3話 能力開花
いつものように清々しい朝の中、ひとつのいつもとは違う事態。
それは目の前にいる少年、クロウ・ハーバル。
彼の体は言葉通りに光っていた。
体の一部分と隔たらずに、均等に細かな光の粒子が全身を覆っていた。
一体何があったのだろうか。ターシャにはこのような現象に心当たりがない。
エルフである彼女たちは、人間よりも遙かに寿命が長い。
そのため、彼女もギルドで働いているキャリアは長い。そんな彼女でもこんな現象はこれまで見たことがなかったのだ。
ターシャさん?おっしゃっていることがよくわからないのですが・・・」
目の前の少年、クロウは少し困惑しているように見える。
自覚がないのか、京藤色の目を動かし、オロオロとしている。
全く、聞きたいのはこっちだというのに。
「・・・昨日、厳密には昨日から今日までに一体何があったのか教えてくれるかな?クロウくん。
おそらく昨日、ダンジョンから帰るのが遅かったからすぐに家に帰って今日の朝に換金してからここに来たんだと思うんだけど・・・」
できるだけ冷静に彼のとったであろう行動を分析して話す私の表情はどうなっているだろうか。そんなことを思っていると、彼は少しためらいながら口を開く。
「いいですけど・・・長くなるのでステイタスの更新をしながらでもいいですか?」
なんだ、そんなことか。おそらくいろいろとあったのだろう。
心なしか、少し自分のステイタスが更新している自信があるのだろうか、彼の目がいつもより輝いている。まあ、全身も光っているのだが。
私はすぐに彼の要求を飲み、ステイタスの更新をするために応接室は彼を連れて行った。
********************
「じゃあクロウくん。いつものように右肩をみせて。」
「わかりました、ターシャさん。」
深碧色の長髪をさらっと左肩へと移動させ、麻を編み上げて作った服から右袖をまくりだすクロウ。華奢な体躯である彼の腕は普通の冒険者の腕のように、筋肉質ではなく、細い。余談だが、見た目からは冒険業をしているようには全く見えない彼に、ターシャは毎度、心配になるのだ。
「ターシャさん、準備が出来ました。」
元気に自分を呼ぶ声に我に返り、ターシャはクロウの右肩に自分の右手をかざす。
「じゃあ、今からステイタスの更新をするね。しばらくこの状態で、動かないでね。」
そういってターシャは詠唱を始める。
『我らの血に沿い 我らの偉大なる先祖 シュウにより生まれし魔法よ
我は力を求めず ただ夢を追うものの手助けに務めよう』
詠唱を終わらせ、残るは魔法の名を呼ぶのみ。
『能力更新』
瞬間、目の前にいるクロウの右肩の入れ墨が浮かび上がり、一本の糸となって彼のアビリティを表示し始める。
ステイタスの成長には、「経験値」が必要だ。経験値は自身の成長に値する行動をとらなければ溜まらない。
モンスターを倒すときに、機械のようにいつも同じ方法で倒しても経験値は手に入る。だが、少ない。
「経験値」といわれているように、新しい経験をすることで自分が成長すると、たとえそれがただのゴミ拾いでも、多くの経験値が手に入る。
そして溜まった経験値を「更新」することで自身のステイタスが上がるのだ。
「・・・よしっと。これで後はほっといても大丈夫だよ。糸の動きが止まったら確認しよう。それでクロウくん、昨日何があったのか教えて。」
一番気がかりなのはやはりクロウの体の周りの粒子。『更新』している間も変わらず光っていたのだ。
「いいですよ。・・・じゃあ昨日、ダンジョンに入ってからのことを端的に説明します。」
********************
「はぁー・・・」
静寂の密室内に響くひとつのため息。
ターシャは目の前にいる少年、クロウの話を聞いて驚きを超えて、唯々あきれるしかなかった。
