表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

26/81

21.増員

 大豆……大豆の大量生産……。


 醤油を作るとなると、年単位の話になってしまう。

 生活用大豆があるので、来年の植え付けに使えるのは百か二百程度。


 ……場所が足りない。


 洞穴外は、木々の生えない小さな空き地となっているが、かまどとトイレ、小さな畑で手いっぱいだ。あの畑は二十株分だから、百大豆植えるとしても単純計算で五倍は必要になる。

 どう考えてもスペースがない。

 木を切って拡張するか? 川原方面なら、森よりは木々がまばらだから、開拓は少し楽かもしれない。

 そういえば、川原周辺でちょろちょろ生えていた大豆はどうなっているだろう? あっちは畑よりも後に植えたから、まだ未収穫だったんだよな。後で様子見に行ってみよう。


 ま、それはそれとして。

 大豆の植え付けが春だから、それまでには畑の拡張が必要。

 それから、拡張した後の手入れも必要だ。

 前回の経験から、幼大豆は周辺生物のいじめに遭いやすい。対策も必要だし、単純に水やりの手も足りない。


 やることが多すぎる。

 どうしようどうしよう。




「……ところで」

 一人、今後のことを思案していると、触手男が声をかけてきた。

「これから冬になると言ったはずだが、冬支度は大丈夫なのか?」


 洞穴内に、冷たい風が吹き込む。

 いつの間にか日が暮れていたらしく、外は暗い。肌に触れる空気の冷たさに、私はようやく気がついた。


 なんせ、私は夏全開の姿だ。半袖のシャツにジーンズ、靴下どころか靴もない。

 その服も、今は半ズボンとへそ出しシャツに変わっている。今時、小学生だってここまで軽装じゃないわ。


 やばいやばい。

 大事な実りの秋を、死んで過ごすとはなんたる失態!


 慌てて私は洞穴を飛び出した。



 食料は!?


 全滅していた。

 干した肉類は、カラカラに乾いた表面に、ふわふわのカビが生えていた。かまどに置いた猪肉も、なんかへばりついて変なにおいがする。あと、ここもやっぱりカビが生えていた。

 そりゃあ、野ざらし雨ざらしだからね。残念だけどゴミゴミアンドゴミ。


 肉と一緒に干していた毛皮の類もダメダメのダメ虫。同じくカビにやられていた。全部肥溜めに投棄。


 日干しにしていたレンガとタイル!

 せ、セーフ!

 きちんと乾燥して、風雨の中でも、カビていない。これはやはり、有機物か無機物かってことなんだろう。


 刈り損ねた大豆!

 あっだめだ。大型獣でも出たのか、根元を噛み切られて踏み荒らされ、根っこしか残っていない。


 乾燥させていた大豆の葉や茎類も駄目。ほとんど腐っている。茎の繊維だけが少し残っているくらいだ。

 この辺は、ほとんど粘土に練り込み済みなので、まあまあ仕方ない。諦める。



 在庫チェックはこんなところ。

 やばない?


 あんなに余裕のあった食料ストックが品切れ。

 冬に役立ちそうな毛皮も生ゴミ化。

 追加大豆はなく、土器生産用の大豆の枯れ葉すらもない。



 そしてなにより、今までずっと頼りにしていた食べられる野草類が枯れ始めている。

 食料の危機だ……!


 さらに言えば、私の服装では凍死不可避。

 洞穴内で火を焚けば、一酸化炭素中毒で死ぬことも実証済み。火で暖を取ることもできない。


 い、いっそ死んで冬を乗り越えれば……?

 死んでいる間は痛みや感覚はないわけだし、凍死は比較的楽な死に方だって言うし、もう結構死に慣れているわけだし。

 洞穴内には大豆バリアもあるから、死んだところで安心して復活できるよね?


