20.世界の秘密(表)(2)
結論。
世界の崩壊直前に私が味噌汁を飲んでいたせい。
あんまりにも運悪すぎでしょ。
私以外にも味噌汁なんて飲んでる人いっぱいいたでしょ。
味噌汁じゃなくたって、大豆接触者は無数にいたはず。
こんな大豆素人じゃなくて、味噌職人とか大豆農家を連れてきてほしかった。
深いため息を吐くと同時に、洞穴内に風が吹き込んで来た。
あまりの冷たさに外を見やれば、もう日が暮れかけている。
そういえばこの男、今が十一月の下旬くらいだって言っていたな。
本当にこいつが信用できるのか? という疑問は、真偽判定がつけられないので保留。自称神も、大豆が喪われた世界も眉唾感があるけど、暫定真実としておく。
つまり、私は神様の手によって、大豆が喪われ、崩壊した世界に来てしまったのだ。
…………なんのために?
「決まっているだろう」
私の疑問に、男は抑揚なく答えた。
声もまた、男でも女でも通じそうな響きがある。人間の姿はしていても、この人、驚くほど人間味が薄い。その辺が、若干神様っぽさを感じなくもない。
「世界を元に戻すためだ」
「戻るの!?」
「無論。記憶が喪われたのであれば、取り戻せばよい。世界が大豆を思い出したとき、この世界は消え、元の状態に戻るだろう」
だからこそ、この世界の生き物たちは大豆を恐れ、排除しようとしていたのだ。
しかし、思い出させるとはどうやって?
「そのために貴様らを呼んだのだ。大豆に関わりの深い生物を」
人間の私。
話に飽きて、私の膝の上で寝ている鶏。
三種と言ったからには、どこかにいるであろう残るひと生物。
「私たちになにができると……?」
大豆に関わりが深いってなんやねん。
残るはまさか、大豆の根粒菌ではあるまいな?
「難しいことではない。我に大豆の記憶を思い出させればよい。大豆が生み出したもの、大豆によって作り出されたもの、大豆がもたらしたもの。貴様らの記憶している大豆という大豆を、残らず我の前に示すだけだ」
ほほう……?
大豆によって作り出されたものというと、豆腐とか豆乳とか、そういうやつですかね?
それとも、節分とか文化的なそういうやつですかね。
私の記憶の中だけでも、けっこうな大豆が頭に浮かぶ。
「示せと言われてもかなりあるんですけど、どれぐらい示せばいいんですかね?」
この状況だし、もやしと枝豆くらいで勘弁してもらえないかな。
豆腐なんて手間がかかりそうだし。
しかし、男は私の期待を叩き折る。
「残らず示せと言っただろう。我が思い出すまで、示し続けろ」
「どのくらいで思い出すとかは……?」
「知らん。なにせ今の我には、大豆の記憶がなにもないのだからな」
あんまりにも指針がぼんやりしすぎではないでしょうか。
示せと言っても、今の私に示せるものはそれほどない。試しに、ストックしていた生の大豆を男に手渡してみるけど、「これは知っている」と一蹴されてしまった。
となると、本当に大豆の派生製品になってしまうのか。
枝豆やもやしは、大豆からそのまま作れるから良いとして、醤油、味噌、豆腐、豆乳。湯葉なんかも失われた記憶に分類されちゃうのか?
いや、いや待て。
本当にこれだけか?
大豆に関わりが深い三種として、人間の私が選ばれるのはわかる。大豆を加工して、美味しくいただいているのだ。
でも、鶏が選ばれた理由はなに?
鶏だって、そりゃ大豆も食べるだろう。そこらへんに落ちていた大豆を拾い食いするかもしれない。けど、関わりの深さで言ったら、もっと適当な存在がいるはずだ。
大豆。鶏。大豆。鶏。
うーん…………。
「…………まさか、大豆関連の料理も含まれたりはしないですよね?」
大豆と鳥肉で炒め物したり、スープにしたりはまだいい。大豆と鶏の一対一だ。
だし巻き卵とか、卵の醤油漬けとか、大豆派生製品まで絡んできたりはしないだろうな?
「その料理は、貴様の記憶にあるのか?」
「あります……」
「ならば我に示すべきであろう」
キーポイントは、『私が覚えていること』かどうかも含まれるらしい。
私が覚えている限りの大豆製品と、大豆製品を用いたさらなる派生品を示さなければいけないと。
これ、醤油系エグすぎない?
「ちなみに、全大豆製品をお出しする前に、大豆の記憶を思い出すなんてこともありうるんです?」
「ありうる」
おっ。よかった助かる。
「世界に根差したものほど、記憶の戻りは早くなる。ある程度まで戻れば、残りは自力でも取り戻せるだろう。だから貴様は、元の世界において、多くの生物が接し、記憶するものを優先的に用意すればいい」
なるほどなるほど。良いヒントだ。
普及率の高いものほど作ればいいって言うのね。
ってことは、やっぱり醤油は絶対に必要なんだろうなあ。
世界を元に戻す手段がわかったのはいいけど、これって普通にきつくない?
醤油の作り方なんて知らないし、作ろうとしたらすごい量の大豆が消費されるでしょう。失敗することも含めたら、まさに山のような大豆が必要になる。
大豆千粒で喜んでいる場合じゃない。
これ、大量生産が必要になるやつだ。
来年の夏は暑くなりそうだな……!
ここまでで前半終了




