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1.生大豆(3)

 そうと決まれば、さっそく開墾である。


 洞穴の外に出るのは怖いけど、出ないともっと大変なので、勇気の一歩。

「――――ぐぁああ!! いってえ!!?」


 野太い悲鳴はさておいて、裸足の足に猛烈な痛みが走る。足の裏でなにか踏んだのだろうか――――というレベルの痛みではない。これは抉り取られたやつだ。

 脂汗をかきつつ足元を見れば、見覚えのある植物が生えている。


 たんぽぽだ。


 黄色くて細長い花びらが幾重にも重なり、ぎざぎざの葉が長く伸びる。野太くたくましいこの姿、間違いない。セイヨウタンポポだ。


 そして私の足の親指は、セイヨウタンポポにかじられている。いや、これ、食いちぎられてる。花びらが私の親指を覆い、花芯のあたりがもごもご動いて咀嚼している。またかよ!

「うおお! このやろ!!」

 慌てて足をひっこめると、私はたんぽぽに向けて大豆を投げつけた。大豆が当たると、たんぽぽは怯えるように体をくねらせる。その黄色い花びらは赤い血に染まり、人喰いたんぽぽの様相を呈していた。

 たんぽぽさえ人を喰う世界。いったい私がなにをしたというのだ。


 痛む足を堪えつつ、悲しみに暮れてたんぽぽを見やったとき、私はふと、その周辺の異常に気がついた。

 大豆から逃れるように、周囲の虫やらミミズやらが土から這い出して逃げている。たんぽぽ周辺の雑草どもも、大豆を拒んで震えているが、根を張っている手前、逃げることができないようだ。

 しばらくすると、たんぽぽは動かなくなった。周囲の雑草もだ。枯れたわけではなく、普通にまっすぐに伸びたたんぽぽになった。触っても噛みつかないし、動くこともない。


 ――ふむ。


 足の親指と引き換えに、ちょっと興味深い事実を発見したかもしれない。


 〇


 この世界は大豆以外のなにもかもが凶悪で、草木すらも襲い掛かってくる。

 だけど、大豆にしばらく接すると、その凶暴性が消えるらしい。


 私は洞穴の入り口周辺に大豆を置きながら、その様子を少しずつ観察した。


 大豆一粒の効果範囲は、約十センチ程度。大豆を中心とした円形に、生物の凶暴性を削ぐ力があるらしい。

 ただし、効果を発揮するのは植物に対してだけだ。動くことのできる生き物は、大豆が近づくとすぐに逃げていく。大豆の効果が発揮されるには、十秒から数分程度の時間が必要なので、その前に逃げてしまえば意味がない。

 この時間というのも、対象の大きさに依存しているらしい。生えかけの芽なんかだとすぐに大人しくなるけど、立派に育った植物だと、抵抗も著しい。植物のくせに、落ちた大豆を遠くに放り投げるような、非常識なものまでいる。

 まあそれも、大豆力を強化すればどうということはない。一粒では効かない場合も、粒を増やすことで対処ができた。


 試行錯誤を重ねつつ、私は洞穴の入り口付近に大豆をばらまいた。無害化した植物は抜いて、代わりに大豆を等間隔に植えていく。だいたい十センチ間隔くらいに、一粒ずつ埋めていくこと二十粒。大豆畑の完成だ。

 大豆って、たしか根粒菌がないと育たないんじゃなかったっけ? と少し頭をかすめたが、そこは祈るしかない。大豆があるなら、根粒菌だっているだろう。ワンセットでお願いします。


 ついでに、洞穴の入り口から、岩壁沿いに少し離れた場所まで大豆の道を敷く。

 風向き良し、距離良し、見晴らし良し。よし。ここを今日よりトイレとする。これにて最重要課題の一つを解決。


 そうこうしているうちに、いつの間にか空が暗くなってきていた。

 野犬たちの遠吠えが遠くから聞こえ、私は慌てて洞穴の中に引き返す。

 野犬たちが大豆を恐れているとはいえ、あれらは植物とは違う。一粒、二粒の大豆なら乗り越えてくるかもしれないのだ。

 今はいい案がないけど、そのうち対処する必要が出てくるだろうなあ。


 洞穴に戻ると、私はできるだけ平らな場所に座り込んだ。

 空腹を感じる。思えばもう何日も、ろくな食べ物を口にしていない。今の状況的に、食べなくてもなんとかなるかなあと思わないでもないが、それとは別に空腹自体が辛い。

 でも、食べられるものと言ったら豆しかないわけで……。


 私は渋い顔で生大豆を見やる。

 それから若干のためらいの後、思い切って口に放り込む。

 奥歯で豆を噛むけど、噛みつぶせない。なんせ生だ。めちゃくちゃに固い。そしてかみつぶせたところで、まったくこれっぽっちも美味しくはない。火の通っていない青臭さというか生臭さというか、本当に美味しくない。

 実のところ、ここに至るまでに、何度かこの生大豆を食していた。

 だって他に食べるものないじゃん? 背に腹は代えられず、とにかく何か口にしないと死んでしまいそうだったからしかたない。だからといって、腹にたまったかと言えば、正直あんまりなんだけど……。


 もう少しまともなものが食べたいなあ。

 せめて火……火を通したい。


 火があれば、この洞穴も少しは暖かくなるだろうに。

 日が暮れ、冷たい風が吹き込む穴の中で、私は肩を縮ませた。

 ひもじい、かなしい、ひもじい…………。

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