4話 廃屋敷
本来、能力というものは、発現した本人の実力を手助けする補正効果を持つものである。
それが普通の「能力」。
それに該当しない、希少なものが「稀有能力」と呼ばれている。
それらは物理的な「攻撃能力」であり、めったなことでは発現しない。
これまででも、ターシャの耳に入ったことはあまりない。なぜなら、この情報をギルドに報告することで、様々な弊害がその冒険者に発生するからだ。
そのため、担当の受付嬢は担当冒険者の能力の公開をしないことが多い。それはギルドも認めていて、ステイタスの公開だけを義務付けている。
しかしながら、目の前の少年、クロウの発現した能力は「稀有能力」に分類していいものなのだろうか。
スキル:合気=相手との【気】を合わせやすくする(1.3倍)。気が合った瞬間、その後の10分間を無敵状態にする。
1.3倍の補正効果。これは純粋な「能力」の効果と同じだ。・・・しかし、その後に続く一つの説明文。その中に含まれる単語、「無敵状態」。
これはもう、反則ではないのだろうか。
新たな分類、「反則能力」。
うん、そうだ。これがいい。
「――さん・・・ターシャさん!」
「っ!?」
クロウの声にターシャはハッと自分の世界に沈んでいた意識を戻す。心配していたのだろうか、少年の揺らいでいる京藤色の目が頭を上げると同時に自身の目とぶつかった。
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ステイタスが記載された羊皮紙を握りながら目をつむるターシャさん。
今気づいたことだが、スキルが発現したことに今まで舞い上がってきたが、スキルの内容をよく見ていなかった。
「クロウくん。」
目があったターシャさんはまっすぐに僕の目をみつめながら、口を開いた。
「このスキルのことは誰にも言っちゃダメだよ。このスキルのことが周囲に広まったら・・・君の冒険家業は終わると思っておいて。いいね!」
ターシャさんの強気な、そして必死さが伝わってくる忠告に僕の背筋がスゥっと寒気が走る。そんなに僕のスキルに問題があるのだろうか。
「わ、わかりました・・・その代わり、もう一度スキルの内容を見せてもらってもいいですか?スキルの内容をまだ読んでないんです。」
「・・・そうだね、スキルの発動条件は知っておかないと意味がないよね。でもね、クロウくん、見る前にこれだけは言っておくよ。どれだけ強力なスキルを発現しても、スキルが発動しなかったら君はただの銅級にもなっていない冒険者。何も素人と変わらない。だから慢心・・・はクロウくんはしないと思うけど、油断だけはしないように。」
・・・そんなに異常なスキルなのだろうか。なんだか怖くなってくる。
「は、はい。わかりました。約束します。」
そう僕が言うと、ターシャさんはこれまでの真剣な表情を崩し、ニコッと笑みを浮かばせながら羊皮紙を渡してくれた。
「それはそうと・・・クロウくん、【気】って何?」
「え、【気】ですか?【気】は僕もよくわからないんですけどーー」
ターシャさんからの質問に答えながら受け取った羊皮紙に目を通した僕は・・・
ターシャさん同様、言葉を失った。
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自分の発現したスキルの非常識さを自覚したクロウは、その後すぐにギルドを後にした。
太陽のジリジリと身を焦がしてくる真っ昼間の、大通りの方から聞こえるガヤガヤとした屋台からの客引きの声。
無事に帰って来られたんだ。
彼の進行方向を妨げる幾多もの人々をかき分けながら、クロウは自分が無事だったことを再認識した。
現在彼が向かう先は、現在の彼の家。
大通りを抜け7分程路地を進むと見えてくる古ぼけた屋敷。
「廃屋敷」
人工迷宮都市セカンドに広がる廃墟群の中でも随一の大きさを誇る、セカンドの有名な「心霊場所」。
クロウは現在ここに住んでいる。この家は彼の・・いや、彼の父の家だったものである。
誰の許可もいらない無法地帯といわれている「廃墟群」。聞いた感じはとても治安が悪そうではあるが、そんなことはない。セカンドには「巡回隊」というものが存在する。
