33.冬支度(大至急)
二度も死んでいる間に、すっかり世間は寒くなってしまった。
よくよく考えたら、死んだら体がリセットされているのよね。
腐る前にきちんと解体してもらったおかげで、服も汚れていない。風呂上りみたいに清潔な体をしている。
これ、もしかして風呂は要らないのでは……?
いや待て。冷静に考えろ。
汚れるたびにお前は死ぬのか。それを受け入れてしまっていいのか? 自分臭いな、ちょっと死んでこよ、ってそれどんなサイコだよ。
もしかして私、最近ちょっと、死ぬの当たり前になってきてない?
死ぬたびに、私の代わりの人類が死んでいるの忘れてない?
残機が億あるからと言って、死に続けたらいずれはなくなる。そもそも億も死にたくない。死ぬのだってそんな楽な仕事じゃないのだ。一酸化炭素中毒死以外は、全部苦しかったし。
それに、風呂はなにも、体を清潔に保つだけが役割ではない。
発汗作用による新陳代謝の促進。すなわち、これから寒くなる季節に必要になってくる。
つまりは、すみやかな建設が必要となるのだ――――。
「そろそろ冬ねー」
ぐっと力をこめる私の横で、ニワ子が空を見上げながら言った。空は薄い雲が多い、白く濁っている。太陽は雲の影に隠れ、ぼんやりと輪郭を見せるだけだ。
「うむ、今後ますます寒くなるぞ」
ニワ子を膝に置いて、名無しが相槌を打つ。仲良しだ。
「じゃあ、そろそろ冬支度しないといけないわね」
「そうだな。あまり時間はないぞ。あと一、二週間もすれば雪が降る」
「あらら、たいへん」
「大変なのだぞ」
雪?
冬支度?
…………。
「あと二週間で雪だと――――!?」
「うお! いきなり会話に入るな」
「能天気なこと言ってるんじゃない! い、今何月!? 気温何度!」
名無しはふむ、と空を見上げた。
「十一月初頭といったところだな。ここは山ゆえ、雪が早い」
ほげっ。
いや、うん、たしかに。秋に試食会を開始し、一ヶ月くらい死んだり寝込んだりしたんだからそのくらいか。
昨年を思い起こせば、一度雪が降り出したらもう解けることはない。雪の降らない日はあるけれど、それでも積もった雪は残ったまま。あとは深さを増していくだけだ。
はあー……もう……。ため息も出る。むしろため息すらついている場合じゃないや。
風呂どころでもない。死を戒めた瞬間、死んで越冬をするところだった。
やらねば。
冬支度、やらねば。
〇
まずは真っ先に確保すべきは、食料。
私は名無しを連れて、無害化した森を見て回った。
この男、大豆の記憶を思い出すと同時に、元の世界の知識も思い出すらしい。
現在思い出せるのは、原始的な知識。道端の草が食べられるのか、食べられないかという程度だそうだ。
「世界は大豆と共に発展していった。大豆の加工度合いにより、我の記憶の世界もまた、同レベルまで文明が引き上げられるだろう」
なるほどわからん。
が、役立つのでよし。
名無しの知識により、森から食料を調達。
その間、足を雑草に散々噛まれた。草履があるから足の裏はましだったけど、あいつら普通に動いて足首に噛みつくからな。草なのに。
一度無害化しても、雑草は後からいくらでも生えてくる。無害化されるのは第一世代だけで、次世代はまた凶暴化するらしい。なるほど。
集めたのは、木の実にキノコ、草の根など。
とりあえず全部乾燥させて、保存食にする。
それから、罠にかかった小動物たち。
これも捌いて、干し肉にする。初年度は大失敗して腐らせたけど、今年は上手くいった。
日陰で吊るして干したのが良かったのか。やっぱり地面に直置きは駄目だね。衛生的にも。ついでに、余った動物の毛皮も干しておく。なんかに使えないかね?
