26.服を作る(服)
だいたい、なんで人型のオスになる。
ニワ子だっていただろうに。
糸を編みつつ尋ねれば、名無しが膝を抱えたまま答えた。
「最初に見つけたのが貴様だったからだ」
なるほど。
……となると、先にニワ子に会っていたなら、こいつは雄鶏になっていた可能性があるな?
最低限人手になる形態でよかった。雄鶏だったら、鍋にする以外の活用法が思い浮かばん。
いや、待てよ?
こいつ、姿が変えられるんだよな?
触手に戻るには、体重の十倍の大豆を寄越せと言いやがったが、他の動物ならどうなんだろう?
「名無し、名無し」
「呼び名を定めてほしいのだが」
名無しが不服そうだ。水汲みだったり名無しだったり、安定しないせいだろう。
だって、名前ないんだし。
「まあ、それは置いといて。別に異性になる必要はないんじゃない?」
「ふむ。貴様には同性を愛する趣味が」
「あってもなくても、お前が対象になることはない」
同性を愛する趣味もないけど。かといって、異性を愛する趣味があったかもよくわからない。引きこもり気味の私は、残念ながら恋愛とは縁遠い生活を送っていた。
ネトゲの中だと、何回か結婚式を挙げたことはあったんだけどな。あれは中身が本当に異性かどうかもわからない。
「我はオス以外になるつもりはないぞ」
名無しが膝を抱え直し、眉根を寄せた。頑固そうな物言いに首を傾げる。
「なぜ?」
「我は貴様らより美しいメスにしかなれんからな。無用な争いが起こる」
「くたばれ」
争いを起こすのは、その人の属性ではない。心と言葉なのだ。
こいつが余計なことを言わなければ、争いなど起こることはない。
「……じゃあ、雌鶏にさせるのは駄目なのかあ。毎日卵でも産めば、食べ物に困らなかったんだけど」
ままならないものだ。
ため息を吐く私に、名無しが「なんだ」という顔をする。
「そも、我は姿をまねるだけで生産はできんぞ。生殖能力もない。だからこそ、貴様らメスを選んだのだ」
「生産……」
「メスにしかない能力だからな」
いや、人間に単為生殖は無理でしょ。
……あ、いや、でもそうか。
鶏なら無精卵が産める。その他鳥類も、必ずしも受精する必要はないのだ。
名無しに生殖能力がないってことは、そもそも生み増やすことは目的としていない。不死の時点で、別に増える必要はないともいえる。
名無しが男の姿を取ったのは、単純に魅了させて言うことを利かせるため。どっちかといえば、私やニワ子の性別の方に意味があったんだな。
そうなると、残りの一種の生物はなんだろう?
メスで、生産能力がある生き物になる。ついでに大豆と関わりがあるとなると。
……。
………………。
………………鮭、かな。
意思疎通できなさそう。
布を編み上げた後は、縫い合わせて服にする必要がある。
難しいことは考えず、1メートル四方くらいの布を袋状にして、頭と手足の部分だけ穴をあける。
首元は、手前側だけを少し切り開き、ほつれないように内側に折り込む。体の大きさに合わせておらず、腰のあたりがひらひらするので、ここは余った長い布でベルト状に縛る。
そして出来上がったのは、見事なまでの原始人だ。
原始人だ…………。
ボロボロのシャツを脱ぎ、下着の上にそのまま着てみた。
着心地は、どう考えても麻袋です。全体的にちくちくして、動くたびに肌に刺さる。編み目が荒いから、うっかりすると平気でどこかに引っかかる。
でも、血の匂いがしないだけまだマシだ。
脱いだシャツを見てみると、これがもう雑巾よりひどい。
もともと白地のシャツだったのに、今は全体的に赤黒い。考えるまでもなく血の染みです。
ちょっと力を入れるだけで破れるし、カピカピで固いし。今までよく、こんなものを着続けてきたな? ここまでもってくれたことにむしろ感謝するべきか。
次はズボン。それから技術向上をさせて下着に挑む必要がある。
でも、まあ、今はちょっとタンマ。
達成感に浸らせてください。
結局ひと月くらいかけたわけだからね。
新しい服を着て、私は洞穴の外に出た。
夏に向かう日差しは、少し汗ばむくらいに暑い。
大豆はすくすく成長し、今は小さな実をつけはじめている。
風が吹き、大豆畑が揺れる中、私は大きく伸びをした。
衣食住。最後に残った元の世界の遺物、衣まで変わった。
あと何年、ここにいることになるのだろう。
そんなちょっとのセンチメンタルも込めて、私は大きく伸びをした。
あ――――!
疲れた!!!!!