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20.世界の秘密(表)(1)

 もうやだ。


 などと思っていても、死は訪れてしまうわけで。


 でもまあ、死んでいる間は良い。

 死んでしまえば、感覚も痛みもなくなる。なにも感じないまま意識だけがあるってあたり、それはそれで地獄みあるけど、痛くないことが最高に痛くなくて最高(脳死)。

 発狂しないといったって、実際問題目の前に馬鹿でかい口があったら、もう何も考えられなくなる。それでなにもできないまま食われて、この死亡時間に頭がクールダウンして、また恐怖と絶望を味わいながら蘇る。

 不死でありながら感覚は消さず、回復速度に緩急をつけることで死や痛みに慣らさず、なにより意識を保たせ続ける。

 この拷問システム考えたやつ、めちゃめちゃ頭いい。ファラリスの牡牛とか作ってそう。


 というところで、そろそろ体の回復の気配。

 行きたくないなあ。いやだなあ。

 諦めたら楽になるってものでもないのがほんとつらい。


 うう……。

 うううう…………。

 生き返りたくないよー……。


 気分は不登校の中学生だ。もう絶対憂鬱で世界のすべてが苦しいやつ。ううう……。


 次はせめて、楽に死ねるといいなあ…………。



 〇



 生き返った私の体に、なにやら軽度の重量感。

 また口の中で復活して、舌の下にでも挟まれているのか?


 と思いながら、うっすらと目を開けた私の目に、小さな影が飛びかかってくる。


「目を覚ました!」


 聞き覚えのない、高い声がした。


「もう! どこに行っていたのよ! ひとりで出て行ったきり、もう何か月も戻って来ないなんて! あ、あたしが一人でどれだけ……!」


 声は溌剌として、若々しい。十代も前半くらいの少女のようだ。


「い、いえ、別に心配していたわけじゃないわよ! 勘違いなんてしないでしょね! ただ、あんたがいなかったら大豆を育てる人間がいなくなっちゃうから……それだけよ!!」


 あ、ツンデレだ。


 生き返りたての私は、立ち上がる気力もなく、私の上にのしかかる塊を見やった。

 それはサッカーボールほどの大きさの、白い羽玉だった。赤いとさかがついていて、何匹もの獣を屠ってきた足で、私の肩あたりをわしづかみ、八つ当たりのように蹴ってくる。


 鶏だ。

「なんで喋ってるんですか」

「あたしが喋ってなにが悪いって言うの!!」

「そういう返しをされると思いませんでした」


 普通に理由が知りたかったんだけど、どうも鶏は興奮しているらしく落ち着かない。私を蹴ったり、つついたり、かと思えば忙しなく怪我がないか体を見回したり。

 そういえば、と私は半身を起こし、自分の体を見やった。

 生まれたてらしく、怪我のたぐいはどこにもない。幸いなことに、全裸でもない。ただし、服は血にまみれ、歯型に千切られて、いろんな汁でしっとりしていた。においもひどい。

 ズボンは半ズボンになっているし、Tシャツはへそ出しスタイルになっているし、下着はもう役目を果たしているかどうかさえ不明だ。全裸ではないが、全裸ではない以上のなにものでもない。

 そんなスタイルだからか、肌に当たる風が妙に冷たかった。こころなし、草木も枯れているように見える。

「……今、いつ? 私、どれくらい死んでた?」

「貴様らの暦でいえば、十一月の終わり。晩秋、あるいは初冬といえるだろう」

 私の独り言に、またしても知らない声が答える。

 今度は、若い男の声だ。

 声につられて顔を上げると、洞穴に入ってくる一つの影が見えた。


「無事に目が覚めてなによりだ。むろんわれには、貴様がいつ生き返るかなど把握していたが」


 やけに抑揚の少ないその声の主は、我が物顔で洞穴の中に足を踏み入れ、私の傍に近寄った。

 そして、私の傍におもむろに腰を下ろす。

 その動作の、妙にぎこちないこと。足の曲げ方すらも知らんのか、尻からズドンと落ちていた。

 なんだこいつ。


「いささか傷つき過ぎたようだ。こうなるとは、我も想定外だった」

「……どなたです?」

「なんだ、我を見忘れたか」


 いや、初対面です。

 胸を張るそのに、私は見覚えがない。

 この世界であれ、元の世界であれ、もしも出会ったことがあるのであれば、決して見忘れるはずがない。

 このは、そういう容姿をしていた。


 男。そう、これは男。それも、若い人間の男だ。

 年のころは、十代にも見えるし、三十を過ぎているようにも見える。国籍は読み取れない。髪は黒く、肌は若干黄色味を帯びているあたり、東洋人かと思えども、西洋人と言われれば、そうとも見える。

 体つきは、たくましいというよりは流麗で、顔かたちは中性的。背丈と肩幅から、どうにか男性と判断できる。

 だが、彼の容貌は男性という枠を超越していた。

 整っている、美しい、そんな言葉では片付かない。男女問わず、思わず目を奪われるような暴力的な魅力がある。

 自分の意思とは無関係に心を浚うような、奪われるような。心惹かれているのに、一方でなにかおそろしい、おぞましさに似たものを感じる。


 …………なんか、似たような感覚が前にもあったな?


