3.スプラウト(1)
人生、日々トライアンドエラー。アンドエラー。
もやしと雑草との食べ合わせを繰り返し、分かったことがある。
もやしで無毒化できるのは、もともとは毒のない植物だけだ。
もとから毒のあるもの。食べたら腹を下すのが当たり前のものは、もやしがあっても無意味なようだ。
要するに、腐ったものはどうやっても無理。もとから毒のあるもの、についてはちょっと確証はないんだけど、無害なたんぽぽやオオバコは平気になっても、どうしても食べられない植物もあったから、ひとまずこの仮説で置いておく。
あと、もやしは大豆より攻撃力が低い。
洞穴の外でちょいちょい実験をしてみたんだけど、大豆なら震えあがる植物たちも、もやしと見ると全力で襲い掛かってくる。結果として、もやしはズタズタにされて見る影もなく、他の植物も凶悪なままだった。
それと、無毒化の効果は大豆にもあるようだ。もやしよりは若干効果が弱い気がするけど、その辺は消化のしやすさに影響しているのか? なんにせよ、もやしにできることは大豆にもできるっぽい。
そうなると、やはり魔除け効果が強く、万能な大豆は、大豆形態そのままで保管しておきたい。
保管方法についてだけど、もちろん私に大豆の知識はない。ただ、朝顔の育成経験から、保管用の種が乾燥していることは知っている。水気のない、乾いた状態であれば、年単位での保管も可能のはずだ。何百年も前の種子が見つかった、みたいなニュースもたまに見かける。
同じように考えれば、この大豆も乾燥させればよいのでは? 芽が出る前に日当たりの良い場所に置いて、天日干しをすればよいのではないだろうか。
思いついたら即実行。目につく大豆をすくい上げ、私は洞穴内の日当たりの良い場所に運んだ。
大豆を乾いたくぼみに転がしつつ、ふと自分の足を見る。
――――傷、治らないなあ。
目に入るのは、いつかたんぽぽに噛まれた足の親指だ。しっかり肉をえぐられた後、少しずつ治ってきてはいるものの、なんだか妙に治りが遅い。
これも毒のせいだろうか?
でも、目に見える傷だし、初日に同じくらいの傷を負ったが、あのときは一日で治っていた。
まさか、一日ごとに治りが遅くなるとか?
いやいやいや、それはさすがにハードすぎでしょ。だんだん難易度上がるとか、そんなゲームみたいな。
などと思いつつ、否定する要素はない。一日、一日と傷の治りが遅くなれば、そのうちまるで動けなくなる日が来るかもしれない。回復に回数制限があるかも、とは想像していたけど、この可能性は考えなかった。前回と同じだろう、と軽い気持ちでいたら、うっかりとんでもない事態に陥るかもしれない。
でも、逆に言うと、だんだん制約がきつくなるのだとしたら、今のうちにガンガン行動をするべきだ。
今のところ、私は自分の置かれた状況がさっぱりわかっていない。
このよくわからない場所に放り込まれ、もう十数日は過ぎている。その日々の半分以上が、毒による高熱でうなされていた日々なのだけど、これでこの不明感はヤバい。生活環境だって、まったく改善の兆しはないわけだ。
元気なうちに、やれることをやっておかないと。
特に、ここが日本と同じ気候なら、冬が来る前に暖を得る手段だけでも探しておかないと、良くても毎日凍死→再生して生き返り→翌日凍死の繰り返し。悪ければ、頭だけは無事なのに、体がずっと凍死状態、みたいになる可能性もある。その前に大豆が尽きれば、野犬の毎日のお食事になっているかもしれない。回復してしまうばっかりに、日がな一日食べられ続ける恐れもある。
なので、今さらながら当面の目標設定。
大豆の育成は継続。これは生命線だ。
次は安直に、火・水・食料だ。体液の染み込んだ服を着替えたいとか、固い岩の上で眠りたくないという欲求はあるが、そんなもの二の次三の次。死なないための対応が最優先である。
それが済んだら、今度は現状の把握がしたい。これは正直わかる気がしないけど、希望を捨てずに、元の世界に返ることができるように、ちょっとずつでも探って行こうと思う。
大豆を乾かしながら、ひとり決意を固めている私を横目に、外が妙に騒がしかった。
騒がしいと言っても、音がするわけではない。せいぜい、風のそよぎくらいだ。だが、風に逆らって揺れ動く植物たちが、目にやかましい。植物のくせに、おそろしく非常識によく動く。
なにをやっているのかと顔を上げてみれば、入り口付近に作った大豆畑が目に映る。
あるのは、掘り返された、一メートル四方の小さな空き地だ。大豆たちは無事に発芽し、小さな芽が出始めたばかり。
そして、その大豆畑を取り囲むのは、魔除けに置かれた大豆たちだ。大豆畑を侵食しないようにと配置した大豆であるが、これも順調に発芽してしまった。
まあ、ついでにすくすく育ってくれればいいなあ、と考えていたその新芽。襲われている。他の植物に。
「こら――――――!」
思わず声を上げ、私は襲い掛かる植物に豆を投げつけた。豆を食らった雑草どもは、驚き戸惑い、しばらく震えた後で動かなくなる。
だが、時すでに遅し。大豆の芽は手遅れだ。せっかく開き始めた双葉が無残に食い破られ、白くて細い茎はぽっきり折れている。中央の畑までは荒らされていないものの、周辺は全滅だと見てわかる。
うかつだった。同じ大豆の芽である、もやしの貧弱さを知っていたのに。
芽が出たばかりの大豆は、いわば赤ちゃんだ。攻撃に耐えられるわけがないと、考えればわかったはずなのに。
せっかくの大豆を無駄にした。
その悲しみもさることながら、ようやく発芽した大豆の惨状に、私はそれ以外の気持ちも抱いていた。
――すくすく育ってほしいと思ったのに……。
うっうっ。
私の可愛い大豆……大豆……。大豆ちゃん…………。