表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/81

1.生大豆(2)

 あんまりな現実から目を背け、すべてを投げ出し眠りについたその翌日。

 指が生えはじめていた。切断口からちょろっと覗く新しい指は、他の指よりも短く、第一関節ほどまでしかない。未成熟なその指はたいへん気持ち悪いが、きちんと感覚がある。曲がるし、物も掴める。


 …………無敵か?


 朝の光差す洞穴の中、私は呆然と考えた。

 これってもしかして、絶対死なないやつ? 


「――――あ、あいたたたたた……!?」


 あ、違う。足いたっ! 痛い!!

 ――これ蛇毒だ!


 蛇の噛み跡はふさがったけど、毒は残ったまま。癒えた傷口を中心に赤紫に腫れ上がっている。触ってみるとぷよぷよと水風船のような弾力があり、キモイしヤバい(語彙喪失)。


 ――毒は残るんだ……。


 ふーむ、と私は腕を組む。

 つまりはこんな感じだろうか?


 大きい怪我でも治るけど、指みたいに欠損すると、治るのに時間がかかる――と言っても、翌日には生え始めているんだけど。

 毒の類は普通に残る。あ、でも草の毒っぽい足裏の腫れは治ったから、これも治りが遅いだけかな。

 で、どっちにしろ痛みはある――と。


 腕を噛まれたら噛まれた分だけ、指が取れたらその分だけ、痛いものは痛い。そのせいで、自分の腕を切って確かめてみようという気がわかなかった。

 それに、たしかに目の前で傷が治るのは見たけど、次も治るとは限らない。今回一度きりかもしれないし、回数制限があるのかもしれない。絶対に、どんな傷でも治るって確証もないのだ。

 死ぬほどの傷を負えばどうなる? 脳みそがつぶれたらどうなる?

 もう戻らないかもしれない。確認しようがないからこそ、慎重に考える必要がある。


 水滴が一つ、天井からしたたり落ちる。

 岩の地面は冷たくて固く、夏らしからぬ空気と相まって、私の体を震わせた。

 ほぼまる一日食事をしていないせいで、空腹を感じている。迫りくる危機は、物理的な怪我だけではない。


 非現実めいた状況だけど、感覚は生々しく私を襲う。

 たとえこれが夢だとしても、あるいはなんらかの妄想、幻覚だとしても、感覚が確固として存在する以上、無為に時間を過ごすわけにはいかない。なにもしないままで、ここから抜け出せるという保証だってどこにもないのだ。

 だから私は、この現状を認めなければいけない。

 そして、どうにかして今の危機的状況を打破する必要がある。


 〇


 などと言いつつ、サボり呆けた大学生に、脳みそなんてあるわけがなかった。

 あるのは大豆とこの身ひとつ。湿った洞穴のおかげで、水だけはどうにかなりそうだけど、岩壁の水をぺろぺろすると、人間をやめたような悲しみがある。

 でもなー、外に出たら野犬がいるし、この感じだと他の生き物も襲ってきそうだし、出たところで助けがいるとも限らないし。そうなるとこの中が一番安全っぽいんだよね。

 だいたい蛇毒のせいで、今は足がまともに動かないのだ。赤紫のあれは左足の膝下一体に広がって、曲げることも難しい。感覚がなくなってきて、痛みがないのは助かるけど、むしろこれってヤバい兆候なんじゃないの?

 そうは思っても、対処法なんてわからない。傷口から毒を吸い出すにしたって、その傷はふさがっているわけだ。そも、ふくらはぎの裏を噛まれたんだから、どんなに頑張っても自分で吸うには無理がある。

 じゃあ、足のどこかに自分で傷口作って、そこから吸い出せば? いやいや、道具がないし。傷が治っても毒が治らないってことは、むしろ大怪我よりも毒の方がやっかいなのか?

