2話 【気】の奇跡
「クロウや、ちゃんと相手の【気】を感じているか?」
「おじいちゃん、【気】ってどんなものなのか教えてよ。全然わかんないよ。」
白い整った髭を生やす深碧色の長い髪を髻型に整えた身長160センチにも満たない、鍛えられた貫禄のある体を持つ老人と、その老人と同じ髪の色の、すらりとした少年。マンツーマンでの稽古に少年は文句をこぼす。
「はははは。
クロウや、【気】の本質的なところは、儂にもわからん。というよりもわかってはいけない。大抵の「わかる」という輩は、そこで成長を自ら止めてしまう。
儂らにとって「わかる」はない。
己の導き出した答えが間違っているかもしれない。
世間にはびこっている常識ももしかしたら間違っているかもしれない。
儂らは「断言」することはしてはいけないのだよ。
「断言」していいのは・・・そうじゃなあ、この世界を作った神のみだ。」
そう言って笑う老人・・・少年の祖父なのだろう、少年はそんな老人に不服そうな顔をして抗議する。
「まあまあ、そんな怖い顔をするな。儂の思っている【気】というものはな・・・」
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これまで諦めていた僕の割れかけた希望の器に一滴の希望がポツンと落ちた。
カッと目を開く。
そうだ、まだ僕は死んじゃいない。思い出せ、これまでおじいちゃんから学んできた技術を。思い出せ、おじいちゃんの言葉を。生み出せ、自信を、僕なら出来る。そんな自信を。
モンスターたちとの距離はおよそ150M。もう視認出来る。
やはり数が多いことには変わりはない。
でも・・・・【気】を合わせれば・・
自分の唯一の武器は、ナイフ一本。
木刀も杖も道場に置いてきた。なぜならあれはおじいちゃんのものだから。
「成功」するのには己の力で達成せねばならない。
昔からおじいちゃんが言っていた言葉。
おじいちゃんからのメッセージ、「成功しろ」。
つまり僕は自分で手に入れた武器、防具で相手に向かい合わなければならない。今僕の手元にあるのは、自分で作った麻布の服と、冒険者ギルドから支給されたナイフのみ。
防具も支給品があったが、追われているときに脱ぎ捨てた。
つまりは防具なし、防御はしないほうがいい。
相手との距離は50Mを切った。精神を相手の動きに集中させる・・・
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「儂にとって【気】は無意識の力に一番近い。相手が迫ってきても、相手を見るな。相手の遙か向こうに意識を向けるのだ。体の力を抜いて、己を自然と一体化させなさい。
無意識の力は強い。己の込める最大の力よりも。ましてや相手からの攻撃よりも。
無限大に広がる力。それが【気】だ。
儂らは生きている間に本能的に力を加えてしまうが、それは【気】の放出の妨げになる。
だから相手と向き合ったときは、とにかく力を抜け。
そして相手の動きに・・合わせるんだ。」
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「はあ・・・はあー・・・っふー・・・」
僕の体を未だ緊張が走り続ける。
自然との一体化、つまりは自然との調和。
言葉としての意味もなかなか曖昧なもので、イメージもしづらい。
唯々己の内でこわばり、入り続ける力を抜くように・・・
目を開けた瞬間、キラリと光る白刃が己の目の前にあった。
敵との距離、0。
体の赴くように、本能に逆らった脱力した体を、次は本能、いや、これまでの体にしみこませてきた習慣に体を預ける。
任された・・・
己の、己に対する承諾。
唯々遠く離れた相手に対して、意識を動かす。あたかも目の前の相手はいないかのように。
・・・・【気】があった・・
そう認識した時には、僕は迫り来るモンスターたちを通り過ぎていた。
正面には先ほど走ってきた通路。今も変わらない薄暗い通路。
後ろには襲いかかってきたモンスターたち。
それからの僕の行動は光のように早かった。
逃げる。
か弱そうな少年にまさかすべての攻撃を一瞬でよけられるとは思っていなかったモンスターたち。
僕は彼らが唖然とする瞬間を逃さず、がむしゃらに走り出す。
別に敵前逃亡が愚かだとは僕は思わない。僕は命をかけて「成功」する。
無駄に命をかける必要はない。おじいちゃんにもう一度会えれば、出来ればもう一度一緒に暮らせることができるなら、それでいいのだから。
走る僕を追いかけてくる、先ほどまでの喧騒の混じる足音は、もうなかった。
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まぶしいくらいの太陽の光が窓から差し込み、思わず私は目を細める。
ここは「冒険者ギルド」。一攫千金を夢見る者たちの集まるところ。
ギルド職員である私、ターシャ・エドルフィンは今日もいつものように日課である担当冒険者の個人情報を確認する。
各々の到達階層、レベル、そしてアビリティ。
アビリティとはレベルアップや、何かしらの成長、経験をした者から発生する能力を指す。
魔法の発現もこの中に含まれる。ただし魔法の発現には制限がある。過去の賢者と言われる4人は、伝説によると最大数、5つの魔法を発現させていたらしい。
最大数は5個。
また、レベルアップでの発生アビリティもひとつしか選択できない。
大事な、秘匿すべき個人情報をギルドが所有している理由、それはーー
「ターシャさーん。今日もステイタスの更新お願いしまーす。」
自分の名前を呼びながら走ってくる少年に私は弟を見るかのように、思わず頬をゆるめてしまう。―私の担当冒険者、クロウ・ハーバル、レベル1。
彼が言ったように、ギルドの職員はほとんどがエルフ、亜人と呼ばれる自然の守護民族。
私もその一人で、エルフはステイタスの更新をする魔法を遺伝的に引き継いでいる。
だからソロ冒険者は、ギルドでステイタスの更新をするものが多い。そこで問題になるのはステイタスが他人に知られてしまうこと。
だからギルドは、冒険者とパーティにエルフのいる者たちとの不公平が生じないためにステイタスの情報を月に一回、ギルドに報告するように義務づけている。
ちなみにステイタスは、生まれながらに皆にある右肩の入れ墨のような模様の中にいつもは折りたたまれ、入っている。入れ墨の模様は人それぞれ。私の場合は、矢の形だ。
話を戻そう。クロウ・ハーバル。
先週セカンドにやってきて、ギルドに登録したすらりとした少年。
今日もいつものように元――
「んん?」
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いつものようにダンジョンからでてシャワーをあび、換金所を経てギルドに向かう。
今日の換金額は3000X。工事現場の三時間の労動価格並み。
いつもより少ないのは仕方がない。今日は異常事態が起こったのだから。
そんな感じでギルドまで走ってきて、ターシャさんを呼んだが、何かいつもとは違う。
少し僕の姿を見て驚いているようだった。何か顔についているのだろうか。
そんなことを考えているとターシャさんが向かってきた。
やはり何か腑に落ちないものがあるのか、表情は変わらない。
「クロウくん・・・だよね?」
一体何を言っているのだろう。もちろん僕はクロウだ。
「そうですけど・・・どうしたんですかターシャさん。何かあったんですか?」
「やっぱり・・、クロウくん・・」
いったいどうしたんだろうか。
「なんで全身光っているの?」
・・・・・・・・・・・・・え?