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25.雪解け

 孤独なまま、春を迎えました。


 季節はおそらく、三月下旬。結局、三月半ばまではちらほら雪が降り、完全に消えるころにはこの時期になっていた。

 この冬の間、あまりにもハブられるものだから、一人の時よりも孤独感が増していた。やっと雪が解けて、外での作業ができるようになって内心ちょっと安心した。洞穴内に閉じこもっている間、居心地が悪くて仕方がなかったのだ。


 一応、私の名誉のために伝えておくが、人肉には口を付けていない。

 そもそも、元触手の肉なわけで、人肉であるかどうかという疑問もあるが、それはそれ。生類平等の名のもとに、ニワ子と共に解体しただけで、さすがに食すほど人間を捨てられなかった。

 いや、それ以前に人間じゃないほうが食べるのに問題があるのでは? 人肉ならぬ神肉じんにくだぞ?

 ま、どっちにしてもノータッチ。最低限の矜持は守り抜いたのだ。


 とはいえ、ニワ子は食してしまった身。逃げ回る二人にはあまり強く言えない。

 おかげで私は、孤独の開拓を開始することになってしまった。



 目標は畑を拡張すること。

 二人が没していたおかげで、大豆にはかなり余裕ができた。当初予定の倍量くらいは植えられそうなので、その分だけ畑を増やさなきゃいけない。

 元々畑だった場所は、洞穴の入り口に近すぎるので、完全に潰しちゃおう。同じ場所に植えると連作障害起こるしね。


 問題は、洞穴を取り巻く木々だなんだけど、これは冬の間に作ったおかげで、かなり楽になった。

 まず靴。小動物の剥いだ皮を、冬の間にせこせと加工していたのだ。

 表面の毛は火で焼ききって、煮たり叩いたりして皮を柔らかくして、ナイフでサンダルの形に切り取った。

 皮と皮を繋ぐのは、やはり皮。細く切った皮を紐代わりにして、穴をあけた皮に通して結び合わせたのだ。

 これはもう、皮じゃなくて革といってもいいんじゃないかな?

 かなり固くて履き心地は悪いけど、そのぶん足裏の保護力もかなりのもの。歩くたびに草に噛まれて石で切っていたボロボロの足が、おかげでずいぶんマシになった。機動力も上がって、木への不意打ちもだいぶやりやすい。

 それから斧。打製石器から磨製石器になり、一撃でかなり深く傷を入れられるようになった。柄と斧部分のつなぎ目も、紐から革紐に変えて丈夫さ向上。持ち手も握りやすく削って、すっぽ抜けも防止。


 要は、機動力と攻撃力の向上だ。

 これで、弱そうな若い木を狙ってひたすら伐採した。

 中堅以上の木は、もう少し大豆に余裕が出たら考えようと思う。

 大豆の接種が効果的なので、森林破壊は実はそれほど難しくない気がしている。


 伐採した後は、畑の区画を大豆レンガで整備する。レンガがあると周囲の雑草が無害化されるからね。大小合わせて四区画くらい、余裕をもってスペースを取る。

 区画と区画の間は、余っていた大豆タイルで埋めて道を作る。雑草防止もあるけど、単純に舗装した方が歩きやすい。レンガとタイルは今後もかなり使いそうだから、また製造準備しないとなあ。


 ついでにトイレへの道も舗装して、汲み取りもしておく。

 堆肥にするには、一度発酵させる必要があるので、出したものそのまんまじゃいけない。たまったら定期的な汲み取りが必要なのだ。

 トイレから汲み取り後は、壺の中に放り込まれて発酵する。壺にしたのはあれだ。蓋ができるから。においがね……。

 まあ、これも人の営みというやつで。無心無心。


 発酵済の堆肥の方は、薄めて畑に撒く。土と混ぜて耕して、等間隔に大豆を撒く。だいたい、百六十、七十くらい? 前回の反省を生かし、大豆間のスペースは広めに。作った畑が全部埋まったあたりで作業ストップ。



 ということを一人でこなした結果。


 風邪を引いた。


 考えてみれば当たり前。冬に風邪もひかずに乗り切ったのが逆におかしかった。

 一人で気持ちが張っていただけだよね。

 だいぶ前から体調が悪いなあとは思っていたけど、大豆を蒔かなきゃ死ぬってことで無理をしていたのも悪かった。ひと仕事終わってからこっち、倒れて動かない。どうにか洞穴の前まで這って行ったけど、そこから先の記憶がもうろうとしている。

 しかし、風邪。風邪かあ……。

 この体の回復力は、外傷がなければ働かない。これ、人間に疎い神のミスみたいなもんだと思う。壊れたら治すのは当たり前だけど、見た目に出てないと壊れているかどうかわからない、みたいな思考回路だったんじゃないかな。

