40.牛串
牛。
うーん、牛。
……家が狭い。
牡牛はすっかり居ついてしまった。
外は雪が積もり、外に出ることの出来ない現状。家の中には、常に牛がいることになる。
家を作る際に、牛が住むことを想定しなかった。大きくても人間サイズと思っていたから、扉も間取りもそうやって作ってしまった。
おかげで現在、やたらと窮屈だ。
そもそも、家に入った時点で入り口は破壊されてしまった。応急処置で簡単に塞いだけど、トイレに出て行ったときにまた壊された。
トイレ、外に設置するのやめた方がいいのかなあ。でも、家の中に作ると臭いがなあ。
汲み取り式しかできない現在のトイレ技術では、どうやってもあの臭いを防ぐことができない。家の中は論外。家の付近に作っても、風向き次第でひどい目に遭う。
トイレの臭いを嗅ぎながら生活するくらいなら、私は凍死するほうを選ぶ。そんな潔い乙女心はさておいて。
牛が来てからもう一週間。死んだ名無しも復帰した。
そんな中、私は悶々と牛の使い道を考えていた。
肉……牛皮……内臓を水入れに加工……解体する以外の使い道が見つからん。
牛乳が取れるなら、まだ話は変わったものを。牡牛なんて肉しかないじゃん。
あるいは、労働力? 牛にひかせる農具を作れば、開墾がはかどるかな。でも、冬はやっぱり潰すしかない。
なぜなら、食費が恐ろしく嵩むからだ。
この牛、草食動物である。
そしてこの世界、なにを食べても毒である。
藁を食べても死ぬ。干し果実を食べても死ぬ。そうなるとこの牛はなにを考えるか。
大豆を食べようとするのである。
「アホー!」
大豆入りのつぼを足でガチャンと割って、牡牛は昨年収穫した大豆をモリモリ食べる。山ほどあると思った大豆も、牛にとってはほんの少量。スイカ大のつぼ入り大豆を、この牛は早くも二つ消費しきってしまった。そして、今割れたのは三つ目のつぼである。
一日に食べる量を指定しても、ぜんぜん足りないと文句を言って、こうして実力行使に出る牛。
「だって、こんなにあるんだもの。ちょっとくらいいいじゃない」
「いいわけがない!!」
ちょっとじゃないから。大豆つぼ三つ分だから。今年の収穫の四分の三だから。
そして、最後の一つは、来年の種まき用の種大豆だから。
これ以上食べられると、冬が越せない。たぶん明日か明後日には大豆が全滅し、大豆とともに私たちも全滅する。
「それにわたし、この世界に来てから本当になんにも食べてなかったのよ? 最初に落ちてた大豆なんて、一日分のご飯にしかならなかったもの。あとはずーっと死に続けていたし……」
家畜の思考回路に、増やすと言う概念はない。あるものは食べ尽す。そういやニワ子も大豆無所持だったな。だから私のところまで食べに来たんだろうし。
……これ、人間が生存してなかったら詰みゲーよな。その人間様の大豆さえ、現在は危機にある。
「一応、これでも遠慮しているのよ。本当はぜんぜん足りないの。このつぼ一つでも、一日の食事未満なんだから」
死なない程度の、最低限よ。わたしに飢え死にしろって言うの?――などと言いつつ、牛はこぼれた大豆を咀嚼する。なんという悪びれなさ。彼、いや彼女としてはこれでも遠慮しているから、悪いとも思っていないのだ。
このままでは、私たちの大豆が食べ尽されてしまう。食用分はまだしも、来年用の種大豆まで食べられては、もはや死しか待っていない。
これは…………。
やるしかあるまい。
殺りました。
寝込みを襲って牛を屠殺。仕留め損ねて家の壁に穴をあけられたけど、死ぬよりは安いもんだ。
さて、この死体。放っておくとまた復活してしまう。
現在の私たちの生活では、牛を養えるほどの余裕はない。大豆の生産が安定して、年間を通して大豆を提供できるようになるまでは、ずっと死に続けてもらわなければならないのだ。
となると、復活してもすぐに死んでもらわなければならない。
今までの経験上、元のパーツが一番多く集まっている場所がリスポーン地点となるので、骨を一か所に固めるようにすればいいかな?
