5話 2度目の災難
「シッッッッッッッ!」
セカンドの中心に位置するダンジョン、通称「ヴァージャーダンジョン」
上層でモンスターと戦う、まだ青く、未熟な冒険者たちの中で、クロウはとどめとばかりに支給されたナイフでモンスターに一閃。
第2階層。
先日言われたとおりに、クロウは3階層に行くにはまだ実力不足と判断して、2階層にとどまっていた。2階層までの主なモンスターは、ハンターラビット、小奇人、そしてコボルト。
いずれも物理攻撃のみで、状態異常を発生させる魔法や、スキルなどは使ってこない。クロウのようなまだ冒険者になりたての者でも、油断さえしなければ十分倒せるモンスターである。
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「ふぅ・・」
時刻はちょうど昼時。
16体目の小奇人を倒した僕は、少し休憩することにした。一つの安全そうな小部屋に入り、あたりを警戒しながらも水分補給をし、粗い地面に腰を下ろす。
「【気】が合わない・・・」
先ほどまでの戦いの中で、一度も気が合うことはなかった。敵に意識を向けすぎなのだろうか。一応力は抜いているつもりなんだけれども。
僕の今の戦い方はひたすら相手の攻撃を避けて、好きが出来たところをナイフで突く。
攻撃回数が相手と比べても極端に少ないこの戦い方だが、一つの攻撃の威力は大きい。
すべてが急所を直撃しているからだ。
この戦い方には、相手との気が合わないといけないのだが・・・先ほどの僕はしっくりと気があった感覚がなかった。
「おじいちゃんはこういうとき、なんて言っていたっけ・・」
ふと思い出したくなる自分を可愛がってくれた祖父の姿。道場とおじいちゃんはいっていた訓練場での練習風景を思い出してしまう。
「クロウ、気が合わない時は自分に何か気になることでもあるのではないかの?」
そうだ、僕は今、スキルを発動させたくてうずうずしているんだ。でもね、おじいちゃん・・・
【気】を合わせることが発動条件なんだよ・・
まさに手詰まりというのはこのことではないだろうか。
本当に、どうすればいいだーー
「っ!!」
すぐさま座っていた場所から前方へと転がる。
先ほどまで自分の座っていたところには、石斧が地面に深くめり込んでいた。
「怪物武具」
それはモンスターたちの作る、ダンジョンの地形を利用した武器。石斧を作る上層のモンスターといえば、
「コボルトか・・?」
目の前にたたずむモンスターを確認して、僕は混乱した。
コボルトは、言うなれば狼人間である。瞬発能力の高い彼らは、己の俊敏性を生かして攻撃してくる、顔から足下まで灰色の毛で埋もれたモンスターである。
しかし目の前にいるコボルトはーー薄暗いために正確にはよくわからないが、青いのだ。
「っっっく!」
一瞬で距離を詰めてくるコボルトを横に転がることで回避する。
速い!
頭の隅から響き渡る警告を感じながら、いつものように回避に専念する。
落ち着け、こういうときこそ落ち着くんだ。こういうときこそ【気】を・・
「っ!?」
攻撃が速すぎる!落ち着く暇を与えないかのように石斧を振り回し、的(僕)を翻弄するかのように素早く駆け回る相手に、僕はどうすることも出来なかった。
ただただ敵の攻撃から、うまく自身の体を捻り、ギリギリで避ける。落ち着くことが出来ずに、反撃の余地を与えられない僕には、攻撃することが許されなかった。
時折みせてくる変則的な攻撃を躱しきることが出来ずにどんどん切り減らされていく僕の服。昨日に続き死に直面した僕は・・・またもや何も出来なかった。
死を覚悟することのみ。それが僕に残された時間にできる唯一のことだった。
追い詰められ、諦めた僕に、勝利の笑みを浮かばせ最後の攻撃とばかりに斧を振り上げたコボルト。
「・・・・・ギャアアアアアアアアス!」
突然の叫び声にコボルトも僕も、一瞬何が起こったのかわからなかった。
その後も続く、耳に入れたくない怒声。間違いない、モンスターの鳴き声。
その声を耳にした瞬間、コボルトは僕を一瞥し、くるりと僕をその場に置いたまま、去って行った。
「次に出会ったとき、今度こそ殺ってやる。」
彼の濁った瞳から、僕はそう言われた気がした。
後に残された僕には、生きているという安堵と、もう一つの感情、「見逃された」、悔しさがこみ上げ、小部屋一帯に充満した。
その様子を一つの影がジッと見ていたことを、クロウ、そして青色のコボルトは気づかなかった。
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燃え上がるかのような夕日が地平線へと沈む時刻。
セカンドはいつものように居酒屋やレストランの従業員であろう獣人、エルフ、小人などの亜人と人間の客引きの声が一つの喊声となって町全体に響き渡る。
そんな中、一人の少年がトボトボと狭い路地を歩いていた。
下を向き、泣きはらしたために腫れ上がった目を隠し、手には支給用のナイフ、腰に30個にも満たない魔石の入った腰巾着をつけ、ボロボロになった麻の服を身に纏って。
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「そろそろ帰ってくるかなー、クロウくん。」
ふんふんと鼻歌を歌いながら屋敷中を飛び回る少女、ウネは丁度暇を持て余していた。
いつものようにクロウが帰ってくることを心から楽しみにして、ハイテンションで迎えるつもりで。
しかし、帰ってきたクロウの姿を見てそのテンションは地に落ちた。
いつものような明るい表情ではなく、真っ赤に泣きはらした目。
昨日ボロボロになったために修理したばかりの麻の服が昨日に時空超越したかのように、いや、それよりもひどくボロボロになっているクロウの服。
「ど、どうしたのクロウくん!?その服装、それにどうしてそんなに泣きそうな顔をしているの!?」
慌てて駆け寄る、いや、飛び寄るウネの驚いたような表情に、クロウはより顔をくしゃくしゃに歪める。
「ぐ・・ブベざん・・・ぼぐ、ぼぐ・・・」
まともに話せないほど嗚咽を繰り返し、言葉を絞りだそうとするクロウ。ウネは今、クロウを抱きしめてあげられない自分のふがいなさに情けなくなった。
私は、何も彼にしてあげられない。
一緒にいてもご飯を作って帰りを待つことも出来ない。
彼をハグしてあげることもできない。
ただただ彼の帰りを宙に浮かんで待つのみ。
彼の力に、今の私はなれていない。
彼の力に、私はなりたい。
ウネはその日、泣き続けるクロウのそばに、泣き寝入りしてしまうまで、ずっとそばに居座り続けた。
クロウが泣き寝入りしてしまったために、彼は今、玄関のドア前で寝てしまっている。しかし、そこにウネの姿はなかった。
こぼれ落ちそうな満月の月光がクロウの泣きはらした顔を照らす。
落ち着きを取り戻し、ゆっくりと上下する胸をなでるように爽やかな夜風が少しあいている窓から吹いた。
「ウネさん・・・」
少年、クロウのボソボソと言った一言をウネの元に運んでいくかのように、ゆっくりと。
それ以来、廃屋敷に住む幽霊の目撃情報は、糸が切れたようになくなった。