26.服を作る(布)
糸紡ぎ生活、十数日。
紡いだ糸を、枝で巻き取るようにしたら、ちょっと効率が上がった。
片手で繊維を紡ぎ、片手で枝を回して絡み取る形だ。これ、自動で枝が回ればもっと楽になりそうだなあ。
名無しは手があるから作業を手伝わせたが、手持無沙汰なニワ子のいじけっぷりがヤバかった。頻繁に邪魔しに来て、糸を噛んだりつついたり。名無しがフフンと自慢げに手伝うものだから、洞穴内には血と羽毛が舞う羽目になった。
そんなこんなで、糸を巻き取った枝が数十本くらい出来上がった。
やっているうちにだんだん要領がつかめてきて、かなり生産性は上がったと思う。それでも、手作業で糸つむぎなんて狂気の沙汰だ。指は擦り切れて傷だらけだし、他の作業はなんもできないし。もっと効率を上げる方法を探しておかないと。
で、糸。
無染色の麻糸は、ほんのり草の色を残している。糸は太めで、少し固い。
これが布になるイメージが全然わかない。
機織りなんて、当然やったことはない。
小学校の家庭科で簡単な編み物はやったことあるけど、あれは毛糸だ。タコ糸よりは太い糸も、毛糸に比べれば断然細い。編み針で編んだら気が遠くなる。
うーん。
機織り機のイメージでやってみればいいのかな。
機織り機というと、縦にピンと糸を張って、横向きに糸を通して、手前にスッと板っぽいのを引いている感じ。
で、布ってたぶん縦糸に対して、横糸が上下に交互に通っているはず。
縦糸に、横糸を波状に通しているのかな?
手前に引いているのは、折り目を詰めるため?
トンカラトンってなんの擬音だ。
ためしに、枝に糸を張ってみた。
糸の両端を枝に結ぶ。糸と糸の間は、あまり隙間を開けない。でも横糸を通すため、きつきつにもしない。糸自体がそんなに細くないので、ちょっと余裕があるくらいがちょうどいいとの判断だ。
結んだ縦糸は二十本ほど。だいたい、十五センチほどの幅になる。縦は二十センチくらい。服というより、ハンカチ未満な大きさだ。
これに、横糸を絡ませていく。最初は手で上下に通していたんだけど、やってて頭がおかしくなりそうだった。すぐに横糸の先端に小枝を括り付けて、目印代わりにする。先端を少し丸めて、糸と糸の間を通しやすくもする。
それを、ひたすら上下、上下。
結局、ハンカチ未満サイズを作るのに丸一日かかった。
慣れてないとかいうレベルじゃねえ。
無理無理無理!!
これを人の服の分だけ作るとか、何ヶ月かかるわけ!?
しかもこのハンカチ未満、糸のせいかめちゃくちゃに固い。ゴザかよ、ってくらいの反発力がある。
網目つめつめにしたのが悪かったのか。布と呼んでいい代物なのかもわからない。サイズ的にもコースターって方がしっくりくる。
それにこのシステム、縦糸をピンと張りながら横糸を通していかないといけないのが結構ネック。
というのも、長い布が編めないのだ。数メートルの布を作ろうとすると、それだけピンと張り続けないといけない。回転して巻き取りながらできれば、別に問題はないんだけど、そのためには別のなにかを作らなくちゃいけなくなる。
うーん。
うーんうーん。
しばらく試行錯誤した結果。
縦糸を張るのはキャンセルだ。
機織り機システムではなく、縦糸の方を動かしていくようにした方が早い。
縦糸の端を枝に括り付け、等間隔に並べるのは前のまま。今回は、反対側は固定しない。枝にぐるぐる巻いたままにしておく。
で、縦糸を結んだ枝を、座ってちょうど顔の高さになるように固定する。こうすることで、縦糸が重力に従って、まっすぐ下向きに伸びるのだ。
そのまっすぐに従って、横糸を入れていく。波のように上下、ではなくて、縦糸を何束かずつ結ぶようなイメージだ。なみ縫いから返し縫いに変えたような感じ。横糸を通して、少し進んだらくるっと戻って縦糸をまとめる。これで、だいぶ強くなる。
代わりに、横糸を入れる感覚は広めにする。横糸の間隔は一センチくらい。これで進みがだいぶ早くなった。
ある程度横糸を入れたら、縦糸を結んだ枝を回転させる。これで出来上がった部分が巻き取られる。これを、糸巻きの糸が切れるまで延々と繰り返す。
その間にも、名無しには糸を作らせる。
相手はすっかり飽きているし、ニワ子もふて寝をしているので、退屈を紛らわせるために、しりとりをしたりなぞなぞを出したりしていた。
それも飽きたころ、ふと名無しがこんなことを言いやがった。
「別に服などなくても、我は良いと思うのだが」
「服を着ている奴がそれを言うんですかい」
「服を着る、という貴様らの常識に従って、この姿をとったまで。脱ぐなら脱ぐで一向にかまわん」
「やめろ!!!」
ぐ、と自らの服に手をかけた名無しを、私が慌てて制す。
しかし、慌てているのは私だけだ。ニワ子はもとより全裸だし、常識と言った名無しは非常識で、服など頓着しない。
私だって、相手が犬猫だったら頓着なんぞしなかった。なのにこの男ときたら。
「なんで男の姿なんだか……」
恨めしさを込めて言えば、名無しは端正な顔に似合わず、無邪気に首を傾げてみせる。
「本当は、性別なんてないんでしょう?」
「うむ。どちらでもあり、どちらでもない」
触手の見た目的に、単為生殖しそうだもんな。
「だからどちらにもなれる。そのうえでこの姿を選んだのは、貴様のためだ」
「…………は?」
彼は目を細める。普段は知性のかけらも感じられない彼らしくもなく、どこか蠱惑的な表情だった。
「貴様をたぶらかすためだ。万が一にも世界の崩壊を受け入れぬよう。誘導してやる必要があるからな」
「たぶらかす?」
私は名無しを見やる。語る彼は、どこか艶めかしい。
「魅惑的な姿だろう? 女には特に、話を通しやすい」
だが、瞳に宿るのは人外の光だ。
「望むなら触れても良い。この世界を救う褒美と思え」
傲慢な口ぶりも、その姿であれば無理もない。驕るにふさわしい美しさだ。
「………………」
私は眉をしかめた。名無しは私の反応を待っている。
「………………いや、無理です。私を食べた人は、ちょっと」
いくら顔がよくても、お前にやられたことは絶対に許さん。
向こう千年は忘れないからな。
あ、しょんぼりした。
当たり前だろが。ペッ。