穴でも掘って骨をそこに捨てて、復活しても這い上がれないようにしよう。復活したら、穴の上から石を投げて撲殺する。
復帰のスパンは、栄養状態によって変わる。健康な時でも一週間くらいはかかるから、食事抜きで死に続ければ、復帰に一ヶ月かかるようになるだろう。
ちょっと数年死に続けるけど、まあ今までの生活と変わらないだろうし、許してくれるでしょう。むしろ私が、今年の収穫を半分近くも無駄に消化したことを許さん。助けた甲斐がなかった。
などと考えながら、私は牛の首を斧で叩き落とす。
あ、解体作業はちゃんと外でやっています。今日は寒いけど、雪もなく天気もいい日。家の入り口付近を雪かきし、スペースを確保したうえでやっている。家の中だと、血生臭くなるからね。
服は、麻袋の上にさらに麻の外套を羽織っている。手袋がわりに麻布を巻き付け、藁で編んだ長靴を履いた。でも寒い。保温効果が薄くて、風通しが良すぎるんだよなあ。ウールのセーターが欲しい。この牛が羊だったらなあ。
ま、文句を言っても仕方ない。
首の落ちた牛は、周囲の雪を赤く染める。死にたての体は、冬の寒さに晒されて、もう冷たくなり始めていた。
冷えて固まらないうちに、四つの足を勢いよく切断。五体バラバラになったら、頭以外の皮をはいでいく。
この皮、いろんなものに使えそう。靴、袋、紐。道具の持ち手にもよさそう。
ただ、固いんだよなあ。腐らないように乾燥させる過程で、どうしても皮がガッチガチになる。それと、やっぱり長持ちしない。しっかり乾燥させたつもりでも、翌年くらいに虫食いになる。
ちゃんと防腐と鞣しを考えないといけないんだろうな。これからしばらく牛皮が手に入るから、それでいろいろ試してみるか。
そういうわけで、皮むき終了。皮は後で使うから避けておく。
次は内臓の摘出。分厚い腹を裂き、内部に手を突っ込んでみれば、まだ温い。温かさを感じつつ、出すものは全部出す。
おっ腸。めっちゃ長い。これ、ソーセージ作りたくなるなあ。血、捨てちゃったよ。普通に肉でも突っ込むかな。
胃。十個くらいあるんだっけ(うろ覚え)。どれがどれだかわらんなあ。
レバー。これはわかる。焼肉屋で見るのと同じ色してる。この時点で普通に美味しそうだからやばい。
ハツ……は心臓だからこれかな? あんまり食べたことないなあ。
取り出した内臓は、なんとなく部位分けしてつぼの中へ。
それが終わったら、肉を解体していく。骨は復元ポイントにするので、もったいないけど骨付き肉はなしで。肉だけこそげ落とす。
ギシギシゴリゴリ肉を落とした後は、適当なブロックに分解。ロースだのバラだの、うろ覚えの知識を基に、一応パーツ分け。
おっと、肉の表面が凍り始めた。家の中へ……と思ったけど、外に置いといた方が日持ちがよさそうね。土器の中に放り込んで、雪に埋めよう。これで一冬持つかな?
解体後は穴掘りだ。牛一匹が昇って来られない深さの穴を、雪をかき分けて掘る。
掘った後は、穴の中に骨と頭を安置。あ、頭からタンだけは抜き取った。美味しいからね!
穴の端にはロープを括り付け、私が昇って出られるようにする。これで復活したときも一安心。
はー! 一仕事終えた!
いっぱい牛肉手に入っちゃった!
皮も鞣そう。牛肉ソーセージ作ろう。ビーフジャーキー作ろう。あっ塩がない。まあまあ、まだ牛はいるからね!
〇
じゅうじゅうと肉の焼ける音がする。
海でニワ子にしたのと同じ要領で、牛肉を串に刺し、焚火の傍に置くことしばらく。赤い肉が色を変え、したたる脂が火の中に落ちる。油が火の中で燃え、また「じゅう」と心地よい音を立てる。
「貴様は悪魔だ」
名無しはそう言って、手に持った串を私に向けた。
「生き地獄から救ったかと思えば、まさか貴様が地獄の再現をするとは。貴様には血が通っていないのか?」
私に向けた串を自分に戻して、肉をぱくり。そしてまた私に向ける。
「熱っ――人間というものがみなそうなのか? それとも、はふっ、我が選択を、うまい、誤ったのか?」
聞き流しつつ、私も肉を食べる。うん、ちょっと筋張っているけど、しっかり牛だ。食料不足で脂身が少ないのは残念だけど、この肉々しさは野性的でとてもよい。やっぱり肉は焼いてこそ。
こうなると、一振りの塩が欲しい。海で塩漬けニワ子を食べたばっかりに、舌が贅沢になっている。
やっぱり、早い段階で海には再チャレンジするべきだよなあ。また来年かな。
などと考えている間も、名無しは言い募る。
「こんな冷血な人間に――うむ、これは生焼けではないか――世界の未来を……焼き加減が難しいな、託して、あっつい! 良かったのか?」
「食べながら喋るんじゃありません」
黙った。
「あたし、こうやって食べられてたのね……」
ニワ子が複雑な面持ちで、焼けた肉を突いている。この子は雑食で助かる。毎日大豆を食べるようだったら、牛と同じ目に遭っていた。
「思い出したら腹立ってきた! 次にあんたが死んだら、絶対食べてやるんだから!!」
「はっはっ、威勢がいいなニワ子。我はすでに何度かあれを食べたが、食いでがまるでないぞ」
「ええー、食べ甲斐がなーい」
ニワ子が不服そうに膨れ、はっはっはっ、と名無しが笑う。
温かい食事と、明るい会話。
うーん、平和だ。