「森で会っただろう。貴様には世話をかけたが、ようやく正気を取り戻すことができた。褒めてつかわそう」


 男はそう言って、偽物めいた顔を歪ませて笑った。

 その表情に、まったく見覚えはない。見覚えはないけど。


 けど!

 こいつ触手だ!!

 あの化け物じゃねーか!!!



 すかさず飛び起き、距離を取る。やばいやつが来た。

「なんなんです!? なんでこんなところにいるんです!?」


 これって知ってる。ホラーでよく見た。

 悪夢が終わったと思ったら、まだ悪夢の中でした。みたいなやつだ。

 私はまだ、お食事中なんだ。食べられる方で。


「我がここにいて何が悪い?」

「いや悪いでしょ」


 なんでこのひと偉そうなの。

 いや偉いのか。完全無敵の触手様でしたね。


「なんでついて来てるの! また私を食べるつもり!?」

「失敬な。今しばらくは不要だ」


 今しばらくとな。もう完全に食事としてしか見られていない。

 でも逃げるにしたって、この大豆ハウス以上に安全な場所はなく、触手から逃げたところで同じ目に合うだけだ。

 詰んだ。


「ちょっと、その態度はないんじゃない」

 絶望する私に声をかけたのは鶏だった。

「この方が、あなたをここまで運んできてくれたのよ? 触手ってなに? 姿が全然違うじゃない」

「違うけど、違わないんだって! いやなんで私、普通に鶏と会話してるの」

「あたしの話は聞く価値がないって言うの!!?」

「そうは言ってない。そういことじゃない」


 あ、だめだ。頭が混乱を極めている。

 ふてくされる鶏を宥め、威圧感を放つ男の姿をした触手を前にし、洞穴内は混沌としていた。


 ちょっと、待って、落ち着こう。

 まずは深呼吸。いや冷静になろう。発狂しないことだけが、この頭の取り柄だったはずだ。


 謎を順に追って行こう。

 謎しかないけど、とりあえず目に付くものから片付けて行こう。




 目に付く謎……一番の謎は、うーん……。


「なんで鶏が喋ってんの?」

「あたしはずっと喋っていたわよ!」


 私の疑問に鶏はご立腹だ。私の足元を嘴でつつく。

 痛っ痛っ! こいつ暴力ヒロインだ!


「なに、それは我のねぎらいだ」

 しばし続いた鶏との争いを止めたのは、男の言葉だった。

「貴様が身を挺して我に正気を取り戻させたゆえ、褒美をやったまで」

 身を挺したかったわけじゃない。

「…………私に、鶏の言葉を分かるようにさせたってこと?」

「いかにも」

 男は当然のように頷いた。


 はーい、じゃあここで二つ目の疑問です。


「なんでそんなことができるんです? あなた何者なんです」


 私の問いに、男はこともなく答えた。

「それは我が世界の一端であり、この壊れた世界に張る根であるからだ」

「もうちょいわかりやすく」


 私が要求すると、男はふむ、と少し考えるように息を吐いた。


「そうだな。こう言えばいいだろう。――――――我は、貴様らで言うところの神にあたる。我はこの、大豆が喪われ、壊れた世界を正す、神である」


 …………まーた謎増やした。

 大豆が喪われた世界ってなんやねん。




 となると、第三の疑問。

 大豆が喪われた世界とは?



「この世界のことだ。ここは貴様が本来暮らしていた世界のなれの果て。大豆が喪われた後に残った、断片のようなものだ」

「もう少し順を追っていただけません?」

 私の至極もっともな要望に、男は眉をしかめた。

「理解が悪いな」

 いや、一発理解は無理でしょ。



 ということで、少し噛み砕いて説明してもらった結果。


 どうやら私のいた世界は、何者かの干渉により、突如として大豆にまつわる全ての記憶が喪われてしまったらしい。

 大豆の記憶がなくなることで、大豆と共にあり続けた世界はその存在を保つことができず、崩壊。この断片的な世界だけが残ったのだという。


 大豆の記憶が消えたことで存在しているこの世界は、『大豆が存在してはいけない世界』でもある。世界が大豆を取り戻せば、この世界は存在できなくなる。

 だからこそ、こちらの世界の住民たちは、大豆を忌み嫌い、恐れ、排除しようとするのだ。

 一方で、大豆は元の世界の記憶を持つ存在。大豆と接触することにより、この世界の存在は大豆の記憶を取り戻し、無害化することとなる。

 無害化といっても、元の世界の生き物並みになるというだけなので、腹を空かせた肉食獣に大豆を投げてもあんまり意味がない。


 ――――とのことだ。


 な、なるほど……?

 私のいた世界は、大豆がなくなるだけで崩壊するような世界だったのか。


 そうなると、私が最後に感じた『世界が消えていく感覚』は、あながち間違いでもなかったのか?

 本当に崩壊していたから、そんな風に感じたという、ごく一般的あたりまえだったのか?



 じゃあ、なんで私は消えてないんです?


「大豆の喪失を予期した我が、大豆を記憶する者を保護したからだ。すべての生物を保つことは不可能だったため、守ることができた生物は三種のみ。我の観測範囲内で、大豆に触れていた存在を抽出した」


 大豆に触れていた?

 ちょっと考える。大豆なんてそうそう接触する機会のない日々を送っていたはずだけど…………。


 …………。


 あああああああああああああああ!!!!

 味噌汁!!!!


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