24.越冬
いつも私が死ぬ側だったから、こうやって、まじまじと他人の死体を見るのは初めての経験だ……。
二人の死体は綺麗なものだった。
どっちも熊の体当たりでやられたから、パッと見の傷がないんだよね。
しばらくすると生き返ると思うので、中で腐らないように外に出しておこう。
……。
………………。
とりあえず、熊でも解体しようかな。
〇
熊を解体し、暖炉を直して、外に置きっぱなしだった薪も取りに行ってきた。
壊れた土器は外に捨てておいた。予備の土器がいっぱいあってよかった。多少壊れても、変わりがいくらでもある。
熊肉のおかげで、食事は困らなかった。
寒いから、保存にも苦労しない。
豊かな食事のおかげで、顔も腕も数日くらいで治ってしまった。
ついでに、毛皮を剥いで乾燥させて、防寒具もできた。
あの日以来吹雪が続いているのでめったに外には出ないけど、薪やらなにやらの調達には重宝している。
二人の口減らしのおかげで、大豆の浪費も相当抑えられている。
熊に投げた分も、これで帳消しになるかな?
水は外の雪を溶かせばいいし、薪にも余裕がある。
熊肉のおかげで、ひと月程度の食事ならどうにかなりそう。
暖炉の傍で熊の毛皮をかぶれば、寒さもしのげる。
外に出られない間は、木を削ったり組んだりして、いろんな道具を作ってみた。
春を迎えるにあたって、農具が必要になるからね。クワやらなにやら。今は一人じゃないので、複数個作った。
うん。
思ったよりも冬が越せている。
ところで、二人はまだ生き返らないんですかね?
〇
私が死んだときは、だいたいひと月くらいで生き返っていた気がする。
洞穴の壁に石で傷をつけて日数を数えているんだけど、今で六十日くらい。
もうふた月になるんだけど、まだ生き返らんですかね?
雪はますます強くなってきた。
熊が出た時が十二月だったから、今で二月初頭くらいかな。
外は雪が積もりきっていて、もう外には出られない。
洞穴内で、延々と石を削り続けるのも疲れた。
熊肉をちびちび食べていたけど、二ヶ月も経てば、さすがに食べきってしまう。
それでもまあ、大豆もあるし、水だけで一か月は生きられるはずだし。
ここで体力を使わないようにじっとしていれば、生きて春を迎えることはできるでしょう。
…………やることないなあ。
二人はまだ生き返らないのかなあ。
まさか、残機がゼロになっているなんてことはないよね?
ニワ子の方はわからないけど、私はまだ億も死んでいない。
神は生き返らない説?
でも、自分で生き返るって言っていたはずだよなあ。
……私と二人と、なにが違うんだろう。
ニワ子が死んだときはどうだった? そもそも死んだことある?
って聞こうにも、ニワ子死んでるじゃん。
…………うっ。
孤独…………。
一人で遊園地も一人で焼肉も平気な人間が、二ヶ月の孤独でここまで堪えるとは……。
考えてみれば、私って早いうちにニワ子に出くわしてたんだよね。
その前は、孤独とか感じる余裕もない生活だったし。
外は雪で、物音一つしないし。
石を削っている間、ショリショリという音以外何も聞こえないし。
お腹減ったし。
べ、別に二人に生き返ってほしいわけじゃないんだからね!
食費が浮いて、正直ラッキー! って思ってたくらいなんだから(本音)!
ただ、まあ、一ヶ月くらいで戻ると思ってた。
ここまで長いと、なにか問題があったのか不安になってくるというか……。
私のときと、二人の違い。
なんだろうなあ。
うーん。
…………傷かな。
この回復能力、傷にならないと効果を発揮しない。
それは、死んでも同じなのではないだろうか。
私が最初に死んだのは夏。
生き返ったときには、死んだ体はすっかり腐っていた。
次に死んだときは、あの触手野郎神に食べられたときだ。
問答無用で体はバラバラだった。
でも、二人の体には外傷がない。
それでいて、この冬の寒さだ。
腐らない。
二人を生き返らせるには、春の暖かいころになって、一度腐るのを待つしかないのだ。
…………先が長いなあ。
それにしてもこの性質、もしかして結構な弱点なのでは?
