34.越冬
ついに雪が積もりやがった。
積雪三十センチ。
新居の屋根が不安で不安で仕方なかったが、案外もっているのが逆に不思議だった。
洞穴内の荷物は、あらかた新居に移っている。薪も家の中。壺類や道具も全部ここに。
洞穴内に残しているのは、もうあまり使わない道具や、壊れた土器の類だけだ。
冬の間、外に出ることはできないので、私はひたすら室内作業に励んでいた。
布を織っては予備の服を作り、来るべき遠征に備えて斧を研ぐ。どっちかというと、大豆ごり押しになりそうだけど、まあ武器はあるにこしたことがないからね。
で、それと並行して作っているのが。
「なにここ」
「げっニワ子」
思いがけない姿に、私は思わず、持っていたレンガを取り落とした。ガチンと重たい音が響く。
「最近、いつの間にかいなくなってると思ったら。なにやってるの」
ニワ子が不審げな顔で私を見る。私を見て、それから私のいる場所を見る。
私がいるのは、直径二メートルもない小さな円形の穴の中だった。
地面はタイルを敷き詰めて、壁はレンガで覆い、もうすぐ円筒状の空間が作られるだろう、というところ。高さは、私が手を伸ばして届くくらい。上部には採光窓兼空気穴が一つ。下部には、水を逃がすための穴が一つ。
円筒の半ばにも、穴が一つ。奥を覗けば、そこが外に突き出したかまどであることがわかるだろう。かまどの上には、水の入った注ぎ口つきの壺がある。口の入り口は、円筒の内部に向けられている。
ちなみに、この空間は、竪穴式住居に隣接している。住居の一角に穴をあけ、私がこっそり開通させた。今は半地下となっている一メートル部分をくぐってくるしかないが、そのうちちゃんと通り抜けできるようにしたいと思っている。
「……なにこれ?」
ニワ子がまた言った。
「お風呂です……」
「お風呂?」
うん。
「蒸し風呂。水を入れて、火を入れると、中に水蒸気がこもるようになっています。湯船、作れなかったから……」
作る時間がなかった。というのもあるのだけど、そもそもお湯を用意する手段が見つけられなかった。
ここには蛇口なんてない。井戸もなければ、川も離れている。川近くに風呂を作りたかったけど、冬場にそれは無理のすけ。川辺に作ったとしても、湯船に湯を張るにはどれほどの労力が必要かわからない。
なので、妥協案だった。
蒸し風呂ならば、汗も流せる。冬場の厳しい寒さの中でも、ぽかぽかできる。最後にお湯で体を流せば、お風呂に入った感は味わえる。新陳代謝が促進されて、健康にもなれる。
そして、なにしろ大量の水がいらない。壺一杯分の水蒸気と、空気のこもる部屋さえあればよいのだ。
それを、誰にも言わず、冬の間コツコツコツコツ作っていた。
なぜ誰にも言わなかったかって?
臭いを気にしていると思われるのが嫌なんだよ。うるせえ!(トラウマ)
「ふうん」
ニワ子は首を傾げて私を見やる。
あ、あんまり馬鹿にしないでくださっていますか?
「ねえ、それあたしも入ってみて良い?」
「いいけど」
ちょっと私は面食らった。そういう反応が来るとは思わなかった。
いや、ニワ子も乙女だ。体を清潔に保ちたいと思うのかもしれない。
でも、いいのか。なんかこの絵面って……。
「……蒸し鶏にならない?」
「人を食べ物扱いしないで!」
怒られた。
〇
サウナ開店。
「ニワ子」
私はそっと呼びかける。
「ニワ子、大丈夫?」
ニワ子の返事はない。
「ニワ子、そもそも鶏に発汗作用ってあったっけ?」
返事はない。
狭い筒状サウナ内。腰かけように置いた丸太の上で、ニワ子は目を閉じたまま微動だにしなかった。
同じく丸太に座っていた私は、恐る恐るニワ子の体に触れた。
あれ? 鶏の耐熱温度何度? 湿気は大丈夫?
ここ狭いから、かなり水蒸気でモクモクしていて、人間の私でも少し息苦しいくらいなんだけど。おかげで体はぽかぽかだし、かなり汗もかいた。洗い流せば気持ちいいだろうな、と思うくらいには。
なお、名無しは家側でお留守番である。
「我も一緒に入りたかった。女子だけとはずるい。無性である我も、半ば女子みたいなものなのに」
などと言って膝を抱えていたが、そんなことはどうでもいい。
「ニワ子、ニワ子……」
体を揺さぶる。湿気て羽が水分を持っている。暖かいのは、この環境のせいなのか、生きている証なのか。
「ニワ子」
生きている証ではなかった。私がもう一度揺さぶった瞬間、ニワ子はぐらりと体を傾けさせ、地面に無抵抗に落ちて行った。
口からは泡を吹ている。かすかに痙攣していて、目は焦点があっていない。
「に、ニワ子――――!!」
このあと美味しくいただいた。




