22.冬支度(6)
昨日の夜から、ついに雪が降りはじめやがった。
朝、吹き込む風の余りの冷たさに震えながら外を見れば、ちらほらだった雪が本降りになってやがる。地面にはうっすらと雪が積もりはじめ、景色を一面白く染めていた。
越冬準備どころじゃない。もう本格的にこれは冬だ。
あまりの寒さに、普段は私を蹴り飛ばすニワ子すら、膝の上に乗って動かない。ニワ子とセットで水汲み神も寄ってきて、すぐ傍で丸くなっていた。
洞穴の中は、外気よりはまだ暖かい。だからといって、半袖姿は狂人としか思えない。
昼間は動き回っているからいいけど、夜は特に本当につらい。背に腹は代えられず、三人寄り添って寝ているけど、朝起きたら一人くらい凍死していてもおかしくない。
地面も固いし、冷たいし、痛いし。しんどみしかない。
なのに、外はまだまだ寒くなる。
水汲みに聞いてみたところ、今は十二月の上旬ごろ。これからこの山は雪に覆われるだろう。と絶望的な回答をいただいた。
これから雪に覆われるのかー。
ここ、雪山になるんだね。くそあ。
ってことは、そのうち外には行けなくなるってことだ。
まだ積もりかけの今のうちに、やることやっとかないと本気で死んじゃう。
で、直近でやらなきゃいけないことを考えてみた。
食料は現時点で不足確定。ただ、本日の雪具合から、あまり遠出もできそうにない。
道として敷いたタイルも、雪に覆われてよくわからなくなっている。絶対に迷子になるので、幼児二人の外出も中止。家の中で大人しく、ごろごろしてもらう。
この周辺で収穫できそうなものはあらかた刈りつくした。なので、不足は不足だけど、いったん保留にする。
次は薪。伐採したから木材はいっぱいあるんだけど、全部外に置いてるんだよね。
丸太なんてとても重くて動かせなかったから、倒したその場に放置してあるわ。枝だけは落として、適当な長さに折って薪にした。これは洞穴の中に運び入れないとね。
最後は、薪を使う場所だ。
初の死亡が洞穴内の一酸化炭素中毒で、以降はずっと外で火を焚いていた。
でも、それもさすがに限界だ。どうにかして屋内で火をたかないと、死体が三つ出来上がる。かといって、普通に洞穴の中で火を焚いても死体が出来上がってしまう。
昨日、雪が降りはじめたときは、まだギリギリ生きていけると思ったんだよなあ。
冬の加速を甘く見ていた。来るときは一気に来るもんだよね。
なので、今は暖房が急務。
急ピッチで粗悪品を作ります。
本日のテーマは暖炉です。
大豆レンガは、このときを見越して作っていたんだよ(大嘘)。
暖炉を作る場所は、洞穴の入り口にする。
入り口近くに作ると暖気が逃げる気もするけど、奥の方は空気の逃げ道が見当たらなかった。中毒死も無理はない、きれいな袋小路だ。しかたないね。
洞穴の入り口は横に長い。めちゃめちゃ風が吹き込むから、風よけと考えれば、一石二鳥なのかもしれない。入り口の半分近くを暖炉と目し、雪の上に線を描く。
線の上にレンガを置き、粘土で隙間を埋め、またレンガを重ねる。崩れたら大変なので、レンガとレンガの接着は慎重に。きちっと粘土で埋める。
それを繰り返し、レンガを洞穴の中に開いたコの字型にする。
レンガの高さが、洞穴の入り口と同じだけの高さになったら、暖炉の天井部分をふさぐ。組んだレンガの上に長めの枝を横置きし、その上をまた粘土で埋めるのだ。
天井を作ったら、天井近くに積んだレンガをいくつか抜き取る。高い位置に空気穴を作れば、ここから一酸化炭素が抜けていくはずだ。
ここまで終わったら、いったん洞穴の中に逃げ帰る。
作業中にもどんどん風が強まり、雪も強まって、もう外は吹雪みたいな状態だ。今日の作業はもう無理。手がかじかんであまりにも無理。
洞穴に戻ると、できたて暖炉の前で、ひいひい言いながら火を起こす。冷えた手が震えてなかなかつかないが、時間をかけてどうにか着火。回収してきた薪で火を大きくする。
それから、恐る恐る暖炉の様子を見ていたが、しばらくたっても何事もなかった。
天井部分を可燃物にしたので、燃え移るかと思ったけど、そこまで火の手も伸びないらしい。一酸化炭素中毒の気配も今のところなし。
そうこうしている間に、幼児どもがなんぞなんぞと近寄ってきて、暖かいのかそのまま居ついた。
火の傍に座り込んで「ぬくい」「ぬくい」と二人は言い合っている。
たしかに、さっきよりは多少ぬくい。
でもまだまだ極寒なんだけど。服も羽毛もない私だけ、極地にいるんだけど。
せめて、洞穴のもう半分の入り口をふさげないだろうか。
板かなんか立てかけて、風の入り口を防げば、もう少しましになるのではなかろうか?
そんなことを考えつつ、震えながら洞穴を出ようとしたときだ。
入り口に、何か立っている。
入り口の天井よりも、相手の背は高い。吹雪の中で、相手はびくともしない。黒くて不動の、大きな影だ。
えっ誰?
突然のことに立ち尽くす私に、相手は片手を上げた。おっ挨拶か? 人間的なものか?
と思った瞬間、相手は上げた片手を振り下ろす。
私の体を叩きつぶすような、鋭い横薙ぎだ。反射的に身を引いたが、よけきれない。相手の手が私の顔に触れ、鼻っ柱を抉りとった。
なんたる手痛い挨拶。
私はその場に倒れ、反射的に自分の顔をおさえた。
あ、これ駄目な奴だ。さっきまであんなに寒かったのに、今は熱い。顔面も熱いし、触れた手も熱い。これ、血だ。あふれている。
ニワ子と水汲みが、はっとした様子でこちらを見やった。
倒れている私を見て、そのすぐ傍――――今まさに、洞穴の中に入り込もうとしている、大きな黒い影を見た。
黒い影。
黒い剛毛に、太い手足。イヌ科の顔立ちをしているけれど、犬よりもずっとずんぐりとしていて、足を下ろすたびに洞穴内が揺れる。
それは、私を見て、ニワ子と水汲みを見た。
その瞳は、ただ黒く、光ない。
空腹を湛えた熊の、獰猛な目だった。