22.冬支度(2)
やりました。
罠を再稼働させ、小動物を数匹。
枯れずに残っている食用草を一束。
木々の森の目をかすめて、落ちているドングリをちょこちょこと。
冬支度の追い上げ時期なのか、意外とまだ罠が役立ってくれていた。
ただ、さすがに前よりも収穫は減った。獲物側が学習したのか、それとももう冬眠がはじまっているのか、あるいは触手から逃げた獣たちがまだ戻りきっていないのか。
そうそう、全生物が裸足で逃げ出す触手効果も、人間姿になっては威力を発揮していないらしい。触手がいると獲物も全部いなくなるから、助かるといえば助かる。
代わりと言ってはなんだけど、森には入れなくなった。前に森の奥まで行けたのは、触手がいて木々が大人しかったからなんだね。危険がなくなったら、現金にもまた嫌がらせをしてくるようになった。
森の奥に行けば、木の実の収穫なんかでも食っていけそうなんだけどな。
落ちてるドングリだけじゃ、腹は膨らまないぜよ。
食料以外にも、枯れ葉と枯れ枝を大量にかき集めてきた。
冬ごもりをするのに、火がなければ凍死しちゃうしね。
ここってどう考えても山奥だから、雪も降るだろうし、かなり寒くなるはずだ。火を絶やさないよう、一冬越せるくらいのストックが欲しい。
捕まえた獲物はすぐに仕留め、皮を剥ぎ、肉を解体する。剥いだ皮は洗って干して、肉は食用に。何度も繰り返すうちに、なんか手際が良くなってきた。
解体慣れてくると、だんだんもっといい道具が欲しいなあとか欲が出て来るけど、今はそれどころじゃないので後回し。
そんなこんなで数日。
食料は今のところどうにかなっているけど、収穫が減って食い扶持が増えたせいで、ストックに回す余裕がない。
日に日に日照時間も減っていくし、寒さも肌で感じるし、でもこれ以上効率を上げることもできないし。
やりました、って言ったわりに、もしかして全然やれてない感じですかね?
ちなみに、私があれこれ駆け回っている間、ニワ子と置物がなにをしていたかというと、立派な置物をやっていた。
朝起きて、私が駆けまわる姿を横目にだらだらして、昼寝して、獲物の解体をする私を覗き見たりして、夜になると一緒に食事をとって寝る。
う――――――ん、これは疑念の余地もなく置物。
せめて水汲みくらいしてこいや。
と言って置物をけしかけると、「承知した」と案外素直に頷いた。
「して、水汲みとはどういったものだ?」
うーん、無能!
仕方ないので、水汲みのレクチャーです。
私と置物が出かけようとすると、「あたしもあたしも!」とニワ子がついてきた。君に水汲みは難しいと思うんだけど。
彼女、日々置物と共に寝たりだらけたりしているけど、なにかやりたい気持ちはあるらしい。ただ、いかんせん鶏だ。できることに限りがある。
畑が稼働中は、虫をとってくれて助かったんだけどな。この子にできる仕事ってなんだろう。
頭の中に鶏肉が浮かんだが、さすがにそれは鬼畜すぎでしょ。羽毛も却下。「コケー」しか言わない状態ならまだしも、今は普通に言葉が通じるのだ。「やだやだ助けて!」なんて声を聞きながら、羽をむしるのはちょっと……。
などと思案する道中。
川原への道は、以前よりちょっと快適になっている。
触手に食われる前に作りだめていたタイルが固まったからね。
それを道の代わりに敷いたのだ。
これで、川原への道に大豆を撒かなくてもよくなるし、うっかり芽が出て、台無しになることもない。大豆の場合だと、成長に応じてバリアの効果が変動するけど、タイルだとそのあたりも問題ない。
なにより、歩きやすい。今までは、むき出しの地面を裸足で歩いていたからね。柔らかい土のある場所ならいいけど、うっかり石があったり虫がいたりしたら、足裏に直ダメージがくるのだ。
だけどタイルだと、そんな心配もない。かなりいいアイディアだと思っている。
これ、畑拡張の際にも導入していきたいなあ。
また大豆の枯れ葉や枯れ枝が出たときに量産してみよう。粘土の取れる場所も、もう少し探してみないとね。絶対に不足すると思うし。
なお、タイルの恩恵を受けているのは私だけの模様。
タイルついでに足元を見たとき、置物の野郎が靴を履いていることに気がついたからだ。
は?
よくよく考えてみれば、この男、服を着ている。黒い長袖に黒いスラックス。黒い手袋。あったかそう。
は????
なんで長袖着てるの?
私半袖半ズボンなんですけど??
それも、血まみれ体液まみれで、洗っても洗っても腐臭が落ちない。一枚を着続けたせいで布がボロボロ。ちょっと力を入れると普通に裂けるレベルの代物なんですけど。
いや全裸で来られても困るけど、ずるくない? 長袖は半袖も兼ねられるけど、半袖は不可能なんだよ? 袖伸びないんだよ?
「その服、どこから出たんですか?」
衝動的に尋ねてみると、水がめ二代目を抱える置物が、私を見やった。
「人は服を着るものだろう?」
「はい」
「人の姿をかたどるときに、服を着ているのは当たり前だろう」
ふーん。人型とワンセットでついてきた感じ。原材料はなんなんだ?
「替えの服はないんですか?」
「ない。だが、服の形を変えることはできる」
おっと。意味不明の言葉。
「この服もまた、我の一部。多少の融通は効く。それに、服は場に合わせて変えるものだろう。……貴様はその服が気に入りのようだが」
やかましい。
好き好んできているわけじゃないわ! と怒りにあかせて黒い長袖を引っ張れば、置物が思いがけずつんのめる。
「痛っ」
掴んだの、袖なんだけど。
「いきなり人の体をつねるとは。なんと無礼な小娘だ」
……………………。
その服、感覚あるの!?
冬の川原は寒々しい。木々が途切れ、風が吹き抜ける。
ここにこうして水を入れるのだと示してやれば、置物は素直にまねをする。
水を汲んだ桶の中、最後に大豆を放り込もうと中を覗いたとき、ふと見慣れない影があることに気がついた。
水の中で、スイと動くその小さな影。
魚だ。
小指程の大きさで、大豆を入れるとしばらく苦しんだのち、何事もなかったように泳ぎ出す。たぶん無害化されたのだ。
なるほど、魚。
魚か。