 つまり、風邪にはこの神の力は働かない。自分の免疫力で治さないといけないわけ。


 ここで、春先の私の栄養状態。

 春になってから、ちらほら生え始めた雑草を水で流し込むと言う、どこかで聞いたような生活をまた送っていた。

 罠も稼働させているんだけど、成果がいまいちなんだよね。畑の拡張にあたって、洞穴付近を整備したからかもしれない。雑草を根こそぎ刈り取ったからなあ。身を隠す場所もなくなって、寄り付かなくなったんだろうな。

 というわけで、私の体内は実に清貧。質素な栄養状態を強いられていた。

 これで風邪を治せとは、あまりに酷。そんな体力はどこにもないし、あっても開拓に使ってしまった。

 ……もしかして、治すためには死ぬしかないのか?



 風邪のせいか、どうも思考が絶望に向かいがちだ。

 春でも空気はまだ冷たいし、寒気がするし。洞穴手前で行き倒れたから吹きざらしだし。

 結局、死から逃れるすべはなかったんだ。

 これなら、ニワ子たちと一緒に死んでた方がよかったな……。

 今の私だと、行き倒れてても心配してくれないもんね。口もきいてくれないもんね。

 このままつつがなく死ぬんだろうなあ。

 寂しいなあ……。



 〇



「バカ――――――!!」

 頭の上から涙交じりの罵声が聞こえた。

「バカバカバカ! あんたなんでいつもそうなのよ!!」

 あ、久々のツンデレだ。

 うっすらと目を開くと、洞穴の天井が見える。

 地面は冷たくない。代わりにチクチクする。

 なにかと思って見やれば、熊の毛皮だ。どうやら、私は毛皮の上に横たわっているらしい。

「いつも一人で突っ走って、倒れて! あたしの身にもなりなさいよ!」

「えっえっ」

 あいたたたた! こいつ、顔面突いてくる!

「普通に謝っていればよかったのよ! そうしたらあたしだって!!」

 ……たしかに。

 不可抗力だとか、合理的な帰結だとか、言い訳ばっかりしていた気がする。私の中で人道にもとる自覚があっただけに、素直に認められなかったのかもしれない。

「無理なら言って。隠さないで。仲間じゃない……!」

「……ニワ子」

 半身を起こした私の傍には、魚の身が入ったスープの器がある。暖炉には火が入れられ、洞穴全体を暖めていた。

 ニワ子だけでは、ここまでできないはずだ。

「水汲み……」

「我のことを役職名で呼ぶのをやめよ」

「今さらか……」

 渋い顔で覗き込む水汲みもとい触手神もとい名無しを、私は見上げた。呼び名がないんだよなあ。

 という余計な考えは横に置く。

「助けてくれたんだね」

 倒れた私を運び込み、部屋を暖め、食べるものを用意してくれたのだ。あまり釣れない釣りにも行ってくれたのだろう。今は二人も、ろくなものを食べていないはずなのに。

「ありがとう」

「む」

 名無しが口を引き結ぶ。

「礼には及ばん。我らも意地を張っていた」

「ほんにな」

「貴様、少しは建前というものを持たんのか」

 人外がまっとうに諭してくる。

 名無しは出鼻をくじかれたように顔をゆがめると、咳ばらいを一つした。

「まあ、なんだ。貴様の社会においては逸脱した行為だが、理解はできる。異種同士が食らい合うのは当然だが、非常時において他に食料がなければ、同種を食らうしかないのだろう。たとえそれが仲間であったとしても」

 名無しは真面目な顔でそう言った。彼はこれで、思いのほか常識人だ。私の社会なんて知っていたのか。

「仲間の体に刃を入れ、食す貴様も辛かっただろう」

「あ、いや、あの」

 名無しの言葉を、私は遠慮がちにさえぎる。

 隠さないで。ニワ子が言った通り、私は少し二人に隠し過ぎていた。全部自分で考え、抱え込み過ぎていたのだ。

 だから、正直に告げなければならない。

「さすがに人は食べてないです」

「食べてない?」

「うん」

「なら、なぜ我を解体した」

 名無しは瞬いた。私も瞬いた。なぜ。なぜかというと……。

「平等のため……?」

 ニワ子を食べるために、死体に刃を入れる必要があった。

 でも、ニワ子だけ傷つけて名無しはなにもしないなんて、それはあまりに不公平。

 なので、食べるでもなく、学術的興味やら研究やらということもなく。ありていにいえば特に意味もなく、解体をすることになった。


「………………貴様を理解できない」


 名無しが身をこわばらせ、私から遠く離れた。

 ニワ子もぎょっとした顔で私を見ている。


 えっと、その、うん。

 …………私たち、仲間だよね?


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