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10.枝豆

 大豆に花がついた。

 薄紫色の小さな花だ。


 真夏の農作業中、私はまじまじとその花を観察する。

 ふむふむふむ。たんぽぽとか薔薇みたいに、円形に花びらが付くわけじゃないんだ。

 パンジーの上半分、みたいな姿をしている。

 この花……エンドウ豆の花に似てるな? メンデルの法則で散々見てきたから、エンドウ豆の花だけは覚えている。やっぱり同じマメ科なんだね。


 少し前から気がついていたけど、畑の他の大豆にも、ちらほらふくらんだつぼみが見える。

 つぼみがつくのは、枝分かれした茎の根元あたり。一つの根元に、二つ、三つずつくっついている。

 その大豆自体は、最初に植えた二十本。プラス、なんか芽が出てきちゃった十本。なんだかんだすくすく育っている。一番よく育っている大豆で、メイン茎からの枝分かれが十くらいあるから、単純計算で三十の花が咲く。

 枝豆自体は、ひとつのさやに三つくらい入っているので、三をかけて九十。

 一粒から九十粒。これ、相当コスパ良くないか。


 私のやることは、この大豆の花をすべて咲かせて、実らせることだ。

 大豆ってこの世界の生き物から避けられているから、受粉に期待できないんだよね。見つけ次第、人工授粉させていかないと、咲くだけ咲いて枯れちゃう無駄な花が出てきてしまう。


 最初に咲いた花も、指でささっと人工授粉。

 すくすく育ってくれよー。



 と言いながら、私は土器じょうろで大豆に水をやるのであった。


 土器じょうろ。


 大豆がすくすくしている間に、私も生活環境の改善にいそしんでいたのだ。

 土器第二世代。

 もしかしてこれ、半分私の趣味なんじゃないかっていうものが、大量に生産された。


 じょうろの形の土器じょうろ。

 きちんと取っ手を付けた土器カップ。

 なにかに使えないかととりあえず作った平らで長い板がいくつか。

 なんでもいいから作っとけ精神の、大小さまざまな器。

 今時点での限界サイズに挑戦した壺は、貯水用の水がめに。

 武器にならないかと作ったけど、強度が足りない失敗作のその他もろもろ。


 焼き方もいろいろ試した。今までは素焼きだったけど、砂をかぶせて蒸し焼きにしてみたり、低温じっくりで焼いてみたり、高温で素早く焼いてみたり。

 おかげでけっこう強度が上がったんだけど、それでも武器にするにはかなり弱い。簡単に折れるし、割れてしまう。せいぜい投げる専門か。それなら別に、その辺の石でいいやってなっちゃう。


 なので、現時点での土器はもっぱら器専門。

 水を運ぶのにも便利だし、水を貯蓄できる水がめもめっちゃお役立ち。

 割れた土器は、スコップがわりにしたり、粘土を運んだりするのに使う。素手作業よりずっと効率もいいし、なにかと便利だし。

 人類が土器を作り始める気持ちめっちゃわかる。あと楽しい。




 それとは別に、川原の探索を繰り返して、ついに黒曜石のかたまりを発見した。


 黒曜石って、わりとどこにでもある石なんだよね。火山岩の一種なんだっけ? 山のある所には、たいてい転がっている。

 川の周辺を探していたのは、川がその手の石をいろいろ運んできてくれるからだ。山を削って川が流れているから、川辺にはいろんなものが集まりやすいのだ。


 この黒曜石。硝子みたいな性質で、割ってみるとすごく鋭く砕けてくれる。昔の人はこの黒曜石を、矢じりにしたりナイフにしたりしたとかしないとか。



 なので早速ガツーンとやってみた。

 何度か砕いてみて、ちょうどいい大きさになった破片をナイフ代わりに使うことにする。

 小さく砕けたほうは、今のところはストックとして取っておくだけ。矢じりにすればいいんだろうけど、弓がない。弓があっても腕がない。物理的にではなく、腕前的な意味で。

 黒曜石ナイフでかるく草を切ってみたけど、なかなかやるじゃない。木を削ったりもできそうだね。作れるものがぐっと広がりそう。




 ここまでくると、もう一つ欲しいものが出てくる。


 紐だ。

 その辺の枯れ草をより合わせたようなものじゃなくて、頑丈で加工に使える、きちんとした紐。

 それがあれば、道具作りがもっとはかどる。網とか布とか、冬場をしのぐための道具にもなるはずだ。


 ただ、今の私の行動範囲だと、それらしいものが見つかっていない。

 それらしい、って言っても、私がパッと見てわかるものだと綿か絹――すなわち、綿花か蚕くらいだ。でもこの二つって、細い糸のイメージだから、頑丈な紐って感じはしないんだよな。

