1話 深碧色の髪の少年
・・・・ボソボソ・・ガヤガヤガヤガヤ・・
まぶしい光が地上に降り注ぎ始める日の出とともに、ここの住民、人工迷宮都市「セカンド」の住民たちは起床し、各々の作業、主婦たちは朝食を作り始め、子供は顔を洗いに行き、自分の店を持っているものは開店の用意をし始める。
人工迷宮都市、「セカンド」
遙か昔に存在した四人の「賢者」と言われる人物の一人、「深緑の賢者」と言われている人物が作ったとされる人工迷宮を中心に広がる五大都市のひとつ。
「冒険者」と呼ばれる職業の者たちがこの迷宮都市に集まってくる。
この世界の人々は生まれつき「ステイタス」というものを持っている。ステイタスとは、体力、敏捷、魔力など、己の現在の身体能力を数字で示す。また、ステイタスには「レベル」というものが存在し、己の限界を超えた際に上がるといわれている。
そんな世界、そんなシステムが存在する世界の一点、「セカンド」に、その少年はいた。
冒険者に憧れ・・いや、違う。冒険者として成功し、静かに、そして楽に生きたい、と思うまるで人生をなめきっている少年。
深碧の肩まである長い髪をひとつに束ね、透き通るような京藤色の目をした、切れ目の少年。
背丈は172cmと、15歳にしては長身だが、ひょろりとしており、冒険者としては、あまり向いていないと誰もが言う佇まい。
彼の名は、クロウ・ハーバル。
レベル1である彼は、約一週間前に、「冒険者」となった。
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「クロウや、常に相手と【気】を合わせなさい。」
おじいちゃんが常に僕に言っていた言葉。
僕は一ヶ月前に、この迷宮都市「セカンド」に来た。
それまではおじいちゃんと二人で暮らしていた。僕の両親はモンスターに二人とも殺された。
おじいちゃんは何かしらの格闘術の道場を開いていて、何人かの門下生を教えていた。
僕も物心ついた頃から、みっちりと教え込まれていた。
流派はわからない。いや、格闘術であるのかもわからない。時々木刀も使っていたし、杖とおじいちゃんは言っていたが、見た目はただの長い棒も使っていた。
おじいちゃんは本当に可愛がってくれ、時には厳しく、特に練習中は厳しく指導してくれた。
どこにいるときも一緒。一緒にお風呂に入るし、一緒に寝る。寝る前には膝の上で本を読んでくれた。
子供の僕にも、おじいちゃんは輝いて見えた。ただただかっこよかった。僕の憧れだった。
だが、おじいちゃんはある日、僕の目の前から消えた。
「成功しなさい。」
たった一言、この言葉を残して。
朝、顔を洗い、朝食を食べにおじいちゃんがいるはずのリビングに行くと、一人分の食事とともに置いてあった小さな、少し年季を感じるクズ紙のような羊皮紙におじいちゃんの特徴ある、力強い字で、それだけ書いてあった。
僕はこの「成功」という言葉から、「冒険者」の人々を連想した。
冒険者になる者は、一攫千金を求める者が多い。迷宮で手に入るモンスターからの、ドロップアイテム、魔石、そして迷宮で見つかる、レアアイテム。
名声、金、女を一番簡単に手に入れられる職業といわれている「冒険者」に、僕はすぐセカンドに来て、登録した。
名声でも、金でも女のためでもない。
ただ、ひとつだけ、「成功したらおじいちゃんがまた、帰ってきてくれるのではないか。」
そう思って。
なのに・・・
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「ひいいいいいいいい!」
閑散としている薄暗い通路に悲痛な声が響きわたる。
人工迷宮都市 セカンド の中心にたたずむ迷宮、通称「ヴァージャーダンジョン」
その3階層を疾走する少年を追いかける、数十もの足音。
少年、クロウは冒険者になって早々、ダンジョンからの洗礼を受けていた。
「モンスター・オーガニゼーション」
何十、何百ものモンスターが一気に誕生する現象。
ソロ冒険者にとって生命線となる1対少数の戦いに持っていきづらい「ソロ殺しの現象」。
だが、12階層まで「上層」では、とても起こりにくい現象である。
クロウは偶然その現象に出会い、追いかけられているのだ。
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どうしよう、どうしよう、どうしよう!
僕は走りながら解決策を思い付かない無能な頭をどうにか働かせようとしていた。
モンスターは階層移動をしない。つまりこのまま2階層まで行けば助かる!
行けるだろうか・・・いや、出来る・出来ないじゃない。やるんだ!
「ふんんんんん!」
僕は疲れ切った脚を鞭打ち、加速する。
後ろから聞こえる爆発音のような数十ものモンスターたちからの咆哮。
おもわず立ち止まってしまいたくなる脚を、僕は本能から抗い、無我夢中で動かす。
途中、何度も何度も繰り返し躓き、転んでしまいそうになりながら、唯々何も考えずに走る。
いくつもの分岐点を本能の赴くままに選択し、走り続ける。
あまり変化のない上層の薄暗い通路に永遠に続く悪魔のムービングサイドウォークを走り続けている気がしてくる。
疲れてきた・・
限界に達し、走るのをやめようかと思った時、ついに終着点は訪れた。
「!!・・・行き止まり・・・」
そう、2階層への階段・・ではなく、行き止まり。
世の中、特にダンジョンは甘くない。成功体験のように奇跡、偶然なんてものはそう簡単には発生しない。
後ろから未だ懲りずにモンスターたちの鳴き声、足音は近づいてくる。
戦うか?いや、無理だ。いくら上層のモンスター、推奨レベル1のモンスターでもこの量は無理だ。
・・・気のせいだろうか。モンスターたちの喜んでいる感情を感じる。
ああ、やっと追い詰めた。これで後は殺せば役目完了・・・と
絶望に身を包む僕は、だらんと手を下ろし、直立不動の体制で、目をつむった。
おじいちゃん、ごめん。成功できなかった。
また、会いたかった・・・
僕は初めて、人生の中で初めて、死を覚悟した。