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45.高野豆腐・厚揚げ・油揚げ(1)

 食べ物って理不尽。


 豆乳ににがりを入れたものがおぼろ豆腐。

 おぼろ豆腐の水を切ったものがざる豆腐。

 ざる豆腐を水に晒せば絹ごし豆腐。

 圧力をかけて水を切ったものが木綿豆腐。


 わかるか!!



 しかし、無事に豆腐を乗り越えた私は、次なる理不尽に挑むのである。

 一つは高野豆腐。これは豆腐を冷凍すればいいはず。

 冬場の山なら、勝手にカチンコチンになる。ので、久々に山で越冬することにした。


 山の設備は、相変わらず原始時代のままだ。

 竪穴式住居に磨製石器。水は遠くの川まで汲みに行く。火をつけるのは、相も変わらず弓切り式――これは、海側でも変わらんな。

 火打石でもあればと思うけど、火打石がどんなものかわからない。石を叩いて火花を起こす? いったいどんな石を使えば火花なんて起きるんです?


 冬。

 一日外に出すだけで、豆腐はカッチカチだ。これを解凍して、鍋に入れて煮ものにする。

 もっとも、相変わらず味付けは塩だけだ。そろそろ新しい味が欲しい。

 料理のさしすせそ。「し」しかない。砂糖、酢、醤油、味噌。うち三つが発酵食品かよ。

 砂糖くらい、なんとかならんかな? サトウキビかテンサイが自生していればいいけど。この辺の気候的に、ありうるならテンサイの方だろうか。


 その後。雪解けとともに海へ帰郷。

 海で焼き豆腐を作ったり、湯豆腐を作ったりもしたけれど、あまりにもつつがなく作れてしまったので割愛する。


 じゃあ、つつがないものがあったのか。

 あったのだ(絶望)。



 〇



 その日は、長らく続く雨が、特に強く降る日だった。

 六月。梅雨と言っても限度がある。川の水が濁り、畑に引いた水路が溢れかけていた。

 雨のせいか、山では土砂崩れが頻発し、ときどきこんなところまで音が聞こえることがあった。

 まあ、山の土砂崩れは、下流側には関係ない。などと高をくくっていたのだが。


「たいくつー」

 ニワ子が私の膝に乗って、羽繕いをしながら文句を言っていた。

「なにか遊びはないのか」

 クロが傍に来て、不満そうな顔を向ける。

 遊びと言ってもなあ。トランプ、ボードゲーム、カードゲーム。このあたりは全部、紙の開発をしてからだ。

 昔の人の遊びとなると、蹴鞠とか……? どう考えても外遊びである。

 家の中でできること。貝合わせ……は絵を付ける必要があるな?

 しりとりもなぞなぞも、この数十年でやりつくしてしまったし、新しい遊びの考案が必要なのだろうか。

 雨の日は、私も畑仕事がない。機織りをすればいいのだろうけど、そんな気にもなれず、ぼんやりとニワ子の頭を撫でていた。

 川が決壊したのは、そんな時だった。


 それはもう、ドーン! って感じだった。

 鉄砲水というのだろうか? 本当に、耳をつんざくような音がした。

 同時に、我が家に水が押し込んでくる。柱を押し倒し、囲炉裏の火を消し、私たちに降りかかった。

 そこから先は、正直よく覚えていない。水は勢いよく、どこかへ流れて行った。私は流されるがままに流れ、途中で崩れた家の柱にぶつかって、意識を失った。




 治水工事を失念したことを後悔しつつ、目を覚ました先は、さらなる地獄だった。


 長らく続いた雨は、あちこちで土砂崩れを起こしていた。

 それは、私がかつて住んでいた拠点付近も例外ではない。

 崩れた土砂は、竪穴式住居を押しつぶし、地下牢を埋め――――ついに封印を解いてしまったのだ。


「…………この時を待ち望んだわ」


 海辺に転がる私を、魔王が見下ろしている。

 二本の角。憎悪に光る瞳。土砂をかき分け、泥だらけの体。

「会いたかったわ。もうずっと、何年も、何十年も……!」

 なんと恨み深い。

「私は会いたくなかったです」

 よろよろと答えれば、牛が眼前で足踏みする。浜の砂が巻き上がり、目に入った。

「減らず口を効けるのも今のうちよ。わたしと同じ目に遭わせてあげるわ……」

 牛が邪悪な瞳のまま、笑うように口を開いた。舌でべろんと私の顔を舐める。

「苦しむ顔を見せてちょうだい。あなたの泣き顔が見たいの。何度も殺してあげるわ。何度も、いつまでも」

 おおお……ヤンデレ。

 新しいタイプだ……。

「百年だって、千年だって付き合ってあげる。あなたの体を引きちぎって、すりつぶして、内臓を引き出して。暗いあなぐらの中に閉じ込めてあげる」

 いや待て、果たしてデレはあるのか?

「雪の冷たい日、一人で死ぬ孤独を味わわせてあげる。自分の死体の中で生き返る自分の姿を見せてあげる。逃げよう、逃げようと何度も壁をよじ登っては、突き落とされる絶望を教えてあげる」

 牛が前足を振り上げる。おお……なにをする気ですか……?

 震える私を見下ろして、牛はかすかに目を細めた。発狂しないはずなのに、確かな狂気の宿る目だ。これはやばい。確実にやばい。

 逃げなきゃ。でも体が動かない。最近平和ボケしすぎて、危機への対処能力が落ちているのか。どうにか砂を掴むけれど、私が動くよりも、牛の方が早い。

 落ちてきた前足は、私の太ももに刺さる。骨の折れる嫌な音がした。口から、反射のような悲鳴が上がる。それを見て、牛がますます笑みを深める。

「そう! 聞かせて! もっとその声!」

 やだー!

 と思っても、口からあふれるのは苦悶の声だけだ。痛い。足が動かない。でも逃げないと。

 砂を掴み、力を籠め、体を引きずる。逃げる……でもどこへ。

 牛のいない場所? 家は流された。牛がここにいるということは、おそらく山も駄目だ。

 行く場所がない。でも、少しでも遠ざからないと――――。

「あああああああ!!」

 逃れようとする私の手の上に、牛の前足が落ちてくる。焼けるようだ。手の感覚が消える。

 私の腕の先には手があるのに、手の形をしていない。形が潰れて、骨がはみ出している。

「埋めてあげる。穴の底に閉じ込めてあげる! ずっと! ずっとよ! あなたがしてきたように!!」

 それって数十年単位じゃないですかー! やだー!

 ううっ、クロは即座に死ねたのに……!

 この体、拷問に絶対的な欠点がある!

 足が痛い。手も痛い。家も流れて、ニワ子もクロもいない。逃げ場がどこにもない……。

 うう……。

 痛い、苦しい、辛い。

 これからなにされるか怖い。


 うう。

 やだ。

 助けて。

 誰か。

 クロ、二ワ子、誰か。痛い。怖い。手が動かない、足も。

 うう――――。


「苦しんで、死ね! 何度も! 何度も何度も何度も何度もなんども!!!!」


 うわああああああああ!!!!!


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