2.もやし
大豆以外にないからって、この調子で大豆を食べたら破滅する。
なので今日は、大豆の力で無力化した植物を食べてみようと思います。
収穫は、名も知れぬ草花のみなさんです。
よくよく見ると、私の知っている植物も紛れている。
セイヨウタンポポ、オオイヌノフグリ、オオバコ、その他いろいろ。知らない草もいっぱいあるけど、これって全部地球にある植物だよね?
まったく見知らぬ世界に来たかと思っていたけど、植物は同じみたい。考えてみれば、リスや蛇、野犬的な狼も、私の世界に実在する生物だ。
そうなると、この世界は完全に別世界ってわけでもないのかも? 地球の秘境か、あるいは現代ではない地球なのか。傷が回復することと、大豆以外が襲ってくること以外は、普通の地球と考えてもいいのかもしれない。
……まあ、大豆以外が襲ってくる時点で致命的なんですけど。
物理法則やら、気候・生態なんかが把握できるのはアドバンテージかもね。といっても、日本以外の気候だったりしたらそれはそれで致命的だけど。植物を見る限りは、よく親しんだものばかりだし、ひとまず日本に近い環境だと思っていいのかも。
で、植物に戻ります。
怠惰な大学生活にすっかりスポイルされた脳だけど、振り絞って思い出すに、たんぽぽは食用にもできたはずだ。オオイヌノフグリはどうだったかな。オオバコはたしか、薬にするとか聞いたことがある。
つまり、これは食べられるってことだ。私の血を吸ったたんぽぽだけど、これもまた食物連鎖。いただきまーす。
――――――ヴォエ!
飲み込んだ瞬間、腹から戻ってきた。
普通に毒あるわこれ。大急ぎで外に出て、大豆ラインの外側へ吐瀉。当然の権利のように血が混じっている。
たんぽぽ毒ないって嘘かよ!
と思ってためしに、オオバコをちょっとだけ齧ってみる。ヴォエ! これもあかん。
こうなると、毒なしが嘘って言うより、ここの植物全般が駄目っぽい。大豆で無害化したと思っていたけど、こうまで抵抗してくるか……。植物を食べるときは、全部毒持ちだと思った方がいいかもなー。
それと、蛇毒でも感じていたけど、傷よりも毒の方が厄介だ。体が治ると言っても、ダメージ自体は普通に負う。傷の場合は表面的で、治れば終わり。でも毒は、負ったダメージが直接的に表に出てこないと駄目みたいだ。
蛇毒では、毒を負い、足が完全に死んだ時点で回復がはじまった。それまでの、腫れたり壊死がはじまる辺りまでは、噛み口の傷だけしか治らなかった。噛まれた傷が治ったから、吸い出せない――と放っておいたのは完全に失敗で、さっさと別の傷口を作って毒を体外に出す方が手っ取り早く、苦しみも少なかったのだろう。
毒は不調と痛みが長引く。さっきも安易にその辺の草を食べてしまったけど、今後はもっと慎重になるべきだ。
などと言いつつ、すでに体は手遅れなのであった。腹の中が灼けるように痛い。立つこともできず、私はしばらくもんどりをうつ羽目になった。
とはいえ、大豆だけを食べ続けるわけにもいかないのも事実。
私は洞穴内を転べ回りつつ、どうにかして、他のものを食べる手段を考えていた。
え? 洞穴に落ちている自分の足を食べろって? 頭おかしい(貶し言葉)。さすがに人体、それも自分の体を食べられるほど、人間を捨ててはいない。
うーん、と悩みながらのたうち回っているとき、ふと日当たりの悪い岩陰に目が留まった。
岩陰の下、細く伸びる珍妙な影がある。よくよく見れば、それは白く細長く――――。
――――もやしだ!
一袋十八円は安すぎると思う。
私は息も絶え絶えに岩陰に這いよると、ちらちらと伸びるもやしを見下ろした。
洞穴中の大豆を集めたと思っていたけど、見逃しがいくつかあったらしい。この岩陰だけでも、十数本のもやしが伸びている。
そうかー。
ここって湿っているし、日陰だし、もやしが生育するにはぴったりの環境だ。
一番育ちがいいものを、ひとつむしって食べてみる。シャキッとしていてみずみずしく、味気ないけど、生大豆よりもずっと食べやすい。こころなし、腹の痛みも治まっていくような気もする。
でも、素直にばんざーいと喜ぶことはできなかった。
放っておけば、集めた他の大豆も勝手に育ってしまう可能性があるということだ。
保存用・携帯用・いざというときの攻撃用に、大豆は大豆として残しておきたかった。すべて一気に生育用にするのは不安だし、なにせ小学校のとき、朝顔・ヘチマ・ミニトマトと立て続けに枯らしてきた人間だ。無事に大豆を育成できる自信はない。失敗しても予備がある、という保険がほしかったのだ。
すでにもやし化してしまったものは仕方がないとして、今残っている他の大豆はどうにか保護したい。
どうすっかなー。私もなー。
身を起こし、腕を組み、頭をひねったところで、はたと気がつく。
もやしを食べて腹の痛みが治まった気がしていたけど、これ、気のせいじゃない。
あれほど大暴れだった腹の中が、今はすっかり落ち着いている。痛くもない、吐き気もない、もんどりも打たない。
これってまさか、もやしのせい?
私はまじまじと、細く伸びる白いもやしを見据えた。
大豆に魔除けの効果があったが、もやしはもしや腹痛に効く?
さっきの毒たんぽぽも、もやしと一緒に食べれば無毒化できるのではないだろうか。
食糧問題に光が見えてきた。
これで十八円は安すぎる。
ばんざーい!