 ま、でも足の裏の植物の毒もどうにかなったんだし、こっちも放っておけば治るっしょ。


 それより今一番の問題は、なんといってもトイレでしょ。

 今のところ、なにも食べてないから出せるものもろくにないけど、それでもなんやかんやと不要なものは出たがるわけで――。要するに、いい加減我慢の限界なのである。

 しかし、この洞穴は小さいうえに、出口が一方向にしかない。安全第一だからって、この中でやらかしてしまったら、その後はずっと汚物君と同居生活。身の安全は保てても、精神的の安寧ははじけ飛ぶ。

 かといって、外で無防備に尻まる出しにするわけにもいかない。そっちは物理的な死が待っている。

 うーん……。


 ――などと、トイレなんぞに頭を悩ませていた自分を張り倒したい。

 そんなことより、もっと気にするべきことがあるだろう。自分でも気がついていたがな!


 日が高くなり、本来なら気温の上がるはずの昼頃。

 私は洞穴内で体を丸めて震えていた。得体のしれない寒気に、全身鳥肌が立つ。だけど頭と左足だけ猛烈に熱い。全身は重く、身を起こすことも難しい。風邪に似た症状だけど、風邪でないことは重々承知していた。


 ――毒を甘く見ていた。


 もうろうとする熱の中、私は後悔とともに、眼前に迫った死を感じていた。


 〇


 だけど死にたくても死ねないものである。


 熱で寝込んで数日。

 思い返したくもないので、この濃厚な数日間をダイジェストでお伝えすると、こんな感じだ。


・寝込んでいる間に、足が壊死した

・膝から下が腐り落ちて、一時的に骨だけになった

・そのあと生えてきた


 ちなみに、腐った足はまだ洞穴内にある。腐っているから腐臭がするし、もうトイレとか言っている場合じゃない。結局、汚物君との同居生活からは逃げられないのだ。

 そして、そんな自分の足のなれ果てを横目に、私の左足はちゃんとある。


 いかに鈍感な私だって気がつく。

 いくらなんでも、この光景を見て平静でいられるほど、私は剛毅な性格じゃない。


 私が冷静でいるのは、この身体回復能力と同じようなものなんじゃないだろうか。

 気が狂いそうになっても、強引に正気に戻される。そんな奇妙な力が働いているんじゃないか。

 この体の回復も、正気を保っていられることも、今の私には決して救いではない。

 それはつまり、死んでも逃げられず、気が狂うことも許されず、痛みは感じ続け、恐怖は覚え続ける。

 どうすれば終わるのかもわからない。終わりがあるのかもわからない、私を苦しめ続けるだけの、呪いと変わりない。


 いったいどうしてこんな目に。

 いったい誰がこんなことを?

 私はどうやったら救われる?

 逃げる方法は、果たしてあるのだろうか――――。



 ――としんみりしたところで、いったん思考をストップ。

 これはいつまで考えても答えが出そうにないので、もっと直近の、解決できる問題から対処していく必要があるはずだ。


 蛇毒で地獄を見て、私もかなり反省した。

 あんまり安易に現状を考えてはいけない。ここは平気で死ぬほどのことが起こるし、なのに死ねない恐ろしい場所だ。今後のことを考えて、もっとまじめに、深刻に状況を改善する方法を模索しなければならない。


 幸いにして、今の私は五体満足だ。

 毒で苦しんでいる間にも、指は生えそろい、傷の類も回復した。

 疲労と空腹は回復しないけど、とにかくこれで動くことができる。



 活動できるようになった私が真っ先にしたのは、散らばった大豆をかき集めることだった。

 日のあるうちに、洞穴中の大豆を探し出し、ひとまとめにしてからその数を数える。

 その数、実に五百粒。三百を越したあたりから億劫になって、ちょっと数えるのが適当になったけど、たぶん五百前後はあるだろう。

 数にすると結構あるように見えるけど、食料として考えるとぜんぜん足りない。五百あっても、せいぜいどんぶり一杯分程度。数日持つかどうかだ。

 それに、大豆をそのまま食料としてしまうと、現在の洞穴の大豆バリアが消えてしまう。そうなれば本当の地獄だ。野犬に襲われ、首を噛まれても食べられても死なない永遠の苦痛が待っている。


 となるともう、選択肢は一つ。

 増やすしかない。

 植えて育てて収穫して、大豆の数を増やすのだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