 私が求めているのは、荒縄とか、そういう系のパワータイプだ。

 麻袋とか、すごくいいと思うよ。


 でも、麻の見た目がまるでわからん。これまで接する機会がなかったから、まったく見当もつかない。


 …………いや、待てよ。


 まったく見たことがない、ってわけじゃない。

 たまーに見かける、大麻を栽培して捕まったニュース。あそこで麻の画像が表示されていたことがある。

 あとは、麻の実。七味に入っているあのまん丸の実は、見覚えがある。

 乏しい情報だけど、まあ頭の片隅にでも入れて、気が向いたら探してみようかな。

 ま、どうせ麻を見つけたところで、加工方法も知らんのだし、ほとんど期待はしないほうがよさそうかね。


 〇


 そうこうしているうちに、最初に受粉させた花から実が付いた。

 三日月状の緑のさや。膨らんだ三つの丸み。ちょっと産毛の生えた表皮。

 まさしく枝豆だ。



 枝豆って真夏に獲れるのね。冷凍ばっかり買ってたから知らなかった。

 食べてみたいなー。

 でもせっかくできた実なのに、大豆になる前に食べてしまうのはなー。

 他の実がなるとも限らないし、今は余裕もないわけだし。

 うーん……。



 と悩んだ時点で、行動してしまうのが悪い癖。

 花は他にも咲いているし、結実しているものもある。大丈夫でしょ!


 収穫したての枝豆を水に落として、かまどの火でゆでる。

 かまどの着火は、今もなお渾身のきりもみ式だ。まいぎり式もゆみぎり式も試してみたんだけど、どうしても紐の強度が足りずに断念してしまったのだ。

 あ、ゆみぎり式って言うのは、これも火を起こす方法ね。

 棒の両端に紐を括り付けて、弓状にしたものと、例によってまっすぐな火起こし用の棒を用意する。弓の紐を棒に巻き付け、棒は火をつける板に垂直に、弓は水平にセット。そして、弓を水平に押したり引いたりすれば、弓の糸が巻かれた火起こし用の棒も回転する。自分の手のひらで回転させるよりは、ずっと楽なやり方だ。

 まいぎりよりも作るのも簡単そうだし、いつまでも火起こしに時間をかけたくないから、いつかはバージョンアップしたい。

 そのためには、やっぱり紐が必要なわけで……先が長い。


 考えている間に、枝豆がゆだってきた。

 そろそろ火から外さないと。


 前回痛い目を見た私は、火にくべる用の器も改良していた。

 といっても、器の端に、大きめの穴をあけているだけ。穴は器を水平に貫くように開いている。この穴に木の棒を挿し込んで、引っ張り上げるのだ。


 これ、本当は紐を引っ掛けて、上から吊るような形にしたいんだよなあ。

 昔のいろりで見るようなやつ。まあ、それもこれもすべて紐。いつか見つかることを祈るしかない。


 やけどをしないように、ゆであがった枝豆を取り出す。

 鮮やかな緑色だ。ドキドキしながら指で押すと、ぷちっとつややかな身が出てきた。

 小指の先位の大きさで、思った以上にまるまるとしている。元の世界で食べたものと、見た目的には大差ない。少しの間手のひらで眺めてから、えいっと口の中に放り込んだ。

 おいしい。

 ちゃんとおいしい。


 味付けもないのに、ほんのり甘い。苦みやえぐみもなく、すごく澄んだ味だ。

 おお……よくぞここまで育った……。

 思えばいろいろあったものだ。勝手にもやしになったり、他の植物にいじめられたり。誇張でもなんでもなく、まさに必死に育ててきたけど、ようも大きくなってくれたものだ……。感情移入しちゃう。


 一人で感動していると、鶏がとことこ近付いてきた。

 コケ、としか言わないけど、言わんとすることはだいたいわかる。


 ま、いいでしょ。

 なんだかんだで世話になったし、畑に侵入しようとしていた虫や小動物を追い払ってくれていたことも知っている。

 私は豆を一粒取ると、鶏に差し出した。最後の一個は自分で食べる。うまい。


 今はこれでおしまい。

 だけどいつかは、飽きるまで食べられると良いね。


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