26.服を作る(糸)
「ところで」
不穏だった三人の仲が戻ってしばらく。順調に水やりを続け、つつがなく大豆の芽が出てきたころ、ふと思い出したように名無しが言った。
「倒れたときに運んでいて思ったのだが、貴様、臭うな」
冬の気配が遠ざかり、穏やかな春の陽の差す昼下がり。
水やりをしていた私に向けられた、心をへし折る爆弾発言である。
正直なところ、薄々気づいていた。
薄々どころか、濃厚に気づいていた。
先日、私一人のみ無事に冬を乗り越え、迎えた二度目の春。
ついに季節が一周してしまったが、私は相変わらず、ここへ来たばかりの着の身着のまま。
服は着替えず、髪は切らず、風呂には入らず。口はゆすがず、尻は草で拭く。
体には生傷が絶えない。ついでに返り血も絶えない。
人間、生きていれば老廃物も出る。
体臭もある。
汗だってかく。
自然現象だ。
そのうえ、こんな生活をしていれば、臭うのも仕方ない。
ニワ子だって今までそんなこと言ったことない。私も誰かに指摘したことなんてない。むしろ黙っているのがマナーなんじゃないですか。
いたく傷ついた。
お前もだろう、と名無しの体臭をチェックしたところ、無臭だったのも傷ついた。
ディティールにこだわらない神は、どうもこの辺りの作り込みが甘い。おかげでますます傷ついた。
思えばこれまで、生きていくのに必死だった。
突然放り出した一年目。減っていく大豆に怯えながら送る、慣れない野生生活。食べるものを探して、右往左往の日々。
しかし、今の私には一年のアドバンテージがある。たいして役に立たない手下が二人いる。
大豆も、収穫期までの分は確保済み。食料も、まあまあ死なない程度には用意できる。
ここらでそろそろ、生活を整える方向に進んでもいいのではないだろうか。
どうせ、次の大豆収穫まで、できることは少ないんだしね。
○
衣食住足りて礼節を知る。
というけれど、今の私には衣が圧倒的に不足している。
住もいまだ洞穴暮らしだけど、雨はしのげるからまだセーフ。最近は枯れ草を集めて、野趣あふれる寝床も追加した。
しかし、服はどうしようもない。一年着続けた服は、触れれば端から破れるくらいにボロボロだ。
ニワ子は羽毛があるし、名無しの服は傷と同様に回復する謎仕様。これでは私があまりにかわいそうというもの。
なので、体臭対策の一環として、まずは代わりの服を作るところから始めようと思う。
体を洗うよりも、第一は服。
なんせ、体を洗った後に着る服がないからね。一張羅だから洗濯もできないし、せっかく身ぎれいにしたのに、この血と汗(直球)が染み込んだ服を着るのは断固無理。
かといって、裸はもっと無理だ。
たとえ触手で神で無能の役立たずでも、男性的な存在がいる。そのうえ相手はきちんと服を着ているのだ。自分が裸で相手が着衣だと、文明の落差で精神が持たない。
……こう考えると、あいつほんと厄介だな。
まあ、服というか、布的なものはいずれ必要になると思っていた。
時間もあるし、ちょっと試行錯誤してみよう。
そんなこんなで、散策して植物を回収。以前に見つけた暫定麻を含めて、見たことない草と戦闘アンド回収。この辺の植物は平気で指の一本や二本奪っていくから馬鹿にできない。
微小な人体の犠牲を払ったのちは、以前にやったように、煮て干して引き裂く。だいたい、この時点で使えるか使えないかの判断ができる。
繊維が頑丈で、細かく長く裂けるものは糸に向いている。使い勝手な植物だけを選別。ちゃんと形を覚えておこう。紙でもあればスケッチできるんだけど、残念ながら紙もペンも持ち合わせていない。服を着ていたのはせめてもの慈悲だったのかもしれない。
繊維を取り出した後は、長い糸になるようにひたすら指でねじりよる。
雨の日も風の日も、時間のある時にひたすら続ける。
いや飽きるわ。
よった先から絡んでいくし。数百メートルくらい作った時点で、作成済みの糸にニワ子が絡まってたし。
「あ、遊んでくれなくて暇だったわけじゃないんだからね!」
はいはい。
子供が遊ばないように、ちゃんとまとめておかないと駄目だね。