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22.冬支度(1)

 食い扶持が増えてしまった。


「ちょっと! 大豆隠さないでよ! お腹減ったのよ!!」

「駄目です。私がいない間に、ニワ子相当食べていたでしょ」

「ニワ子ってなに!?」

 いや、なんか喋りはじめると人っぽくて、ついつい名前を付けてしまった。

 鶏のニワ子。当の本人はたいへんご立腹のようである。


 でもこっちもそれどころではない。

 残大豆が七百を切っている。

 植え付け用に百は残っているけど、これは断じて使うわけにはいかないのだ。


 そのうえで、一人分消費者が増えた。

 翌日になっても触手男は居座り続け、追い出しても戻ってくるので、諦めざるを得なかった。

 うっかり外に出しっぱなしにして、他の獣に殺されたら他人の命が代わりに消費されるのだ。他人が死ぬのもヤバいけど、もうちょっと自分に正直に言えば、私自身の命ストックと共有しているのもヤバい。この男が死ぬほど、私の命も少なくなっていくことになる。


 なので、苦渋の思いで滞留を許可。

 そうなると問題は、食事だ。


 大豆七百弱となると、一人一粒食べても二百三十日ちょい。

 二百三十日となると、だいたい七ヶ月くらい?

 今が十一月末。七ヶ月後なら六月末。枝豆期に、ぎりぎり届くかどうかというところだ。


 今年の種蒔き早めにしないと。

 そのうえ、一日大豆一粒生活だから、他の食事を探さないと。

 ああでも、周辺を見回りするための防御大豆がない。だいたい寒すぎて、外に出てもろくに動ける気がしない。やっぱり半袖半ズボンはおかしいって!

 うーんうーん。


「触手神さん、なにか意見ありません?」

「我に聞くのか?」

 触手男が、なんやこいつって目で見てくる。

 私だって聞きたくなかった。でも背に腹は代えられないし、いるものは使う。

 っして、使うからにはこれまでの恨みも込めて、奴隷のように扱き使う心づもりだ。

「触手に戻って、ちょっとその辺の大物を狩ってくるとか。木々をなぎ倒して、更地にするとか」

「戻っても構わんが、その間の制御は我にも効かんぞ。我は世界の一部ゆえ、壊れた世界にあっては理性も壊れている」

 理性が壊れているのはよーく存じ上げている。

「こうして意図的に人格を作り上げなければ、近くの生命を破壊し、摂取するだけの存在となる。……これは、元の世界でもあまり変わりないが」

 元の世界でも同じようなもんだったのか。なんという厄介者。

「触手になったあと、今の姿になれば問題ないのでは?」

「理性を取り戻すためには、この世界の生物と同様、大豆を摂取する必要がある。あるいは、元の世界の残滓である、貴様の体でも構わんが」

「構わなくないです!」

 ススッとさりげなく距離を取り、首を振って全力で固辞。

 あれだけ食べておいて、まだ私を食そうとするのか。

「大豆で……大豆でお願いします……! ちなみに大豆の必要数は、おいくつくらいで?」

「そうだな」

 触手男は言いながら、私の体を見やった。

「貴様の体重の、十倍から十五倍程度あれば十分だろう」

「十倍!」

「貴様を食らった回数がそのくらいだった。これを大豆に換算すればいい」

「そんなに食われたの!?」

「骨ばっていて美味くはなかった」

 やかましいわ!

 この世界に来てから、ろくなものを食べていないのだ。そりゃあ骨ばりもする。


 しかし、体重の十倍。大豆の重さが三グラム程度だとして……えーと……。

 十六、七万粒!?

 冗談じゃない!


「じゃあ、触手に戻らなくていいから、なんか食料とか用意できないんですか? 神パワーで」

「やらん」

 「できない」じゃなくて「やらん」とな。

「我は進んで世界に干渉するつもりはない。一度失敗して、懲りているからな」

「今めっちゃ干渉してるやん」

「我が神として干渉したのは、貴様ら三種を守り、大豆と共に送り込んだことと、意思の疎通を可能にしたことだけだ。今は人の身。なにも特別なことはできん」

「この非常事態でも、特に何かする気はないんです?」

「ない」

 男は頑なだ。

 そんなこと言っているから、世界が崩壊したんじゃないのか?

「我は万能の存在というわけでもない。便宜上神と言ったが、貴様らを愛し、慈しむ存在でもない」

 ふうん?

「貴様らに干渉し、生死を操ることもできるが、我の手に寄らずとも、貴様らは生まれ、死んでいく。我は世界に伸びる根。世界というものを形作る、概念のようなもの」

 さっぱりわからん。

「貴様らだってそう変わりない。頭があり、手があり、指がある。その中にはさらに、一つ一つ細胞があり、活動をしている。貴様が望めば、指先を切り落とし、細胞の働きを止めることができるだろう。その点で貴様は神であり、世界である」

 哲学やんな。

「崩壊した世界は、傷ついた指の先。消毒し、傷口を縫うことはしても、癒えるかどうかは我の感知するべきところではない。あくまでも、貴様ら自身が行うことだ」

 なるほどなるほど。

 この男が、自分の力で解決するつもりがないことはよくわかった。

 指の先に例えたってことは、こいつにとってこの世界は、そのくらいの存在なんだ。なくなったらそりゃ困るけど、別に命に関わるほどでもない、みたいな。


 うーん、こうなると本当に、この男お荷物だな?

 もう置物と思うほかになさそうだ。


 神ということで期待もあったけど、やっぱり頼れるのは己自身のみ。

 深刻な大豆不足を補うためには、他の食料で賄う必要がある。

 冬になれば植物は枯れるし、動物たちは冬眠する。その前に、なんとしても冬ごもりの保存食をかき集めなければならない。


 じゃあいっちょ、やりますか!


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