44.ざる豆腐・絹ごし豆腐・木綿豆腐(4)
機を織りつつ考える。
絹ごし豆腐とは、いったい何者か。
豆乳に、にがりを加えたそのままの豆腐は、おぼろ豆腐。
おぼろ豆腐の水を切ったら、ざる豆腐。
型にはめて圧し固めたら、木綿豆腐。
絹。絹とはいったい。うごごごご……。
などと悩んでいる間にも、私の世界は発展していく。
いい加減、竪穴式住居はキャンセルだ。
木材が作れるようになったので、家を木造建築にレベルアップ。竪穴式住居は地面が近すぎる。寝藁で寝ると、しっとり土のにおいがするのは、野性味あふれすぎててもう無理。
それに茅葺の壁は、適度に腐る。雨風に弱くて、ふっ飛ばされたことも一度や二度ではない。毎年交換するのが面倒なんじゃい!
家は小さめ。人二人と鶏一匹が横になれる、囲炉裏付きの寝室を一つ。料理をするための土間を一つ。トイレと蒸し風呂を屋外に設置し、隣接して大豆倉庫を建てた。
家の建て替えに伴い、メイン拠点は海側に変更した。山も悪くはなかったのだけど、去年の冬にすぐ傍で雪崩が起こったので引っ越しを決意。
だからといって、山側の拠点を捨てたわけではない。あそこには天然洞穴という冷暗所があり、倉庫として捨てがたい。
それに、封印されし牛もいるのだ。定期的に様子を見て、封印状態を確かめないと、怖くて仕方ない。食料自給率の安定に胡坐をかいて、数年単位で牛の確認を怠ったとき、あの牛、自分の死体を積んで脱走しようとしていたのだ。まったく油断も隙もない。
海辺の拠点は、森が少なく開拓がしやすい。平地も多いので、より多くの畑が作れる。
畑には川の水を引き、水やりを少し快適に。
山で見つけた有用な作物は、種をこちらで植え直し。
服は麻袋から、木綿製品に変わった。
寝床も、ついに寝藁から布団へ進化。布が作れると世界が充実する。布団の中には綿を押し込み、背中にも優しい。
一方、絹はまだ試行錯誤中だ。やはり野蚕、糸の取れる量が少ないのだ。
蚕には、クワの葉と共に大豆の葉を与えている。十年近くも蚕を育てていると、中には大豆の葉を齧ってみる物好きも出てくるものだ。
そういう蚕は、次年度繁殖用に羽化させる。そうでない蚕は、残念ながらニワ子のご飯だ。
翌年繁殖分でも、大豆の葉を食べるものと食べないものがいるけれど、これも順次選定していく。
いないなら、作ればいいのよ、家蚕。
完全家畜化蚕は私が作る……!
とまあ、絹ごし豆腐は作れなくとも、目覚ましい発展を遂げている。
だってもう、この世界に数十年単位で住んでいるんだしね。
いや。
…………いやいやいやいや。
数十年?
さらっと言ったけどやばない?
私、まるで年取ってないよ?
いやまあ、そのことは五年目くらいでもう気がついてはいたけど……。
数十年暮らして、未だに絹ごし豆腐も作れてないのやばくない?
味噌も醤油もまだなにも浮かんでないし、豆腐以外の大豆製品、豆乳くらいしか作ってないでしょう。
他の大豆製品と言えば、ゆば、きな粉、大豆油、家畜の飼料の大豆粕……くらいか?
いかん、何十年もたっていて記憶が遠くなっている。
ちょっとこれは、紙とペンがいる。
ペン。
大豆インキ。
おおおお……思い出してしまった。大豆製のインクもある……。
でも十年後くらいには忘れていそう。
メモ……取るためのインクがないんだよ! 脳みそ古代人か!
こ、これはさらなる文明開化が必要なのか?
鉄器時代に入り、ルネサンスの三大改良をし、蒸気機関を発明し、近代化をする必要があるのか?
人類が数千年かけてきた文明の発展を、私も共に歩まねばならぬのか……?
正直、数十年で原始時代から青銅器時代まで発展できた私はすごいと思う。
でもこれ、やっぱり知識的に単純なことだったからなんだよね。自然の物を焼く、煮る、溶かす。混ぜるものは、基本二つだけ。複雑な工程もない。触媒も必要ない。高度な施設も必要ない。
ここから先は、そうはいかない。鉄の作り方を知らない私でも、たたら場くらいはアニメで知っている。たたらを踏んで風を送り、高熱にして鉄を溶かす。製鉄するだけでもそれだけの施設が必要なのだ。
発展…………したくない。
頭がそこまで回らないよ。だいたい、ここまで私一人でやってきたんだよ。一人の脳みそでは限度があるって。
えっ。クロとニワ子? 二人とも鶏並みの知能しかないって!
クロはもうちょっと知っていそうなんだけど、こっちから聞かないと、情報提供してこない。それに豆腐程度の文明、ってなるとやっぱりたいそうなことはなさそう。
ニワ子は、体が鶏なだけあって、高度な文明についていけない。最近(十数年)は戦闘もないから、ちょっと運動不足気味だ。
はー、参った。
と思いつつ、機織りの手を止め豆腐の元へ。
ほらニワ子、邪魔しないの。外で遊んできなさい。最近太ったでしょ?
「乙女になんてことを言うの!」
怒った。
しかし慣れたもので無視して豆腐チェック。
もう固まったかな? 本日の豆腐はいかほど?
…………。
うん、しっかり固まっている。
今回は、型に入れたあと、圧をかけずにそのまま固めた。
どうも、食感的にこれが一番絹ごしっぽい。成型の際に圧力をかけると、木綿らしい舌触りになる。しかし、クロ的にはこれがざる豆腐らしく、ここからどうすればいいのかがまるでわからない。
おかげでこれまで、何度豆腐を作ってきたことか。数十年作成を続けてきたから、もうひとかどの豆腐職人だ。すっかり豆腐は美味しく、滑らかに作れるようになってしまった。
なのに、未だに絹が作れない。この豆腐もきっとNGを出されてしまうんだろうなあ――――。
「無視するなー!!」
「あいたっ!?」
背後からのニワ子の強襲。蹴爪が背中にえぐり込む。どうせ治るだろうからと、あの子ぜんぜん遠慮しない。確実に肉をもぎ取る威力だ。
だがしかし、私の肉はいい。治るからね。とこの世界の常識にめっきり馴染んでしまっているのもさておいて。
豆腐が落ちる。私の手の中から放り出され、哀れ無残にも地面にべちゃり。
「あ、あたしが悪いんじゃないんだからね! あんたが構ってくれないから……!」
何十年たってもツンデレは健在だあ。
これ、見た目年を取らないからいいけど、実質七、八十歳あたりだと思うと結構な萎えだよね。
などと要らんことを考えつつ、ニワ子の頭を撫でてやる。ニワ子は猫みたいに自分の頭を押し付け、ときたま指を甘噛みする。かわいい。
しかし、問題は豆腐だ。
ニワ子の気が済むまで撫でた後、私は豆腐を拾い上げた。
竪穴式住居から木造建築に変わっても、調理場は土の上。いわゆる土間にある。土間の上に落ちた豆腐は、見事に半壊し、砂まみれになっていた。
が、つまり言い換えれば半分は無事ということだ。水で洗ってしまえば無問題。
いやあ、贅沢になったなあ。昔は落ちたものは、落ちたまんま食べていたのに。潰れた半分を捨てるなんてブルジョワもいいところだ。
冷水に浸して、晒して、すすいで。塩をかけていただきましょう。
「絹ごし豆腐だ」
なんでや!!!!