表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

51/81

39.最後の仲間

 名無し発見。

 場所は森の中。牛の悲鳴を追いかけて行った先である。


 周辺に獣の気配はない。木々は嫌になるほど大人しい。ふだんは足に噛みつく雑草も、今日は遠慮がちな甘噛みだった。

 地面がちょっとぬるぬるしている。ぬるぬるした空間を避けるように、木々が身をしならせている。その空間の中央に、どこかで見たことのある、ねじれた紫色の木が生えている。

 はい。

 久しぶりです神様。

 牛さん、足だけ残ってますね。


 うーむ、なるほど。上手い具合に死を回避したな?

 さすがの名無しも、あのまま森にいたら死に過ぎると思ったのか。ちゃんと対策してきたみたいだ。

 しかしこれ、名無しの代わりに私が死ぬやつじゃないですかね。


 一歩足を引くと、紫色の木のねじれがほどけていく。無数の足に変わるんですよねわかります。

 大豆を投げるが一向に効かない。知ってた。

 これはいかんと逃げ出そうとすると、足首を掴まれる。知ってた!

 知ってた! これ無理なやつだ! 十回くらい食べられるまで、生還不可能なやつだ!!

 足首を掴まれて、ずるずる引きずられて、口だけしかない巨大な体に引き寄せられ。

 そのまま、人間そっくりの口の中に放られて、奥歯でゴリッと潰される。


 はい死んだ!

 私今噛まれた! 体半分感覚なくなってる!

 あと十回は味わおうね!


 う。

 うう…………。

 うわあああああああん!!!!



 〇



 復活。

 でも、どうせまた死ぬんでしょ。

 まだ二回くらいしか死んでないしね。

 けっ。


「起きた!」

 ん?

「もう! あんたまた死んで! いや、あたしも死んだけど!!」

 んん? ニワ子?

「貴様、自分の命が他人の犠牲の上に成り立っていると理解しているのか?」

 お前が言うなオブザイヤー。

「あなたが食べたんじゃないのよ。わたしも、この子も」

 誰だ今の。

 聞き覚えのない声に、私はうっすらと目を開ける。

 天井がある。外は風の音がする。肌が痛むほどに寒くて、背中には藁のチクチクした感触がある。

「ここは……」

 山の拠点だ。いつのまに?

 私は拠点の家の中に横たわっていた。寝藁の中に埋もれる私を、三者三様に見下ろしている。

 ニワ子。名無し。それから…………牛だ。

 言いたいことがいっぱいある。

「なんで人に戻ってんの」

 名無しに目を向け、私はじとりと言った。

 私の死亡カウントは二回。たしか名無しは、私が十回死ぬか、体重の十倍の大豆を食べる必要がある、と言っていたはずだ。

「むろん、貴様らを食らったからだ」

「ら」

 貴様、ら?

「貴様と、こいつだ」

「痛かったわ、もう。あんなの二度とごめんよ」

 野太い声で牛が言う。心底嫌そうなあたり、そうとうひどい食べられ方をしたんだろう。

 へー、牛かあ。たしかに人間の体重の何倍もある。単純に体重換算で考えれば、私の摂取回数も少なくて済むのは納得。

 いや納得できねえよ。

「これ」

「指さしちゃ駄目よ、失礼だわ」

 この牛、喋ってる。

 雄々しい牡牛が、人の言葉をしゃべっている。

「……どこのどなたさま?」

「あらやだ。一緒に食べられた仲なのに」

 嫌な仲だ。

「それに、海から助けてくれたでしょう? 助かったわ。もう、あの海で、死んでは生き返りを三年間も繰り返したのよ。浜辺に流れ着いても、すぐに海に流されて、魚にちょっとずつついばまれながら、ゆっくり沈んでは死んで。一番多いのは窒息。だって、そんなに溺れていられないものね。途中で力尽きて、浮き上がることもできずに死んでいったわ。次が失血死。魚の小さな口で肌を齧られ、じわじわ死んでいくの。自殺もしたわ。でも、どうせ生き返っちゃうのよね」

「なんと壮絶な……」

 牛の語りは明るく、しかし諦観に満ちていた。とても牛とは思えない哀愁漂う表情に、同情を禁じ得ない。語りながら、ふとした瞬間口ごもり、しばらくどこか遠くを見る。

 心に傷を負っているなあ、と思いつつ、私が水がめから水を汲む。喉が渇いたのだ。

 そりゃあ、長らく死んでいたからね。水の一杯を飲んで気持ちを落ち着けたいところ。コップ型の土器の中、水が跳ねた瞬間、牛の悲鳴が上がった。

「イヤアアアアアア!!」

 同時に、水の入ったコップを蹴り飛ばされた。

 眼前一センチ手前を、牛の足がかすめる。

「イヤアアアアアア」

 牛そっくりの悲鳴を私も上げた。あっぶね! もうちょっと前のめりだったら死ぬとこだったわ!

「水! 水怖い! 助けて! もう死にたくない! あああああああああ!!」

 うーん、すっかりトラウマ。

 私も一ヶ月くらい名無しに食われまくったけど、それでもかなり心折れたからなあ。それを三年。ちょっと想像に耐えがたい。

 が、それとこれとは別問題。悲鳴を上げる牛を横に、私は名無しにそっと尋ねる。

「なんで牛が、こんなところにいるんです?」

「我とニワ子で運んでやったからだ。貴様らの骨を抱えて、川をさかのぼって戻ってきたのだぞ」

「雪が降っていたから、簡単だったわよ! 動物は冬眠しちゃったもの!」

 あ、なーるほど。逆に雪道の方が楽だったんだ。まあ、別の苦労はあったんだろうけど。

 名無しが触手に戻っていたから、周辺に動物がいなかったって言うのもあるんだろうなあ。ま、その代償が私の死なわけですが。

「しかし、これで我が保護した三種はすべて揃ったと言うことだな」

 三種。

 私、ニワ子、それでこの牛?

 トラウマを発動して、ニワ子に「どうどう」と宥められている牛?

 たくましい角。筋肉質な体。白と黒のホルシュタイン柄。そして、どう考えてもオスの股間。

「オスですよね」

「体だけよ」

 ようやく落ち着きを取り戻したらしい牡牛が、げっそりとした顔で答えた。ここだけは、断固とした口調だ。

「いやでも、体はオスですよね」

「体はオスでも、心はメスよ」

 あっ、そういう……。

 デリケートな心身を持つ牛さんでしたか。

「……名無し、こういうのはアリなんですか」

「アリも何も、彼女はメスだろう」

「いやオスでしょ」

「我にはメスにしか見えん。体の差異なら些末なことだろう。だいたい、体だけで見るなら、貴様だってメスと呼べるかは――――――」

 名無しの首がコキッと音を立て、曲がってはいけない方向に曲がった。いや、曲げた。だんだん殺人術が得意になっている節がある。が、こればっかりは当然の報いだろう。

 神にとって肉体など些末な物。けっこう。

 しかし、牡牛。いや牡牛って。

 世界で唯一の牛がオスって。


 生産関係ねーじゃん!!

 乳製品系の大豆料理どうすんだこれ!!!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