 となると、心配事はこの鶏だ。一匹で残すのはしのびない。

 なので、ちょっと聞いてみた。

「触手神様、ちょっと」

「……我のことか?」

 私の呼びかけに、すごい不満そうな顔していらっしゃる。

「私は死んだら生き返るけど、鶏も生き返るんです?」

「ああ。その生物も貴様と同じ、我が呼び出したものだからな」

 触手男は、視線を鶏に向けて頷いた。

「種の残数があれば、生き返ることは可能だ」

 ん? 聞きなれない単語。

「種の残数ってなんです?」

「元の世界における、貴様らの種族の総数だ。そうそう費えるものでもないが、無駄にすればそれだけ失われる」

「……種族の総数。私なら、人間の総数ってことですかね」

 人間の総数――――世界人口、今何十億くらいだ? 触手のせいで相当死んだけど、さすがに億は超えていない。まだ十数回くらいのはずだ。

 鶏はどのくらいだろう。人間より多そうな気もするけど、見当がさっぱりつかないや。

 まあ、生き返ることはわかった。死んで乗り越える説も現実味を帯びてきたところで、また疑問が浮かぶ。

「そもそも、なんで種の総数が私の復活と関わるんです?」

「我がそのように定めた。貴様らは、この世界を戻すために残された、種の代表だ。ゆえに、貴様以外の人間種はこの世界にはいない。代わりに、貴様の命となっている」

 ん?

 聞き捨てならない言葉が聞こえた気がする。

「……私以外の人間が、私の命、って、どういうことです?」

「そのまま。貴様が生き返る代わりに、別の人間の命が消費されているということだ」

 んん……。

 こいつはヘビーだ……。

 私が死んだら、私の代わりに誰かが死んで、私が生き返っているってことになりません?

 私、もう何度か死んじゃってるんですけど……。

「あ、あの……その消費された命って、今後も消費されたままなんでしょうか……」

「当り前だろう」

 まったくためらいもなく男は答える。

 おお……もう…………。

「リセット方法とか、なんかないんでしょうか……」

 恐る恐る尋ねると、男は少し考えるように、ぎこちない仕草で腕を組んだ。

「ある」

「あるんか」

「世界を元に戻せばいい。大豆の記憶を取り戻せば、世界は記憶が失われる時点まで戻るはずだ。その時点で生きている存在であれば、生きたまま戻ることができる」

 おお、よかった。よかった……!

 元の世界に戻っても、ずっと罪悪感を抱えて生きていくところだった……!


 しかし、こうなると下手に死ぬことはできなくなった。

 何十億の死亡ストックがあるとはいえ、数に限りがあると判明したのだ。それに、私が死ねば他の誰かが代わりに死ぬ。これはちょっと、荷が勝ちすぎやしませんかね……。

 なんでそんなシステムにしてしまったんだ。神というより、悪魔的な所業じゃないですかね。

 というかやっぱり、この無限回復は男のしわざだったんだな。精神の回復も、肉体の回復も、命システムとセットでくっついてきたのだろう。

 そんなすごいことができるなら、世界崩壊だって事前に止められたんじゃないのか?

 なんでこんな、後手に回るような真似してるんだ。



 うろんな瞳を向けるが、男はまるで気にしていない。

 一人、興味深そうに洞穴の中を見回しているだけだ。


「薄汚いところだな。腐臭もする」

 やかましい。

 腐臭はおそらく、私由来だ。

「だが、まあいいだろう。これからしばらく厄介になる身だ。我もわきまえてやろう」

「はい?」

「寝る場所はどこにすればいい? 食事はどうする。我も今は人の身をかたどっている。生態は貴様と同じと心得よ」

「はい??」

「襲われれば死ぬ。食わねば死ぬ。寒くても暑くても死ぬ非力な人間だ。無論、貴様同様死ねば他人の命と引き換えによみがえる」

 男は不慣れな様子で体をひねり、私を真正面に据えた。

 そして、男も女も魅了するような、魔性の笑みを浮かべて言った。

「しっかりと我の世話をするように。以降、よろしく頼む」



 なにがよろしくじゃ。

 私はお前に食われたこと、一生忘れんぞ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