22.冬支度(3)
翌日から、置物に毎日の仕事ができた。
朝一番の水汲みだ。よって、名前を置物から水汲みへと昇格させる。
この神、存外に素直だぞ。
教えてやれば、他にもいろいろやってくれるんじゃなかろうか。
でもまあ、今はそんな余暇はなし。
冬でも安定した食料供給のため、新しい道具を製造中だ。
もう虫も出ないので、入り口の暖簾は撤去。
吊り下げていた紐を分解し、三分の一程度の細さに縒りなおしてから、長めの木の棒に括り付ける。あ、大豆の繊維は除外。大豆製品を使うと、逃げられるか襲われるかだからね。これは普通に道具として使いたいから、大豆さんの役目はありません。
続けて、とっておいた獣の骨をチェック。骨のみならず、歯や牙、角の類も、いずれ使うかとそのまま残しておいてある。
その中から、手ごろに砕けた骨をチョイス。小石で叩きつつ形を整える。骨はU字型、片方の先端は尖らせ、もう一方は穴をあける。失敗作をいくつか重ねて、どうにか完成。
その骨と、糸をくっつけると、釣り竿の完成だ。
うーん。シンプル……。
釣れんのか?
針には返しを付けたかったけど、そこまでやろうとすると折れちゃうんだよね。道具もないし、そこまで精巧な加工はできない。針の先端も丸まっていて、魚に引っ掛けるには鋭さが足りない気がする。
でも、博物館なんかで見かける原始時代の釣り針って、割とこんなもんなんだよね。昔の人が使っていたってことは、たぶん釣れるってことで。
魚なら、冬でも活動してるよね?
ワカサギを釣ったりもするわけだし、冬釣りの話も聞いたことがある。渓流釣りだと夏のイメージがあるけど……。
まあ、準備しておいて損はないってことで。
あと、ついでに罠も作ってみよ。
ペットボトルを上下半分にして、上半分をひっくり返して、下半分に嵌めるやつ。
入るときは、入り口がひろいから中に入れるんだけど、出るときはペットボトルの口サイズだから出られなくなるの。子供用の実験かなんかで見かけて、やってみたかったんだよね。
ペットボトルの代用品は、やっぱり土器。こっちは作るのに時間がかかるから、実際に仕掛けられるのはまだ先の話になるね。
釣り竿担いで早速川原へ。
暇な二人も勝手についてきた。興味深そうに私のすることを見ている。
私はといえば、周辺の川原をひっくり返し、適当な虫を探索する。
この辺の虫は平気で人の指を食いちぎるから注意が必要だ。発見次第、直接自分の手では触れず、近くの石で押しつぶす。
オッケー。餌はこれで良いでしょう。針に刺して、水の中へポチャン。
……お、さっそく反応あり。
引っかかるもんなのね。
よっしゃあ、とすぐに引き上げてみるけど、餌だけ取られて魚はなし。
その後も何度か繰り返すけど、反応はあれども魚は釣れず。
うーん。やっぱり針が悪いのか。
餌だけ食べられているってことは、魚はいるんだよね。
鋭さが足りないのか、返しがないからすぐに逃げられているのか。タイミングの問題なのかなあ。
思案していると、隣で見ていた水汲みが「我に、我に」と言って、自分と釣り竿を交互に指さしている。
ええ……。大丈夫なんですかねえ……。
「我も、我も」
なんかちょっと目がきらめいている気がする。子供か。
「壊さないでくださいね……」
恐る恐る釣り竿を渡すと、水汲みは任せろと言わんばかりに頷いた。
そして、釣り竿の端を掴んだまま、思い切り針を投げる。対岸まで。
「違う、そうじゃない」
どうだ、という顔をしない。
「遠くまで投げればいいのではないのか? 貴様はそれを繰り返していただろう」
「うるせえ」
釣れなかっただけです。
釣り針に餌を刺して、水の中に落として、水の中の魚がかかったら釣り上げる。
説明しながらやってみせる様子を、水汲みはふんふんと眺めていた。
しばらくして、また小ヒット。よし、と思うより先に、水汲みが私から竿を奪って、思い切り糸を引いた。
なにをする!?
おののく私の目の前に、川面から飛び出す魚の姿が現れた。口にくわえた糸に引っ張られ、川原まで飛び込んでくる。
魚は川原で、ビチビチと跳ねていた。十五……二十センチくらいあるのかな? けっこう大物だ。見た目はいかにも川魚だけど、ニジマスとかアユみたいに、私の知っている鮭?魚?類ではない。
針を取ろうとすると、当然のように噛みついてきたので、食われる前に殺害。もう、ためらいが全然なくなってきたな……。
口の中の針は、口内の骨を貫通していた。針が鋭くない分、ちょっとえげつない割れ方だ。
でも、鋭くないなら普通は刺さるはずないと思うんだけど……。
……あ、そうか。
こっちが思い切り引っ張ったから、それで貫通したのか。
知らなかった。釣りってテクニックじゃなくて腕力が物を言うんだ。
まあ、たぶんタイミングもあるんだろう。
きちんと針を飲み込むのを待って、なんてグズグズやっていたら、いつまでも釣れなかったのかもしれない。
そう考えると、この水汲みのファインプレーだ。
まさか、わかってやっていたわけじゃないな?
「待ちきれなかった」
だと思った。
でも褒めて遣わそう。
「やるじゃん」
「当然だ」
水汲みは無表情にそう言いつつ、ちょっとそわそわしている。
うーん? この反応は……。
と思っていると、後ろから足をつつかれた。
「あたしも! あたしも!」
なにかと思ったら、鶏があちこちから虫を捕まえて、川原に並べていた。
期待に目を瞬かせ、私を見つめている。
「えらいえらい」
しゃがんで頭を撫でると、最初は心地よさそうに目を閉じて、しかしすぐに噛んでくる。
「ふ、ふん! 当然でしょ! 子ども扱いしないでちょうだい!」
なんたる理不尽。
「我も、我も偉いぞ」
「ちょっと、撫でるのやめないでよ!」
「我も」
「あたし!」
………………。
これ、あれだ。
保育園だ。