伐採した木々は、斧で割って薪にする。これも生木じゃ燃えないので、割るだけ割って乾燥。雑草類も寝藁にするので、みんな乾燥してもらう。
その乾燥中に、ついに家を作る。
期限は二週間。
簡単に、手早く、しかし冬を越せる家とは何か。
考えた末にこうなった。
まず、頑丈な壁づくりが難しいので、地面に穴を掘ることにする。
深さは一メートルくらい。半地下にすることで、保温効果も期待できる。
屋根は水平に作ると、雪が降ったときに重みで耐えられないかもしれない。なので、鋭角にする。
壁部分は作らないと決めたので、掘った端から即屋根になるように作りたい。
家の基底が四角いと、バランスを取るのが難しそうなので、単純な正円にする。
大きさは、私とニワ子、名無しの三人が寝そべることができて、なおかつ火を焚いても問題ないくらい。となると、直径四メートルほどかな?
鋤を使って地面を掘り、円形に丸くくりぬく。掘った土は外へ。ときどき虫と戦闘しつつ、地面をならしていく。
地面を掘ったら、次は柱を立てる。これは伐採した木々から選別。切ったそのままの木を、さらに地中に埋めることで固定する。
埋める位置は、円の中心。太くて頑丈なものを一本、ドカンと立てる。
それから、円の外周に支柱を立てる。立てると言っても、これは斜めにだ。円の外周。掘った内側ではなく、地上部分に根元を埋めて、先端は円の大黒柱へ。斜めに立てかけて、紐で巻いて固定する。
外周をぐるりと支柱で囲んだら、その上に束ねた枯れ草を乗せていく。ちょっと粘土を混ぜて、乾燥したら固まるように一工夫。
入り口のところは、さらにひと工夫。ここは地下と地上を繋ぐ段差もあるので、少し突き出す形にする。突き出した部分も枯れ草で覆い、入り口の部分には布を垂れ下げておく。
焚火は、入り口の反対側に設置する。ので、ここも一工夫。煙が逃げるように、窓を設置する。
壁がむき身の土だと不安なので、一面レンガで補強する。地面に転がる石や岩を掘り出して外に捨て、代わりに寝藁を入れれば完成だ。
…………うん。
竪穴式住居だ。
だって板の加工技術なんてないし。
レンガ造りにしたってそれほどの数ないし。
現在の手持ちで、簡単に作るとなるとこうなってしまった。しかたない。人類の知恵だもの。
槍持って、麻袋被って、竪穴式住居に住んで。
私は縄文人か?
縄文人らしく、土器には模様を入れておこう。
縄文一つのつぼはドングリ、縄文二つのつぼはキノコ。縄文なしは大豆入れ。
ああ、すっかりなじんでしまっている……。
ちなみに新居はなかなか快適だった。
なにせ、洞穴みたいに湿っていない。地面がゴツゴツしていない。焚いた火の熱が、部屋全体にいきわたり、なんだかんだ暖かい。
不安と言えば、洞穴と違ってクマに襲われたらひとたまりもないところだろう。
なので、現在の安全地帯を囲むように、簡単な柵を立てて来た。
柵っていっても地面につきたてた単なる棒なので、防御効果はないのだけど。
けど。
カランカラン、と乾いた木の音がする。
竪穴式住居で寝ていた私は、はっと飛び起きる。反射的に斧を手に持ち、そろりそろりと音の方へと近づいた。後ろにニワ子が付いてきて、その後ろで名無しがあくびをしている。
すっかり日の落ちた夜。月明りの下で、柵の周囲をうろつく影があった。
「あの大きさ……あの体……猪だ!」
「ご飯になって死ね――――――!!」
ニワ子が先に飛び出し、声を張り上げ猪を恫喝する。猪が驚き動きを止めた隙に、私は背後に駆け寄って、斧で後ろ足を叩き折る。豚みたいな悲鳴を上げて逃げ出そうとしても、その前にもう一本の足も折る。斧から受ける重たい抵抗も慣れたものだ。後は首を落とすだけ。
猪の首には、柵に巡らせた糸と、乾いた木の枝が二本ぶら下がっている。猪が暴れるたび、二本の木の枝は互いに打ち合い、乾いた音を立てる。いわゆる一つの鳴子というやつだ。
これぞ、人間の知恵。野生の獣など、こっちが先に襲撃を把握できれば、たいした相手ではない。今までは不意打ちされていたからこその失態だったのだ。人間様にかかればこんなものよ。はっはっはっ。
「野性味あふれる奴らよな……」
肉体派でない名無しが、血みどろの私たちを見て言った。
「野生ではない。縄文人です」
「……貴様、それでよいのか?」
よくない。
ナチュラルに間違えた。私は現代人である。