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22.冬支度(5)

 全身から樹液が溢れていたのでちょっと不安だったけど、切ってみたらちゃんと普通の木だった。


 作り直した手斧二世で、大人しくなった椎の木を切り倒す。若い木と言ってもやはり木は木。倒すのにかなり苦労した。

 切っている最中、私が大豆を押し込んだ傷跡を発見した。幹が収縮したのか、中で大豆が砕けていたけど、なんだかんだきちんと浄化作用が働いたらしい。

 茎や葉を砕いたレンガでも効果があるんだから、まあ当たり前か。でも、腐ってしまうと駄目らしい。どこまでが大豆認定で、どこまでいったら非大豆認定されるんだろう? きな粉はセーフかな?

 と思ったところで、余計なことに気がついてしまった。

 きな粉。これも大豆製品だ。きな粉を使った菓子類も相当あるぞ。あの水汲み神、私の記憶している大豆製品を示せと言っていたから、忘れていた方がよかったんじゃないだろうか。


 今さら悔いても遅い。思い出したもんはしゃーなし。

 それよりも、今は椎の木だ。


 木には豊かな実りがあった。

 一本丸ごと切り倒しただけのことはある。かき集めてみると、壺一杯分くらい集まった。

 皮を剥かなきゃいけないから、実際に食べられるのは半分くらいかな? それでもこれ、かなり効率いいぞ。セットで木材も一本付いてくる。

 これは他の木も切り倒さねばなるまい。どうせ、畑の拡張をするつもりだったし、ちょうどいいってことで。


 そういうわけで、乱伐採します。




 乱伐採しました。


 同じことの繰り返しなので、特筆することもない。

 近隣の若い木だけを狙って、細めの木材を五本。大豆粛清期間も含めて、五日くらいかかった。一日一本と考えると、割が良いのか悪いのかよくわからんな。

 洞穴付近には、これ以上切り倒せそうな木はなかった。若い木は単純だからいいけど、少しでも年を取ると、挟み打ちにも騙されなくなってしまう。ちゃんと防御用の根っこを残していて、ころっと返り討ちにあってしまった。

 危うく死にかけたけど、わき腹に穴が開いたくらいで助かったのは運がよかったのだろう。けっこうな傷だったけど、死ぬ前にふさがって本当によかった。体力が落ちているときだったら、普通に死んでたよこれ。


 伐採のおかげで、木の実はだいぶ確保できた。

 ほとんどドングリの木だったけど、一本だけ赤い実がなる木がある。食べられるのかな、これ。平野育ちだから山の実に疎くて困る。

 森の奥の方は、まだ木の実がちらほら見えたんだよなあ。案外、冬になっても森って色々あるんだね。カラッカラの枯れ山になると思っていたから意外だわ。あの辺の木の実が普通に採取出来たら、ここまでしんどい思いをしないで済んだのになあ。

 などと、惜しんだって仕方がない。

 獲れた木の実は、合計で壺三つ分くらい。最初の椎の木がかなりラッキーなだけで、他はまあまあ。こんなもんねって感じ。壺自体もそこまで大きくないから、冬を越すにはまだ足りない。

 また、別の方法考えないとなあ。



 でも、まあ、それは置いておいて。


 木の実がいっぱい集まった。

 しかもドングリよ。椎の実以外のドングリなんて、クヌギくらいしかわからないけど、とにかくドングリだ。

 これを見ると、無性に作りたくなる。

 いわゆる、縄文クッキーというやつを。



 大豆節約のために、ずっと鍋物ばっかりだったから、茹で以外の食物が欲しくてたまらないのだ。

 たしかに、少大豆で全体を無害にできる鍋は素晴らしい。たっぷりの水でかさまし出来るから、たくさん食べたような気にもなる。全部入れて煮込むだけだし、手間も全然かからない。


 でも、人は鍋のみに生きるにあらず。

 大豆と一緒に食べなきゃいけない縛りで、生食なんて一切できないし、単品での食事も不可。でもクッキーなら、要は潰して固めるミンチみたいなものなので、大豆を混ぜ込むことができる。粉末大豆の無毒化効果がどれほどあるかわからないが、煮汁でセーフなんだから大丈夫でしょ。

 クッキーなら、よく焼けば保存食にもなる。生のドングリよりずっと食べやすいとも思う。

 なので、作ろう、クッキー!




 ちらほら雪が降ってきやがったので、かまどに火を入れ、傍で震えながら作ることにした。

 まずは、ドングリをひたすらに割り続ける。

 石の上にドングリを置き、かじかんだ手で別の石を持ち、ドングリの殻をかち割っては、中を取り出し別のつぼへ。ちょくちょく見かける虫食いドングリは、見なかったふりをして火の中へ。

 延々続くドングリの殻剥きが終わった後は、全ドングリを土器鍋に入れ、大豆二、三粒と水を入れて火にかける。

 生だと潰しにくいから、火を入れようっていう魂胆だったんだけど、これ、めちゃくちゃ灰汁が出る。そのまま食べたら渋いんだろうなあ。残り汁をちょっと飲んでみたら、やっぱりエグみがある。大豆と煮たから毒じゃないけど、これは飲めないや。残念だけどそのまま捨てる。

 水を切ったら、熱いうちにドングリを潰す。鍋の中のドングリと大豆を、石でひたすらに潰していく。まんべんなく大豆が混ざるようにひっくり返しながら、ひたすら潰していく。

 途中で、収穫した正体不明の赤い実も投入しようか迷って、やっぱりやめた。これ、そもそも食べられる実なんですかね? 赤くて小粒で、わりとどっさりって感じに実っていたんだけど、そういう植物多すぎて判断に困る。

 なので、今回は素のまま。他に入れるべきものもないので、ドングリオンリークッキー(大豆入り)。

 かまどの上に平らな土器を置いて、その上に成型したタネを置いて、ちょっと焼く。少ししたらひっくり返して、また焼く。焦げ目がついたあたりで火からおろし、冷ます。



 そうこうするうちに、釣りをしていた二人が戻ってきた。

 釣果はいまいちだけど、面白い石をたくさんひろってきたんだとか。うーん、この幼稚園児。変な形の石が、最近洞穴内に転がっているのはお前らのせいか。


 二人は、私が作ったクッキーに興味を抱いているようだ。

「食べられるのか」

 そわそわしながら水汲みが聞いてきたので、試食会をすることにした。


 できたばかりの縄文クッキーを一枚ずつ渡し、おのおの実食。


 うん…………。

 ボソッとする。

 ドングリの味しかしない。

「これがクッキーというものなのか」

 水汲みの言葉に、私は無言で首を横に振る。


 ドングリのみを茹で、ドングリのみを潰し、そのまま焼いた。

 これは……焼いたドングリだ…………。


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