南極の海で溺死するとか、冷凍庫の中で死ぬとか。あるいは、コールドスリープみたいな発明がされたら、その中で死に続けるなんてこともありそう。
なんてね。
そんな未来があるはずないよねえ。この原始時代で、私くらいしか文明人がいないのに。
はあ、馬鹿なこと考えているとお腹減るなあ。
でも食べるものといったら、大豆くらいしかないなあ。
熊に齧り取られた自分の腕、取っておけば良かったかなあ。さすがに食料の自給自足は抵抗があったから、暖炉に入れて燃やしちゃったんだよね。あのときは熊肉もあったし。
いや熊肉がなくても、人肉はさすがに。
さすがにね。
………………ところで、気づいてしまったんだけど。
もしかして、今傷つければ、今生き返るんじゃない?
春まで待たなくてもいいんじゃないの?
いやでも、傷つけるといってもどこまで傷つければいいかわからないよね。
腐るか食われるかして、最低でも人体半壊くらいまでしないと生き返らないよね。
そして、傷つけた後の体は腐るしかないよね?
もったいないね??
いやいや、でもさすがに人間の尊厳としてそれはどうなの。
片方は人間やぞ。いや触手神だけど。人間として認めていいかわからないけど。
でも、もう片方は鶏だ。
捌いたことはないけど、店で買ったことならある。
いやしかし、鶏と言ってもニワ子だぞ?
ニワ子。命を呈してかばってくれたり、ここまで苦楽を共にしてきたニワ子よ。
いいのか?
だいたい、ニワ子だけ捌いてあの水汲みが無傷だっていうのが気に食わない。
私の恨みポイントは断然水汲み側に傾いている。
なのに、ニワ子だけ捌いて、水汲みは人型だから見逃すなんて、そんなことしていいのか?
むしろここは生類皆平等。片側にだけ不利益をかぶせられないでしょ。
待て待て、捌く方に心が傾いている。
一ヶ月の辛抱。一ヶ月だけ待てばいいだけだ。落ち着け落ち着け。
でも、一ヶ月後に生き返るわけじゃないよね?
春になって、腐るステップと生き返るステップを挟むから、さらにその先になるよね?
だったら今のうちにやっておいた方が。
それに、どこまでいったら生き返るかっていうのも知っておいて損はない。下手に傷ついたなら、早々に死んで生き返ったほうがマシって状況もあるだろうし。
いや、待て、それは私の人間として最低限のアレが。
お腹減ったなあ……。
風が強いなあ……。
なんもすることないなあ……。
寂しいなあ……。
ううっ、寂しい………………。
〇
人間として最低限のアレとはなんだったのか。
「………………信じられない」
ニワ子が距離をとって震えている。いや、そんなつもりじゃ。
「貴様は人の心を持たぬのか」
ニワ子としがみつき合って、水汲みも震えている。
おい触手、お前が怯える資格はないだろうが。私は今も忘れてないからな。
「まあまあ、これでも食べて落ち着いて」
「それ、あたしを煮込んだやつでしょ!?」
違うんだ。こう、一人が辛くて正気でなかったというか……。
「貴様が正気を失うことはないはずだぞ。我がそう定めたのだから」
ごもっともでござる。
結局二人は、解体から二週間程度で復活した。
『外傷がなければ回復は働かない』という仮説が正しいと証明され、ついでに食料不足を乗り切り、春になる前に人手を確保できた。
一石三鳥。実に合理的。論理的な最善手を実践した結果、ちょっぴり人道を外れてしまった不幸な事案である。
たしかに自分でも、やっていいのかどうか迷ったけど。けどけど!
どうせ死んでいるんだし、食べ物を無駄にするなって言われて育ってきたし!
これぞ不可抗力!
不可抗力なんだ!!
とまあ、どんなに言い訳を口にしてもまるで聞き届けてはもらえず、私はしばらく二人から距離を置かれた。
むべなるかな。私だって距離を置く。
いやほんと、申し訳ない。
それでも、冬の寒さと孤独はこう……胸に来てしまったのだ。
結局、二人が生き返っても孤独だけどね。
うう。
二人の見る目が冷たい。
寂しいよぉ…………。




