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28.二年目の収穫

「ニワ子、ニワ子」

 返事なし。

「ニワ子、大豆がなったよ」

 そっぽを向いたまま横になり、こちらに振り向きもしない。

「いっぱいあるよ。たくさん食べていいよ」

「いらない」

 やっと返事をしたと思えば、この素っ気なさ。

 うーん。反抗期。


「自業自得だと思うぞ」

 素っ気なさに落ち込む私に、名無しが当然とばかりに言った。

 お前にだけは言われたくない。




 とにもかくにも、収穫期である。

 季節は初秋。ようやく暑さが落ち着いてきたころ、大豆畑は黄色く染まり始めていた。

 草葉は枯れ、膨らんだ大豆のさやが目立つ。初年度は十数本程度の大豆の茎が、今はその倍以上もある。なんとも感慨深い。


 大豆が実るまでの間に、私は無事にズボンを作り終えていた。若干丈が不足しているが、たいした問題ではない。ポケットがないので、追加で布を編んできんちゃくを作り、それを腰帯に括り付けている。すごく現代文明が遠ざかった感じがする。


 その古代人スタイルで、私は大豆の収穫に乗り出した。

 ニワ子が全然手伝ってくれないので、名無しと手分けして大豆を回収する。


 回収した大豆は、茎ごと天日に晒して乾燥させる。

 茎や葉は、砕いて粘土に混ぜ込み、大豆レンガと大豆タイルの材料にする。

 大豆自体も、長期保存のために乾燥が必要だ。


 数日後、回収した大豆はカラカラに乾いたところで、さやから大豆を取り出す。

 取り出した大豆は、保管用のつぼの中へ。数を数えるのは、ナンセンスなくらいの収穫量だ。一つの大豆についた量だけでも、ざっと六十、七十くらいはあるから、初期に植えた分の六十倍くらいの量になって帰ってきているはず。


 結果、サッカーボールほどの大きさのつぼが、二つ分。みっしり大豆が詰まっている。

 入りきらなかった分は、来年の種大豆に回す。これもざっくりと、今年植えた分の倍くらいかな?

 これは砂糖瓶程度の大きさのつぼに入れ、蓋をして厳重に保管する。


 さて、植える量が増えるからには、来年はさらに畑の拡張が必要だ。

 しかし、現在の洞穴周辺は、すでにおおよそ開拓済み。切れる木は切り倒し、刈れる草は刈った。

 これ以上農地を広げるには、年輪を重ねた中堅以上の木々を倒さなければならない。奴らは、私が近づくと牽制し、決して斧を通させない猛者だ。

 根を張った彼らには地の利がある。正攻法では敵わない。どうにか攻略法を見つける必要があるだろう。

 ――もっとも、私も何も考えていないわけではない。



 でもま、それはあと!

 あとあと!

 せっかく収穫したんだから、まずは豪勢な食事といきましょう!!




 ここ最近の食事は、くたくたに煮た雑草のスープ。

 ときどき、罠にかかった獣の肉が追加され、さらにときどき、魚の場合がある。

 雑草の苦みに慣れてしまった舌を、今日は豆の甘さでリセットしましょう。



 そういうわけで、本日の夕飯は大豆の水煮です。

 一番大きな鍋にいっぱいの水を入れ、大豆を両手いっぱいに投入。しばらく漬け置いて水を吸わせた後で、かまどに火を入れて煮る。

 火が通ったら大豆だけ取り出して、別の器に入れて提供。水は冷ましておく。


 ようするに、ただの茹でた大豆だ。

 でも、大豆オンリーでこれができるってすごいことよ?


 ひとつ摘まんで食べてみれば、雑味がなくて豆の甘さが美味しい。

 売っている水煮缶をそのまま食べたみたいな感じだ。普段なら、ここから調理がはじまるのだけど、今は水煮のそのものが美味しい。

 どや。

 どや!

 と名無しの食べる様子を伺い見る。おそらくこれが、名無しに食べさせる、最初の大豆料理のはずだ。


 名無しは大豆を一粒、指先でつかみ取る。

 それをまじまじと眺めた後、特に感慨もなく口に入れた。

 形のいい唇が閉じ、咀嚼し、飲み込まれる。


 それから、彼は目を閉じた。

 飲み込んだ姿勢から、ぴくりとも動かない。

「どうした……?」

 返事もしない。聞こえているかどうかさえもわからない。

 彼は長らく、息さえ止めていた。

 そうして、このまま動かなくなるのかと思ったころ。彼はかすれた声で言葉を吐き出した。

「こどもたち――――」

「……なに?」

「我々の、こどもたち――思い出した。我らが慈しんだ、無数の子ら。我らはみな、そなたらを愛していたのに――――」

 それだけを言い切ると、彼は長く息を吐く。感情の見えない彼の顔に、微かな陰りが浮かび、瞳の端がわずかに潤んでいた。

 私は瞬く他にない。

「…………今の、なに?」

「失くしていた記憶の一部だ」

 私の問いに、淡々と彼は告げる。先ほどの表情はもう消えていた。

「子供がいた。ただそれだけの記憶だ。それが誰なのか、なんなのかも思い出せぬ。ただ、我はそれを愛していた」

 目の前の男は、不本意ながらも、神であり世界である。

 世界は、大豆にまつわる記憶を失い、崩壊した。だから私は、彼に大豆の記憶を取り戻させるために、大豆料理を示す羽目になったのだ。

 ……となると、今の言葉は、大豆に関連する記憶ということになる。

 ――神が愛した、無数の子。

 今の私には、それが何を指し示すのか、まったくわからない。


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