たった一週間でモンスターの情報もダンジョンの地形も碌に学んでもいない少年が既に3階層に進出。それだけでもターシャの堪忍袋が爆発しそうであったのに、それに続く前代未聞の上層での「モンスター・オーガニゼーション」。早急にギルドで上級冒険者へ対処を募り、今、ようやく手続きが終わって続きを聞いていた。話を聞いた後、ターシャの心の中はクロウが無事に帰還してくれたことに対する安堵しかなかった。それとともにたった一週間で「モンスター・オーガニゼーション」に出会ってしまった彼の悪運の強さになんと言えばいいのか、ため息をつくしかなかった。
「タ、ターシャさん?」
恐る恐る自分の表情を伺いながら声をかけてくるクロウ。そんな少年の右肩をちらっと見てみると、既にステイタスの更新は完了していた。
「はぁー・・・クロウくん。」
もう一度大きなため息をつき、目の前の少年の目にしっかりと自身の目を合わせる。クロウはピクリと反応し、姿勢をまっすぐに正した。
彼の透き通った京藤色の双眸にスッと引き込まれそうになるのをぐっと耐え、ターシャは口を開く。
「まずは無事に帰還できて、本当によかったね。話を聞いている限り、銅級冒険者にもなっていない君が生きていられるのは奇跡と言ってもいいと思う。運がよかったね。」
ターシャの言葉を聞き、パッとうれしそうな表情をするクロウを見ながら、ターシャは話を続ける。
「でもね、もうちょっと危機感を持って。ダンジョンは遊園地じゃないの。3階層に行かなかったらモンスター・オーガニゼーションに出会うことはなかったんだから。
君だって命を賭けてモンスターを倒しているんだから、もうちょっと自分の実力が定着するまでは到達階層をぽんぽんと更新しちゃダメだよ。いい?わかった?」
「す、すいません、ターシャさん・・・」
先ほどとは打って変わってシュンと肩を丸め、項垂れるクロウを見て、少しきつめに言い過ぎたかと思いながらも、クロウの身を心配してのことなので、後は何もターシャは言わなかった。
しばしの沈黙が二人の間を通り過ぎる。ターシャは堪えきれなくなり、話を変えることにした。
「・・・じゃあステイタスを記録しようか。ちょっと待ってね。」
椅子に座り直すクロウを横目に見ながら、記録用の羊皮紙を机の引き出しから出し、クロウの右隣の位置に座る。
記録したステイタスは以下の通り。
クロウ・ハーバル LV.1 総合評価:I
力:52→61 耐久:42→43 器用:51→53 敏捷:64→92 魔力:4
魔法:
スキル:
「やっぱり《敏捷》が一番上がっているね。死ぬ思いをしてがむしゃらに走っていたんだから。」
そう言いながら、羊皮紙をクロウに手渡し、記入に使用したインクなどをしまいに棚へと向かうターシャ。
「わ、わ・・っわ!ターシャさん!」
焦りを感じるクロウの声に驚きながらバッと後ろを振り返ると・・・ターシャの目に自分の目を疑いたくなる光景が入った。
クロウの全身を覆っていた光の粒子が彼の額に集まり、凝縮し・・・羊皮紙へ続く一本の光線を形成。
瞬間、応接室内は光で満たされた。二人の悲鳴が応接室に響き渡る。
「・・・クロウくん、大丈夫?」
「は、はい。なんとか大丈夫です。」
未だチカチカする目を、瞬きを繰り返し解消しようとしながらターシャの耳に少年の声が聞こえる。幸いにも応接室の外には誰もいなかったようだった。
「今さっきの光はなんだったの?クロウくん。」
「僕にもわかりま・・・ええ!?ちょ、ちょっと、ターシャさん、見てください!僕にも念願のスキルがーー!」
「っ?!」
クロウの差し出す先ほどの羊皮紙の中にはーー
彼の言うとおり、スキルが発現していた。
クロウ・ハーバル LV.1 総合評価:H
力:52→61 耐久:42→43 器用:51→53 敏捷:64→92 魔力:4
魔法:
スキル:合気=相手との【気】を合わせやすくする(1.3倍)。【気】があった瞬間、その後の10分間、無敵状態にする。
「っ~~~~!!」
ターシャ今度こそ本当に声が出なかった。