43.生活の安定(原始時代)
で、結局この男、豆腐まで作ったのに自分の名前しか思い出さなかった。
「我の名前以上に大事なことがあるか?」
貴様の名前より大事じゃないものってありますかね?
〇
塩と豆腐作りにかまけていたら、冬が終わっていた。
海辺の冬は、山に比べると短い。雪は積もっても、せいぜい膝下程度だ。外は寒いが出られないほどではない。
だから私は、せっせと海に通っては、ひたすらに塩を作り続けていた。冬の間に作り続けた塩は、すっかり技術向上して、苦みの少ない美味しいものへと変わっていた。
食料は、山から下ろしてきた肉類や乾物。それを、塩で煮て食べる生活だ。
大豆を挟まないといけないので、ソーセージを焼いてそのまま食べることができないのはつらかった。煮込みソーセージも美味い。けど! ソーセージの良さってやっぱり、パリッとした皮にある節があるからね。
まあでも、日々の生活はおおむね順調。草木が枯れつくさないあたり、山より冬越えは楽だった。
でも、いいかげん山に戻る頃合いだろう。
そろそろ大豆の種蒔きをしなくてはならない。塩も十分。土器に詰め込んで山に一緒に帰る。
冬になったら、また海側に戻ってくる。それまでの厄除けもこめて、越冬した大豆を家の周囲に蒔いておこう。もやしになったら全滅してるかもしれないけど。
〇
「許さない……許さない……一生あなたたちを許さないわ…………」
山に帰ると呪詛が聞こえた。
まだうっすらと雪の残る季節。積み重なる牛の骨の中央に、痩せた牛が立っている。まっすぐに向けられる憎しみの念に堪え切れず、撲殺。
もうこうなった以上、彼女に救いを与えることは難しい。仲間に牛がいたことは忘れて、永久に封じるほかにないだろう。
なので、牛の地下牢を作りました。
レンガで足場と周囲を固めて、天井部分に木で格子を作り、内側から出られないようにする。地の底から嘆きの声が聞こえるけど、気にしてはいけない。格子の上に枯れ草をかぶせることで、防音効果に一役買ってくれる。
それから、去年やりたいと思っていたことを一件ずつ片付けていく。
まずは、海と山との往復路をしっかり固める。大豆レンガと大豆タイルで足場を作り、柵を作って動物が入って来られないようにした。
柵は家と畑の周囲にも作る。これで安全性が格段に向上。
洞穴の中には棚と仕切りを作り、倉庫の整理も完了。
ソーセージやジャーキーは、ちゃんと製造時に塩を練り込めるようになり、味も保存性もアップ。
食卓の充実に伴い、箸や食器もついに作成。
大豆以外植物の栽培も、煮汁で無害化させられるので、ひとまずのところは問題なし。
交雑第二世代は、大きめ大豆の特徴を大きく残しつつ、若干結実が早くなった。まだ品質がまばらなので、この中からさらに選別して第三世代にする。
牛皮の加工は、植物の汁に長時間つけこむことで、若干柔らかくなることを発見。まだ改良が必要だけど、これで革細工が捗るはずだ。
五年目秋にして、ようやく生活が落ち着きはじめた。
大豆畑は安定した収穫を与え、牛肉が不思議と月に一度手に入る。
備蓄が増えていく。
大豆も増えていく。
おそろしいほど順調である。
となると、そろそろやるしかあるまい。
本格的な大豆料理の作成だ。
とりあえず、現段階でわかっている大物は、醤油と味噌だろう。
この二つ、どう考えても発酵食品。なにかの菌類を利用しているはずである。
が、それがさっぱりわからない。
こういうときは、あれだ。神頼みだ。
クロに炒り大豆を口に押し込んで、なにかしら情報を引き出してやろう。
押し込んだ。
「タンニン」
「は?」
「鞣しには、植物に含まれるタンニンが有用だ。ポリフェノールとも言うな。獣の脂を使ったり、煙で燻して鞣す方法もある」
今さらすぎませんかね?
「我の記憶は、与えられた大豆に応じて戻ってくる。複雑な大豆製品であれば、それを作るに至った世界の記憶が、我がものとなる。炒り大豆程度では、このくらいがせいぜいよ」
うーん、なるほど?
クロの記憶は実績のアンロックみたいなものなのかな。つまり、一度実績をつくらないとアンロックができない。たとえば味噌知識が欲しいなら、どんな形でも味噌を一回作ってみるか、味噌よりもっと難しい物を、何かのはずみで生成するしかない、と。
いちおう豆腐を作ってるんだし、麹の実績くらいアンロックしてみてもいいのに。
でも、アンロックされた知識の結果が、割と現代的な感覚で返ってくるのは助かった。
ポリフェノールと言われるとわかりやすい。ブドウなんかの渋み成分だね。まだまだ牛皮は取れるから、それを踏まえて革をつくろう。
が、今は麹だ。
麹。発酵食品。腐敗。腐敗……。
普通に腐らせるわけないよなあ。と思って腐らせたら腐った豆になった。
やっぱり、なにかそれらしい菌が必要っぽい。
菌。ウィルス、細菌、真菌。菌類、菌糸。茸、カビ……。
うーん。
う――――――――ん。
う――――――――んんんんんん。
だめだ!
わからん!!!!