41.四年目
ソーセージとジャーキーを作っていたら春になっていた。
牛は冬の間一度だけ復活し、降り積もる雪に埋もれて凍死していた。アーメン。
一応手を合わせてから、再解体、再調理。
おかげさまで、冬の間、食料に困ることはなかった。
さて春。今後、牛の飼育も踏まえた大豆の生産にいそしまねばならない。
畑をさらに拡張し、堆肥を混ぜて耕す。
植える大豆も厳選。収穫量の多い大豆と、収穫の早い大豆を三対一ほどの割合で植える。
雑な計算で、これで昨年の四、五倍くらいは収穫できると思うんだけど。あの牛を養うには、これじゃぜんぜん足りないよなあ。
うーん、もうちょっと畑を拡張するかな。
で、拡張した畑。ここも大豆を植えようかと思ったんだけど、ふと思いとどまる。
そいえば、名無しのおかげで食べられる野草が増えてきたんだっけ。
ほとんど冬の間に食べ尽してしまったけど、えーと、あれがあった。
クサイチゴ。干し果実にしたまま、一緒に冬を越したのがいくつかある。野生でも生えているけど、試しに栽培できないか試してみようかな?
上手く行ったら、来年から他の植物も植えてみよう。もしも夏以降の種蒔きで収穫できる植物があれば、上手くすれば二毛作ができるかもしれない。
それと、大豆の煮汁を撒いて無害化させた木々。これ、実のなる木は今後切らないようにしようかな。安全な栽培地にできれば、今後がかなり楽になる。
まあそんなに上手くはいかないんですけど。
煮汁を撒いて無害化させた木々。
これは、時間とともにだんだん凶暴さが戻っていった。大豆効果は永遠ってわけじゃないのね。そういう意味だと、これまで大豆で追い払ってきた生き物もまた凶暴化しているのかも。
大豆が安定すれば、年間通して大豆汁を撒けるんだけどなあ。まだちょっと先が長い。
畑に植えたクサイチゴ。これは芽の時点で凶暴だった。大豆効果は第二世代までは効かない――って、前にもあったなこれ。植えれば生えて来るけど、凶悪なままだ。
でもこれ、大豆レンガの配置を工夫すればいけるかな。今は土を大きくレンガで囲っているけど、レンガ効果範囲の十センチ単位で配置していく。種はこの十センチの間に埋めてやれば、安全な栽培ができるんじゃないだろうか。
しかしそうなると、レンガの生産量が莫大になる。手間もかかる割に、畑仕事をできるのが名無しと私しかいない。
今年、去年よりも畑を拡張したせいで、日々の仕事がほとんど畑に吸収された。
これは、効率化が必要そう。第一に、川から畑までが遠すぎて、水やりだけで一日が終わるのだ。
しかし、その一方で夜なべして牛皮の加工にいそしむ。
普通、鞣しってなんかの薬品を使うよね? あれって防腐? それとも柔らかさを保つため?
薬剤はなんだろう。大昔から続けられてきたことだから、そんなに難しい素材は使わないと思う。原始人で取って来れるとなると、樹液や草の汁、もしくは岩石を砕いたものとか?
さっぱりわからんな。女子大生に鞣し技術の知識なんてあるかよ。あれこれ試してみるしかないかなあ。
と、試しているうちに収穫期を迎えてしまった。
収穫アンド脱穀。見込んだ通り、だいたい五倍くらいになった。
やや緑の大豆と大きめ大豆の交雑結果は、うーん、といったところ。大きめ大豆の方が優性みたいで、さやの中に入っている率が、大きめ大豆の方が多い。
んー、新品種作れたらいいんだけど、現状だと明確な効果は出てない。ま、第一世代だしね。遺伝子的に混ざったわけだし、次年度からこの交雑大豆も植えて行ってみよう。
大豆を収穫後の茎や葉は、例年通り乾燥させる。それからせっせと粘土をこねて、レンガとタイルを生産。食料も増えてきたから、貯蔵用につぼも作らないと。
ってなると、今度は焼く方が間に合わん。焼き窯でも作って火力を上げて、短期間で一気に作れるようにするべきか。焼く前に土器を乾燥させる作業も、作る物が多すぎて場所を圧迫しているし、これも貯蔵庫が必要か?
建物というと、貯蔵庫も作りたい。現在は冷暗所の洞穴を貯蔵庫として活用しているけど、あそこは足元が不自由すぎる。ちゃんと地面を削って安定させて、あとは棚を作って収容量を増やせるようにしたいし。
それから、牛の監禁場所も補強したいなあ。このあいだ穴の壁面が崩れて、牛がものすごい形相で上ってこようとしていたのだ。
上から撃退して事なきを得たけど、あれはほんとにやばい。封印されし古の魔王レベルでやばい。もう顔がね。この世のすべてを憎んでいるっていう感じだった。
いやあ、牛ってあれほど憎しみを抱けるんだね。
最初はかわいそうだし、食料生産が安定したら外に出して上げようかとも思ってたけど、あれは永遠に封印しておかないと駄目だ。さすがの私も、キュッと心臓が縮み上がる気がした。
とりあえず、穴を深くして崩れた壁だけ直しておいた。牛皮の加工は失敗した。難しいね。
さて、いろいろやりたいことはあるけど、私の体は一つしかない。
なので、まずは優先事項から片づけていく。
そういうわけで、収穫が終わったころ、私は再度海へ遠征に出た。
川沿いの道を三度くらい遠征して、今年は無事に到着。今年の遠征が少し楽だったのは、去年の間に、道に大豆をばら撒いて行ったおかげだ。芽吹いた大豆が、道しるべ兼安全地帯の役割をしてくれていたのだ。
あとスズメバチの巣は、二度目の遠征時に命と引き換えに潰した。ペッ。
海。
つつがなく海に来た(遠征三度目、内一度死亡)。
山から海までは、名無しの言う通り、だいたい四時間半くらいだった。
朝から出てきたのに、もうすっかり昼過ぎだ。通うのはやっぱりちょっと厳しいよなあ。
となると、ここに拠点が必要か?
はい。
作りました。
山で作ったのとほぼ変わりないので、建設工程はスキップ。
山と海を何度か往復しつつ、道具や大豆レンガを持ち込んで、川辺に家を建てました。川辺って言っても、もちろん間隣ではなく、一応水難に備えて距離を取っているけれど。
中は、サウナがないだけの普通の竪穴式住居だ。あと、山に比べたら圧倒的に物は少ない。こうやってみると、上ではいろんなものを作ったんだなあとしみじみ思う。四年も暮らしてきたから当然か。
一冬が越せそうな分の食料と、薪も用意した。食料は山から下ろしてきて、薪は川辺の森を伐採して作る。
最後に山へ戻ったとき、すでに雪が降りはじめていた。海側は、山に比べて雪が遅いみたいだ。もしかして、そんなに積もらないのかもしれない。
そう考えると、いっそここに拠点を移すのもありかなあ。でも、山の方が今のところ不便がない。食料は安定しているし、粘土の掘り出せる場所も知っている。木材も豊かで、洞穴という天然の冷蔵庫まである。
普段使いは山にして、冬の間だけはこっちで過ごすとか? 山だと、本当にまったく外に出られなくなるからなあ。
ま、なんにしても、今年は海側で過ごすつもりだ。
そのために、食料をここまで持ってきたのだ。大量に作ったジャーキーにソーセージ(無味)。これを最高に美味しく食べさせていただく。
そう。
塩を作るのだ。