レベル3以上の銀級冒険者の団体である巡回隊に対し、セカンドのレベル1の人口割合は72%。
無法者が犯罪を起こすことはほぼないと言っていいだろう。それだけレベルの壁は大きいのだ。
それに加えてクロウの住んでいる家はいわゆる曰く付きの物件。
「廃屋敷」には誰も近づいてこない。「幽霊が出る」といわれているからだ。噂の一人歩きではない、本当の「幽霊」。噂でないことをクロウは知っている。
「ウネさん、ただいま帰りました。」
「クロウくーん、おかえりー!」
クロウが正門をくぐり、ドアを開けた瞬間、胸に飛び込んでくる薄桃色のショートヘアの少女。身長約155cmのぱっちりした目を持つ、全身が透き通ったどこか神々しい雰囲気を纏った彼女からの愛のタックルをクロウは慌てて受け止める。転ばないように・・・が、その思い虚しく、少女はクロウの体をすり抜け、地面の中へと沈んでいった。
そう、ウネと呼ばれた少女は幽霊である。
クロウとウネが知り合ったのは一週間前、つまりクロウがセカンドで冒険者として活動し始めた頃である。父の遺産に少しの間頼ることにしたクロウがこの家に訪れた際に出会った。
はじめから友好的であったウネに対し、初めて見る幽霊に怯えていたクロウも、三日後にはそんな感情はなくなっていた。まだ知り合って間もないために、なぜウネがこの家に住んでいるのかはまだ知らないが。
「クロウくん、今日のダンジョンはどうだった?楽しかった?それとももうダンジョンに行きたくなくなった?それともーー」
「お、落ち着いてください、ウネさん。順を追って話しますから。」
話の止まらないウネを落ち着かせ、クロウは昨夜あったことを順に、ゆっくりと説明をし始めた。ついでに自分の頭の中も整理するために、ゆっくりと、記憶をたどって。
「・・・そうか。大変だったね、クロウくん。私がそのことについて言うことは二つだけだよ。
まずは能力が発現しておめでとう、クロウくん。これからも君はダンジョンに潜るつもりだろうし、私も少しは安心出来たよ。
そして二つ目だけど・・・何やってるのクロウくん!?たった一週間前にきた、まだひよっこな、モンスターの情報にも詳しくない君がもう到達階層3層!?それで初めての3階層でモンスター・オーガニゼーションに出会った!?一体何を考えているの!!」
「っ!? す、すいません・・・」
話の途中で急に口調の変わったウネに対し、クロウは驚愕し、反射的に謝る。
「・・・クロウくん、もう少し自分の命を大事にしようよ。私たち生命(生きている者)・・私はもう死んでいるけど、人生で二回死ぬことは出来ないんだよ。一度限りの命。【生】を神から、生きる者が平等に賜ったものを大事にしようよ。」
クロウのシュンと体を小さくしている様子に、ウネは少し言い過ぎたかと思う。
「・・さて、説教はこれぐらいにして、夕食にしよう!今日の夕食は何を作ってくれるのかな?」
壁に掛かっている時計を見ると、もう夕食時。思っていた以上の時間の進み具合に驚きながらも、クロウは屋敷一階の厨房へと向かう。
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結局、夕食は何も料理が思いつかなかったから簡単にサンドイッチで終わらせてしまった。
隣で料理からの生命Eを吸収し、満足そうな表情で寝ているウネさんを、僕はベッドまで運べないのでその場に毛布をかぶせ、後片付けに厨房に向かう。
毛布がウネさんの体を通り抜けたことは仕方がない。大事なのは気持ちだ。
「おじいちゃん、僕は成功へと進む道をちゃんと歩いているのかな。」
ウネさんが寝てしまったことにより活気がなくなった家の中で、僕はベッドに寝転びながらそうつぶやいた。
初めて経験する「モンスター・オーガニゼーション」。そして能力の発現。
僕はしっかりと成長しているのだろうか。
そんなことを考えている内に徐々に自分の思考を妨げてくる睡魔に、僕は何も抵抗できなかった。
自分の道を信じなさい。
意識が闇へと沈んでいく最中、優しげなおじいちゃんの声が聞こえてきた。
「ウネさん、行ってきます。」
まだぐっすりと寝ているウネさんに一言、起こさないように低声で挨拶をし、僕は今日も家を出る。
向かう先はもちろんダンジョン。今日も目標の実現のために。