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22.冬支度(4)

 子供二人には、あれ以降釣りを任せるようにしている。


 やってみてわかったけど、釣りって時間かかるわ。

 糸を垂らしてぼんやりすること自体は嫌いじゃないんだけどね。ネトゲでもサブアカで釣り人やってたし。

 でも、時間をかけるだけの釣果は今のところ感じられなかった。道具が粗末だからか、竿も糸もすぐに壊れるし、そのたびに直す手間の方がかかってしまう。

 釣れないってことはないので、もうちょっと工夫すればいいんだろうけど、それも冬を乗り越えたらの話。

 ま、無職二人に任せるにはちょうどいいでしょう。洞穴内でダラダラさせるよりは、少しでも食の足しを得てもらえるわけだし。精神年齢が近いのか、あの二人けっこう仲が良いし。



 二人のことは置いておいて、私は今なお、食糧問題の解決にいそしんでいる。


 昨今、めっきり動物も見なくなった。

 寒さはますます厳しく、先日ついに、初雪が降ってしまった。

 虫も爬虫類もさっぱりいなくなり、森の木々も裸に近くなっている。


 が、まだ冬の入り。

 完全に息絶えたわけではない。



 そういうわけで、本日は森林伐採をしてみようと思います。


 道具は作り立ての手斧。

 暖簾を分解した紐と、手近な木の棒と石を組み合わせて作った、石器時代丸出しの道具だ。


 目当ての木は、森の入り口に立つ、まだ若い椎の木だ。

 枯れた枝葉には、椎の実が鈴なりに実っている。

 他の木々から少し離れているし、電柱くらいの太さだし、たぶん簡単に倒せるでしょう。


 と安易に近づいて行くと、根っこに行く手を阻まれた。

 こっちの目的に相手も気がついているようだ。まあ、斧持って決死の目をして向かってこられたら、そりゃそうか。

 試しに大豆を近づけてみたけど、あんまり効果はないみたいだ。まあ細いと言っても上背があるし、体積で考えたら猪よりも多いはず。猪に効かなかったんだから、このくらいじゃ無理か。

 しかし、猪と木では大きく異なる部分がある。

 それは、動くか動かないかだ。


 大豆との接触によって、生き物を無害化できるのだと触手男、もとい水汲みは言っていた。

 猪に大豆を接触させ続けることは難しいが、動けない木であれば――――。


 地面においても根っこが蹴っ飛ばしやがる。

 この世界の植物、普通に動くわ。

 重みのある大豆レンガでも試してみたけど、森の奥まで吹き飛ばされてしまった。



 うーん。

 前みたいに煮汁を使おうにも、今回は大豆残量に余裕がないからなあ。一粒だけの煮汁とか、あんまり役に立たんだろうし。

 根っこ邪魔だなあ……。

 大豆も余裕があるわけじゃないし、少大豆で確実に仕留める方法ないかな?


 …………上手くいくかわからないけど、アレやってみるかな?




 思い立ったので、決死の覚悟で再挑戦。

 釣りに行っていた二人も呼び戻し、協力してもらう。


 まずはニワ子と水汲みを二手に分け、椎の木を左右から挟むように近づかせる。

 椎の木の根が、同時に襲い掛かる二人の存在に驚き、根を二方向に分散したときが、私の出番だ。


 左手には大豆。右手には手斧。

 目標は、根っこに傷をつけること。


 若くて未熟な椎の木は、まだ戦闘に慣れていない。

 襲われれば、全力で対応してしまう。同時に二か所から襲われれば、周りを見る余裕もない。


 だから、その身が傷つくまで、私が斧を振り上げたことにも気がつかなかった。


 カーン、と音を立て、木の幹に斧を突き立てる。木の表面をえぐり、白い内部が見えたのと、斧が折れるのは同時だった。やっぱり即席斧はだめだ。持ちももろければ、止める紐ももろい。そのうえ割っただけの石だから、切れ味も恐ろしく悪い。

 が、中が見えればこっちのもんだ。


 椎の木が、慌てて両側の根を私に向けてくる。私の方が危険だと気がついたのだろう。

 鋭利な根の先端が、私に狙いを定める。

 私を貫こうと、ためらいなく振り下ろされる。


 私は左手を伸ばした。大豆を握っている方の手だ。

 左手で傷つけた木の表面に触れ、大豆を押し付ける。

 狼にやったのと同じ要領だ。大型の生物の場合、外部から大豆を当ててもさほど効果はない。だが、内部なら――狼であれば口の中、木であれば幹の中――に、直接触れたとき、大豆はその本領を発揮する。

 思えば大豆って、食べるものだもんね。体内摂取で昇華されるのが、大豆本来の在り方だし、効果が高くなるのも納得だ。


 斧の跡に大豆を押し込むと、木が悲鳴を上げるように震えた。

 根が制御を失い、バタバタと暴れる。木々が身をよじらせ、枝葉を揺らし続ける。もはや、私のことなど見えてはいないようだ。

 私は暴れまわる根を死ぬ気で避け、何度か手痛い殴打をくらいつつ、どうにかこうにか椎の木の射程範囲から逃げ出した。



 ほうほうのていで逃げ出した私を、ニワ子と水汲みが出迎えた。

「貴様…………惨いことをする」

「なんかちょっと……さすがにかわいそうなんじゃ」

 背後でバッタンバッタンもがき続ける椎の木を見やりながら、二人が口々に私に言った。

 えっ。

 私が悪いみたいになるの?



 椎の木はそれから、三日三晩暴れ続け、四日目の朝に動かなくなった。

 全身の枝という枝を萎れさせ、気の表面からは樹液が染みだし、根で暴れまわったためか、椎の木を中心に半径一メートル以内には草も生えないありさまだ。

 どうも、大豆が少量すぎて効果が出るまでの時間が長すぎたらしい。体内に埋め込まれたばっかりに、逃れることもできずにのたうち回ることしかできなかったのだろう。


 以来、周辺の木は、私が近づくと怯えるようになってしまった。


 いったい、私がなにをしたと言うんだ。


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