なない程度のいたぶりにシフトされてしまった。


 そんな私の現状は、両手両足の欠損です。てへぺろ。

 手当なんて概念はないから、傷口は膿んで腐りかけ。自分の悪臭に自分で悶絶する拷問オプションもついている。まあでも、それ以前に垂れ流しだからね! トイレなんて行かせてくれるわけないよね!

 死なない程度の大豆と水を与えられ、死ぬより癒えるペースの方が早い程度に調整され、海辺の拠点近辺の安全地帯で、延々なぶられる生活。しかも牛に。

 ああ、人間の尊厳ってなんだろうなあ。などと、元の世界では考えたこともない人権問題を、悪臭の中に寝転びながら考える私であった。

 なんせ動くと傷むからね。動いたところで芋虫なんだし、逃げられるわけがないからね。じっとしているに限る(達観)。


 そしてこの惨状を引き出した牛さんは、現在お食事中のようだ。

 お食事というのはすなわち、私が数十年の月日をかけ、溜めに溜めた大豆類。半壊した倉庫の中をあさって、猛烈な勢いで食べていることだろう。

 たしかに相当な量の貯蓄はあった。牛もしばらく生き残るだろう。が、無限に存在するわけではない。

 鉄砲水で畑も流され、今年の収穫は全滅だろう。来年また種をまく、なんて発想は牛には出てこない。

 こうなると、大豆の滅亡待ったなしだ。私は牛から逃れても、人類の命尽きるまで、他の生き物に殺され続けることになる。

 はー、破滅! 人類の最後! 私が最後の人類になってしまってよいのか? 人類代表が私で良いのか?

 このままでは両者共倒れ、と一度牛を説得したこともある。

 もちろん無意味だった。

 牛は笑うみたいに顔を曲げ、「あなたが苦しんで死ぬなら、それでいいの」と言ったのだ。覚悟が決まりすぎである。


 そういえば、クロとニワ子の姿は、あれきりめっきり見かけていない。

 どこまで流されてしまったのか。大豆なしで大海へ流れ出たら、私とそう変わらない程度の地獄が待っているのではないか?

 クロの方は自力で何とかできるにしても、ニワ子は海ではどうしようもないだろう。 

 家も流されて、倉庫半壊。大豆は食い荒らされて、畑も壊滅して、どうにかへばりついた大豆タイルが、小規模な安全地帯を残してくれている状況。

 うーん、絶望。

 やっぱり水を甘く見たのがいけなかったか。治水工事、やっておくべきだったなあ。


 え? 牛さんへの罪悪感や後悔?

 仕方なかった。あれは必要な犠牲だったんだよ!

 救う方法なんてもとよりなかったんだから、せめてきっちり封印をしておくべきだった(後悔)。


 それにしても、この臭いはなんとかならないのか。

 これでも年頃の女子なのに、私かわいそうすぎる。一介の女子大生が経験していい出来事じゃないと思うんだけどなあ。

 などと考えている私の鼻先に、重量感のあるものがドスンと落ちる。

 なにかと思うまでもなく、牛だ。牛の足だ。鼻先というより、鼻に落ちてきた足は、軽く鼻柱をえぐりとった。

 わーい、臭い消えた。口の中に血が流れ込んでくる。げぼ。

「退屈していないかしら?」

 私の顔を覗き込み、牛が目を細める。

「今日も遊んであげるわ。今日はどこがいい? 治りはじめたあなたの右足? 傷がふさがったばかりの左腕? それともまた、お腹に足跡を付けてあげましょうか」

 お断りします。

「それとも今日は、お仲間と遊びましょうか?」

 お?

 どういうことだ? と目を動かせば、牛の足元に転がる黒いかたまりを発見する。

 クロ! 生きていたのかお前!

 いや死んでるわ。

 牛の足に蹴られ、私の隣に転がってきたクロは、ぴくりとも動かない。腐臭がするし、これ腐りかけだ。どこで死んでいたんだ。触手に戻らなかったのか?

 あるいは触手に戻る前に、鉄砲水で死んでいたのかな? 体に傷もないし、肉体が全壊しないと蘇生しない仕様のせいで、復活が遅れたのかもしれない。

「お腹が減ったでしょう? 食べてもいいわ」

 あっそういう……。

「食べなさい、わたしにしたように。這いつくばって、惨めにすすりなさい!」

 やだなあ。

 さすがに人型はちょっと。腐ってるし。そもそもこれは、食べて大丈夫なものなんです?

 正体は人間ですらない触手。名状しがたき蠢くものだ。

 それになにより腐ってるし。

 今まで私は、そこらへんの草も根も、木の根も齧って生きてきた。でも、腐ったものは食べていない。泥水は啜れても、腐敗は無理。生理的に、食べてはいけない臭いがするのだ。

 と考えていると、横っ腹を蹴られる。内心とは裏腹に、口から出るのは惨めな悲鳴だ。

 牛は私を蹴り転がして、クロの上に被せる。体の下にクロの死体がある。鼻がもげて臭いはないけど、触った感じがねっちょりしている。服を着ているくせに、服が粘っこい。

 これはきつい。これは無理。

 私が心底無理な顔をすると、牛はより楽しそうに顔をゆがめる。

「食らいなさい。喰いあいなさい」

 笑うように牛は言う。発狂しないはずなのに、細められた目には狂気が感じられる。

 発狂しないというのは、あくまでも思考能力を残すだけなのだろうか。それとも牛は、この状況でも冷静なんだろうか。

「あなたが死んだら、今度はこの男にあなたを食わせてあげるわ!」

 それはいつものこと。

「さあ!」

 と言って、牛は私の頭に前足を乗せた。

 潰れない程度の力を込めて、私の頭をクロに押し付ける。顔面がクロの体にめり込み、ねっとりとした体液が染みだした。それでも牛は、押し付け続ける。

 うぐ……。

 腐りかけのクロの体はもろい。押し付けられれば、もろもろと崩れていく。私の顔半分がクロの服を破り、肌を裂き、体内に埋もれる。

 内臓の感覚を恐れ、私は目を閉じた。

 クロの中身は知っている。解体したことあるからね。若干違和感のある形状の臓器が、当たり前に詰まっていた。人の体を模しているのだ。当たり前だ。

 だから今回も、顔に当たるのは内臓だ。腐りかけの臓器があるものだと思っていた。

 が。


 ない。


 クロの中身がない。

 顔に当たる内容物もない。

 えっ。

 代わりに感じるのは、空間と――――首筋に当たる、歯。


 目を開けてしまう。

 見えてしまう。


 目の前に広がるのは口の中だ。人間に似た口だけど、人を一人簡単に飲み込めるほどに広い。そして、口の奥に広がるのは闇だ。

 私の頭を押さえつける力が緩む。牛が「きゃあっ」と野太い悲鳴を上げた。

 これ。


 これって。


 触手だ――――――!!!!


 身の危険を感じて、こいつ触手になりやがった。

 地獄から地獄。

 私は首を奴の前歯に引っかけて、口の中を覗き込んでいる状態だ。

 この後の展開がわかる……わかるぞ…………。


 マミっ。


 ――やっぱりそうなるよね。

 それが今世の私の最後の思考だった。


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